第37話 嫌がらせの糞。


 渡部の嫌がらせは、早速次の日から始まった。


 朝十時。昼からお店を開けるために三人一緒にお店に向かうと、お店の前に茶色い物体があった。まず間違いなく糞だろう。


 まぁ、犬の糞自体は珍しいことではない。片付けが面倒だなぁとため息をつき、その糞に近寄って行ったその時。


「うっ!?」


 この強烈な臭いと形状、そして茶色を彩る黄色のコーンは、犬のものとは明らかに違う。


 ……人糞、だ。


「人糞!! 人糞だこれ!!!」


「えぇ!?!?!? どれどれ!?!?!?」


 薫くんが駆け寄ってきて、糞を目視した瞬間、「うわ、これ人糞だよ人糞!!」と叫ぶ。


「どうして二人とも、犬の糞と人の糞の違いがわかんだよ……うえぇ」


 遅れてやってきた姫乃も、人糞を見て悲鳴をあげる。逆に犬の糞と人の糞の違いがわからないようで何が分かるのか? と問い返したくなったが、グッと堪えた。今はそれどころではない。


「これは、渡部の嫌がらせ、と考えたほうが良さそうだね」


「え!? さ、流石にそれはないんじゃない!? 嫌がらせのためとは言え、人通りの少なくないここで野糞って、人としての尊厳をそこまで捨てきれないでしょ!?」


「そうだね。つまり、もしこれが渡部の野糞なら、彼は相当な覚悟で俺たちに嫌がらせをしているということになるね」


「……っ」


 薫くんがゴクリと生唾を飲み込む。人糞の前でよく生唾飲めるな。気持ち悪くない?



  ⁂



「なんてこった……」


 翌朝、嫌がらせ対策として早めに店に向かった俺たちの眼前に、とんでもない光景が広がっていた。


 三個の糞。いや、三本の糞が、お店の前に転がっていたのだ。


 俺たちは恐る恐る歩みよる。

 どの三本も見事な一本糞で、もし糞-1グランプリなんて言うコンテストがあったなら、この三本の糞が確実にファイナリストになるだろうし、審査員は誰に一票入れるか大いに迷うに違いな……えっ。


「ま、まって……」


 薫くんが口を抑え、信じられないと目を向く。きっと、俺と同じことに気が付いたのだろう。


 そして、三本糞の中央に鎮座する糞を指差した。


「これ、犬の糞だよこれ! 人糞二、犬糞一だよ!!!」


「クソ、どうせなら人糞で統一しろよ!!!」


「そ、そこで怒ってるんですか!?」


 驚愕する姫乃に、俺は頷いた。これほどの挑発を受けて、我慢できるほど俺も耄碌していない。


「どうしようおじさん、僕、めちゃくちゃ腹立ってきた!!」


「そうだね!! 報復のために、俺たち三人で渡部の家の前に野糞しに行こう!!」


「絶対に嫌です!?!?!?」


 姫乃が絶叫するので、ヤンキー魂はどうしたと説教したくなってきた。

 俺の学生時代の頃なんか、ところ構わずうんこをしたもんだぞ。


「おじさん、それは渡部の家族の人が可哀想だからダメだけど、でも、こんなに酷いことされて黙ってるわけには行かないよ!!」


 薫くんがそう言うと、姫乃も「それはそうだな……」と深刻に頷く。


「それじゃあ、オレが奴らをボコってきてやる!! もう二度とうんこができねぇ身体にしてやるよ!!」


「待て待て、今の姫乃じゃ、渡部率いる豊高ヤンキー連中には勝てないって言ったばかりだろ?」


 俺たちを支持してくれそうなのは、店に来てくれている女装組と一部の姫乃ファンくらいで、その人たちも豊高での立場上、大手を振るって俺たちの味方はできない。

 特に姫乃は逆転アンチが多く、姫乃の暴力禁止宣言と非処女宣言は、相当豊高生の反発を買ってしまったようだ。


「ま、手はあるけどな」


「あ、おじさんが暴力を振るうのはダメだよ!! それならまだ野糞したほうがマシだから!!」


「わかってるわかってる。俺は何もしないよ」


 野糞の方がマシと言うのはいかがなものかと思いながら、姫乃に向き直る。


「今の姫乃は、ダイヤモンドの原石みたいなものだ」


「えっ♡」


 姫乃がポッと頬をあからめる。もちろん女としても最高だが、今言いたいのはそういったことではない。


「姫乃の身体能力は魔力によるものって(ピロートークで)言ったよな? その魔力のコントロールをある程度覚えたら、もっと効率よく力を使えるようになる。そしたら前の決闘みたいにガス欠することはほとんどなくなるし、少なくともこの世界では敵なしになるだろうね。もちろんそれなりの時間は要するだろうから、それまではこの人糞攻撃に耐えなくてはいけなくなるんだけどね」


 すると、姫乃が一転真剣な顔になる。そして、すぐさま正座すると、そのまま土下座した。


「それ、めちゃくちゃお願いしたいです! 今後、悠人様を守るためにも、もっと強くならないといけねぇって思ってたんです!!」


 薫くんの名前がないのが気になるところだが、その気持ちは非常に立派だ。しかし、よく近くに二人糞一犬糞ある地面に頭を付けられるな。


「姫乃、顔をあげてどうする、薫くん?」


 対して薫くんは「うーん」と細い顎に手を当てて悩み始める。自分ではまともにコントロールできない姫乃がこれ以上強くなることを危惧しているのだろう。


 薫くんは、ちらっと三本の野糞に視線をやる。そして、みるみるうちに怒りに顔を真っ赤にして、こう言った。


「わかった。おじさん、櫛田さんを鍛えてあげて!」


「了解」


 俺の予想では、二週間もあればそれなりにものになるだろう。そうだな、まずは……。


「それじゃあ早速、姫乃、俺がオイルマッサージをしてあげる」


「……へ!? お、オイルマッサージ、ですか?」


 櫛田が顔を真っ赤にする。きっと昨日の夜のことを思い出しているんだろう。自分の家以外にセ◯クスできる場所があるってのは本当にいいことだよなぁ。


「ああ、そうだよ。まずは姫乃の身体に魔力の感覚を掴んでほしいからね。俺が魔力を纏わせた手で、姫乃の全身に触れていくんだ。オイルは……ほら、肌が傷つかないようにね」


「へぇー、そうなんだぁ」


 薫くんが間抜けな面で頷く。俺は違和感を覚え、少し踏み込んで


「特にリンパの部分は魔力が流れにくいからね。重点的にマッサージしていくよ」


「へぇ−、そうなんだぁ」


「……なんならミルクラインっていう、胸のあたりにある腺の方も、しっかりと揉みほぐさないといけないなぁ」


「へぇー……」


「……………」


「…………?」


 薫くん、マジかよ。マジでマッサージもののAV見てないのかよ。信じられない。あれを見てなくて逆に普段何を見てんだよ。ちなみに俺はAVジャンルの中で一番好き。あと、NTRものって何アレ!? アレが流行っている現代社会どうなってんの!?


 ちなみに姫乃はちゃんと見ているようで、顔を真っ赤にしている。あくまで冗談で、実際はちゃんとマッサージするから安心してくれ……ふぅ。

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