第38話 二度目の誘拐。
それから、おじさんは櫛田さんを鍛えるため店を閉めて修行をするようになった。
おじさんは、もしものことがあったらダメだからと僕も一緒にいて欲しいとしつこく言ってきたのだが、僕は断固拒否した。
流石に彼氏が彼女にオイルマッサージをしているところに居合わせるのは気まずすぎるし、何より櫛田さんに殺されちゃいそうだ。
てててててててててんっ。
ということで、家でおとなしくしていると、電話がかかってきた。
おじさんが入学するまでは、一番話していた男子生徒だ。
しかし、櫛田さんが転校ならぬ転クラスして来た時、どこかに行ってしまい、それ以来会えていなかった。
「久しぶり、陰山くん、どうしたの?」
『……薫くん』
陰山くんの今にも泣き出しそうな声に、何かあったんだとすぐにわかる。
『今、豊高の渡部くんに捕まって……たす、助けて』
……渡部のやつ、どんだけ終わってるんだよ!
「そ、その、待ってて、おじ……ユーリくんと一緒に行くね!」
『ダメだよ!! ユーリくんが来たら、僕、何をされるか……お願いだから、一人で来て……』
一人……僕が行ったところで、きっと何もできない。
けど、陰山くんを見捨てるわけにもいかなかった。
「わ、わかった! 今から行くね!」
『ありがとう! 場所は、豊高の体育館だから! すぐに来て!』
⁂
「か、薫くん、ごめんね……」
豊高の体育館には、豊高のヤンキー全員が集合していて、僕を待ち受けていた。
その中心には陰山くんと渡部がいて、渡部は下卑た笑みを浮かべる。
「いやぁ、陰山、よくやったわ。よくもまぁ、ビビリの薫を呼び出せたな!」
渡部が、陰山くんの背中をポンポン
「陰山くん、なんで……」
陰山くんに騙されたという事実に、身体が震える。陰山くんは、スッとそっぽを向いて
「ぼ、僕は、櫛田にこの学校を追い出されたんだ! あいつに復讐できるなら、例え友達を裏切ってでも」
「え、友達?」
思わずポツリと漏らすと、陰山くんが「えっ!? そのリアクション、友達って思ってなかった!?」と驚愕する。
「い、いやぁ、そんなことないよ?」
慌ててごまかしたが、陰山くんの表情が一気に暗くなる。僕は慌てて話題を逸らした。
「騙してまで僕を呼び出して、一体何がしたいの、渡部くん」
「いやな、お前が豊高に戻りたがってんじゃないかって思ってよ。俺が追い出したのはユーリと櫛田であってお前じゃない。なのに、お前が早とちりして勝手に出ていったもんだからよ、戻ってこいって言いたかったんだよ」
絶対に嘘だ。おおかた、前みたいに僕を人質にして、おじさんと喧嘩するつもりなんだろう。
「僕を利用しようとしても無駄だよ! ユーリくんも櫛田さんも、今は暴力から手を洗って頑張ってるんだ! 君たちがどんな卑怯な手を使おうと関係ないから!」
「チッ、せっかくこっちが建前考えてやってんのに、つれないやつだな……そんなもんは、お前じゃなくて櫛田とユーリが決めることだろうが。ほら、とっととおじさんに助けを呼べよ」
「……呼ばない!!」
すると、渡部は舌打ちをしてから、退屈そうに僕の方に歩み寄る。後ろに下がろうにも、いつの間にかヤンキーたちに囲い込まれていた。
「とっとと、呼べや!」
ぼこっ。
「うぐっ!?!?!?!?」
お腹に激痛。のたうちまわる僕のポケットから、渡部がスマホを取り出した。
「おい、顔向けろ。すこしでも動いたらまたぶん殴るぞ」
渡部の僕を見下ろす目は、虫けらでも見るように冷めていた。その目を見ていると、身体の芯のうちから冷え切ってきて、先ほどまでの勇気はどこかに消えてしまった。
……ごめんなさい、おじさん。
⁂
「……はぁ、はぁ、はぁ」
俺はオイルをタオルで拭いて、荒い吐息の姫乃に微笑みかけた。
「お疲れ様、姫乃。どう? 身体がポカポカしてきてるでしょ?」
「ひゃ、ひゃい……」
姫乃は、うっとりとした表情で頷く
全く、これではまるで俺がエロいことをしたみたいだ。俺はあくまで治療をしただけだっていうのに。
「いい感じに魔力の流れが良くなったから、ここから魔力のコントロールの訓練に入ろうか……いや、今日はやめておこう」
置いておいたスマホに薫くんから着信が入ったので、俺はオイルをタオルで拭いてスマホを取る。
『ヨォ、ユーリ、明後日ぶりだなぁ』
薫くんの可愛らしい声とは全く別物の、いやらしい声だ。
「……渡部」
『豊高の体育館に来いや。そうすりゃ薫の命だけは助けてやるよ。ほら、なんか言ってやれ』
『……おじさん、ごめんなさい」
それだけ言い残すと、電話は切れてしまった。俺はため息をつく。そして、何事かと俺を伺う櫛田に、「薫くんが渡部に攫われたよ」と告げる。
「あいつ……オレがぶっ殺してきます!」
ヌルヌルマイクロビキニのまま部屋を飛び出そうとする姫乃を慌てて止める。
「いや、姫乃は何もしなくてもいい。今の姫乃じゃあ、まだ多数のヤンキーを相手取るってわけにはいかないからね」
「そ、そうですか。すみません……で、でも、それならどうするんですか? まさか、総長が拐われたっていうのに、何もしないつもりなんですか!?」
「んなわけねぇだろ」
思ったより強い口調になってしまった。しかし姫乃は、むしろちょっと嬉しそうに、「す、すみませんっ」と謝る。ここ最近でわかってきたことだが、こいつはちょっとM体質だ。
「もちろん、俺がやる。姫乃はただ見てるだけでいい。なんなら来なくてもいいけど、どうする?」
「い、いえ!! ぜひご同行させてください!!」
姫乃が、キラキラと輝く瞳で俺を見る。
ヤンキーじゃなくなった俺でも好きだと言っていたが、やはりヤンキーの俺が一番好きなんだろうな。俺が暴力を振るう機会を、いまかいまかと待っていたんだろう。
(いや、姫乃だけじゃない。俺だってそうなんじゃないのか?)
渡部が番長になった今、俺への人質として、再び薫くんがターゲットにされる可能性が高いことなどわかりきっていたことだ。
もちろん、薫くんに危害を加えたらどうなるか身体に教えてやったわけだが、豊高の番になった今、それでも恐怖を覚えるほど徹底的にやったわけではない。
それなのに、俺は渡部が番長になったと知りながら、薫くんを放っておいたんだ。
俺は、こうなることを望んでいた?
……はは、そんなに頭が回るなら、ちゃんと大学を出てまともな人生を送っている。
それに、俺がどんな考えを持っていたとして、俺がやるべきことは決まっているんだ。
「さて、行くとするか」
「あ、悠人様、その、せめてパンツくらいは履いた方がよろしいのではないでしょうか?」
「ああ、確かにそうだ」
全裸だった俺は、いそいそと学ランに着替えたのだった。
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