第39話 体育館での決闘。


 久々に豊塚高校を訪れると、タイムスリップしてしまったのかと思うほど、俺が通っていた頃の荒れ切っていた豊塚高校に逆戻りしていた。


 所々にタバコの吸殻やゴミが散らばっていて、窓ガラスは割れ校舎の壁には下手くそなグラフィティアートが描かれている。

 当然のように、校門には『ア○ル』の落書きがあった。


「姫乃がいなくなってから数週間でこのザマか。酷いもんだね」


「ええ。これじゃあ来年度、悠人様が好む清純派の女を学校に増やす計画に支障が出ます!!」


「え? まだそんなこと言ってんの? 自慢じゃないけど俺、異世界でハーレム作ってたような男だから、浮気する可能性大だけど?」


「全然いいです! と言うか、是非ハーレムを作ってください!」


「えぇ!? いいの!?」


「当然です! 悠人様はたった一人の女に収まるような器の漢ではありませんから!!」


「そ、そうか……」


 ちょっと都合のいい女すぎて怖くなってきたなぁ。


「ただ、その……」


 すると、姫乃はモジモジと内股になって何か言いたげだ。さすがに文句の一つくらいはあるか。なんだか一安心。


「私が一番最初の女だということは、忘れないで欲しい、です……」


 ……本当にいい女だなぁ、こいつ。


「もちろん。これからもずっとお前が一番だよ」


「♡♡♡」


 姫乃と存分にイチャイチャしてから、俺たちは体育館に向かい、まずは体育館の周りに四本の魔力の杭を打つ。そして、錆び付いた鉄の門から体育館の中に入った。


 体育館には、女装組を除いた全校生徒が集まっていて、俺たちの姿を見た途端、殺気とも言えないような緩慢な敵意を向けた。


「ヨォ、逃げずに来たみてぇだな、ユーリ!」


 渡部はと言うと、舞台に立ち、主役気取りなのか、大手を広げてこんなことを言い出した。


「おじさん!! 逃げて!!」


 薫くんは薫くんで、相変わらず素っ頓狂なことを言っている。今君が言うべきなのは、そんなことじゃあないだろ。


「薫くん、一刻も早く暴力の許可をくれ」


 俺がそう怒鳴ると、体育館がしんと静まり返ったのも束の間、ドッと笑いが起こる。


「おいおいこいつ、やる気だよ!! 一対一でも渡部に歯が立たなかったくせに、この数相手にどうやって戦うつもりだよ!!」


「……そうだよおじさん!! おじさんが普通の状態じゃ、勝てないよ!!」


 おっしゃる通りで、デバフをかけてしまえば、こいつら全員を相手取って戦うことは不可能だろう。


 つまり、デバフなしで戦わないといけない。不器用な俺が、こんな人数のヤンキーを相手取れば、数十人は手が滑って殺してしまうだろう。


 薫くんが懸念しているのはそこなんだろうが、何も知らないヤンキー供は「おいおい、総長さんにまで見捨てられちゃってんじゃん!!」と腹を抱えて笑っている。


 そんな中、薫くんだけは必死に叫ぶ。


「こんなやつらに引っ張られて、頑張ってまともに生きようとしてるおじさんまでそうなっちゃうなんて許せないよ!! お願いだから逃げて!!」


「はは……」


 本当に、優しすぎるのも考えものだな。


「分かったよ。暴力は振るわない」


 俺が両手をあげて、一歩一歩前に出ると、ヤンキーたちがすかさず俺と姫乃を囲う。これで逃げるという選択肢は一見無くなったように見える。


 俺は、周りのヤンキーを無視して、壇上の渡部に向けて叫んだ。


「渡部、要は俺が気に食わないんだろ? だったら俺を殴ったらいい。満足いくまでね。その代わり、満足したら薫くんを解放してくれ!」


「おっ、おじさん!?」

 

「……はっ、そんな安い挑発の乗るほどバカじゃねぇんだよ」


 さすがに学んだのか、俺に不用意に近づくつもりはないようだ。渡部は顔を引き攣らせながら、手を振ってヤンキーたちに命令する。


「おいテメェら、まずはユーリからボコっちまえ!!」


「ったく、番長になったからって偉そうに命令しやがって……へへ、悪いな。てことで、ボコらせてもらうわぁ」


 ドレッドヘアーのヤンキーが、ボキボキ拳を鳴らして俺の前に出てくる。


「お前の、お前のせいで、姫乃様がただの女になったんだ! ぶっ殺して姫乃様の目を覚まさせてやる!!」


 ドクロが描かれたマスクをつけたスケバンが、涙目で俺に詰め寄ってくる。


「お前、何勝手なこと言い出してんだコラ」


 姫乃が前に出ようとするところを、「おい、お前は引っ込んでろ」と命令すると、「はっ、はいっ」とすぐに引っ込んだ。

 そんな様子を見て、姫乃ファンどもはきーっと歯軋りをする。


「へっ、本当に変わっちまったみてぇだな。ま、安心しろ。目の前でこいつをボコって、目を覚まさせてやるよ……おら!!」


 ドレッドの拳が俺に迫る。俺が避けずにそのまま食らうと、ドレッドの腕がぐにゃりと曲がった。


「……ぐあっ!?!?!?」


 ドレッドは、信じられないと目を剥きのたうち回る。これなら暴力とは呼べないだろう。


「おい、そいつは耐久力が異常なんだよ!! だから舐めて果敢なっつったろうが!! 凶器使え凶器!!」


 当然、凶器で頭をフルスイングされようが、魔力で守ればなんら問題ない。


 ただ、これじゃあストレスが溜まる一方だ。


 俺は、魔力を纏うのをやめた。さすがにこれなら、非力なこいつらでも、凶器を使えばある程度のダメージが入るはずだ。


「クソ、クソ、いてぇじゃねぇか、この野郎!! おい、釘バットを寄越せ!!!」

 

 どうやら渡部よりは根性があるらしいドレッドが、釘バットを受け取ると、俺の脳天に振り下ろす。


 バキッ。


 鈍い音がして、釘付きのバッドが折れた。俺の頭から血が垂れ、姫乃が悲鳴を上げた。俺は姫乃を睨みつける。


「姫乃、いいから。少しでも手を出したら怒るよ」


 そこから、一方的なリンチが始まる。ヤンキーたちは俺を囲い、順番に凶器で俺を殴り続けた。皆ヘラヘラ笑って随分楽しそうだ。

 ま、これでも死ぬことはないけど、側から見たらそう楽観視はできないだろう。


「……おじさん、もういいから」


 破壊の音の中で、か細い声がした。薫くんだ。


「おじさん、もういいから!! 暴力振るっていいから、お願いだから、もうこれ以上殴られないで!!!」


「……ああ、わかったよ」


 もちろん、心優しい薫くんが、こんな残忍な仕打ちを受けている俺を、傍観できるはずがなかった。


 俺はすぐさま、体育館全体に強度の回復魔法をかける。薫くんの怪我はもちろん、喧嘩の耐えないヤンキーたちの身体も癒されただろう。不思議そうに声をあげるヤンキーもいた。


「何がわかったよ、だよ!! 死ねやコラ!!!」


 ドレッドのバッドが、俺の脳天目掛けて振り下ろされる。しかし、バットは俺に当たることはなく、ドレッドの腕と一緒にドンと落ちる。


「……あ?」  


 ドレッドが、信じられないとばかりに目を剥いて、落ちた腕と肘から先が無くなった腕を見比べる。


「……うぎゃあああああああああああ!!!!」


 そしてドレッドは、土下座の形でしゃがみ込む。俺はその後頭部に足を乗せ。


 ぶちょ。


 そのドレッド頭を踏み潰したのだった。


 

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