第36話 繁盛。


「おじさん、ごめんね。まさかこんなに流行るなんて思わなくて……ぇ?」


 それから二週間後、店の盛況を知った薫くんが気まずそうにやってきたので、俺は腹の底から声を出した。


「いらっしゃいませ、ご主人様っ」


「い、いらっしゃいませぇ……」


 ミニスカ胸元ざっくりメイド服を着た姫乃が、恥ずかしそうに身を隠しながら続く。単純な露出度ならいつものサラシ姿と大して変わらないと思うのだが、そう言う問題ではないらしい。


 薫くんはと言うと、まずは姫乃の変貌っぷりに目を丸くしてから、説明を求めようと俺の方を見て、俺は俺でメイド服なことに驚いたようだ。


 なんだ、店の評判を聞いてやってきたわけではないのか。


「あの、おじさん、なんちゅう格好してるの? なんらかの条例に引っかかりかねなさそうなんだけど」


「なんてことないよ。異世界にはメイドが付き物だからね。従業員はメイド姿になるだけではなく、メイドになりきってお客様に接客しているんだ」


「……それ、メイド喫茶じゃん」


 その通り。何を隠そう、異世界喫茶は大不評だったのだ。


 料理の方を堪能してほしいと接客もまともにしなかったので、俺たち目当ての客さえすぐに来なくなった。食べログでも星1.7という数字を叩き出し、よくわかんないようつびゃーが逆に動画を撮りたいとやってくるほどだったのだ。


 そこで、俺はビジネスマンとしての割り切りを見せる。結局俺と姫乃にしか需要がないのなら、俺と姫乃を押し出してしまえばいいというのは、経営者として当然の判断だろう。


「よく考えれば、あれだけ可愛かったら実質女の子だから、もはや清純系女子とスケバンの百合なんよなぁ。ユーリだけに」


 姫乃が処女じゃなくなったことで怒っていたオタクたちも、俺のメイド服姿にはご満悦なようだ。俺は愛想笑いで返しておく。


「姫乃様が、あんな劣情を誘うだけの格好をさせられて、接客なんてシャバイ真似を強要されているだなんて……酷い! 酷すぎる!」


 涙を流しながら、スマホでパシャパシャ姫乃のことを撮る姫乃ファンのスケバンギャルの皆様。

 俺はすかさず写真料を要求すると、泣きながら一万円札を取り出した。現代のヤンキーって儲かってんなぁ。


「おーほっほっほっほっ! こんなクソマズ料理初めて食べましたわコラァ! 庶民の方々は日々こんなものを食べてらっしゃいますのね! 勉強になりますわコラァ!」


 唯一、例のお嬢さまヤンキーだけには、俺の料理を気に入ってくれたよう? で、干し肉と豆のスープをおかわりしてくれて、チップまでつけてくれた。


 俺は心の底から「ありがとうございました!!」と頭を下げて、お嬢さまヤンキーを見送ったのだった。


 そんな俺たちの仕事っぷりを、営業時間終わりまで見守った薫くんは、やれやれと頭を振る。


「まぁ、結局正解だよね。おじさんと櫛田さん、見た目だけはいいしね」


「ふふ、ありがとう。それじゃあ薫くんも明日からこのメイド服お願いね」


 てっきり怒られるかと思ったが、薫くんはぷいっとそっぽを向きつつも、どこか嬉しそうにこう言った。


「しょ、しょうがないなぁ。おじさんの店が潰れちゃっても嫌だから、手伝ってあげてもいいよ!」


 どうやら仲間に入りたかったようだ。喧嘩中もなんだかんだ俺の部屋に来てたもんな。


「さて、それじゃあ店じまいしようか!」


 俺の言葉に、姫乃がホッと胸を撫で下ろす。恥ずかしいのを我慢してメイドとして頑張ってくれた姫乃にお礼を言おうとしたその時。


「ヨォヨォ、学校に来てないと思ったら、何やってんだよお前ら」


 狭い店にゾロゾロと入ってきたのは、渡部率いるリーゼント集団だった。


 ヤンキーたちは姫乃の格好を見ると、「うぉ、マジで櫛田の奴メイドの格好してやがるぜ」と、写真をパシャパシャ撮り始める。


「テメェ、ぶちころむぐっ」


 すぐさまヤンキーにフルスイング、俺は間に入って営業スマイルを作った。


「お客様、すみません。もう営業時間は終わってますので」


「あぁ? んなことより、今さっきそのメイド、ぶち殺すとかなんとか言ってなかったか? ネットで晒したらさぞかし炎上すんだろうなぁ!」


 こんなヤンキーが溢れる時代だってのに、客に対してちょっとでも問題のある態度をとると炎上すると知ったときは、なんと矛盾した世界なんだろうと呆れた。響子が俺に接客をやりたがらせないのもよくわかる。


「姫乃、ここは耐えて」


 俺が耳元で囁くと、姫乃は長い耳をピクンと震わせ、「す、すみませんでした……」と悔しそうな顔で言う。


「……はっ、それでいいんだよ、それで」


 すると、渡部はニヤつきながら、食べかけの干し肉をつかむと、ばくりと食べた。

 よくもまぁ人の食べかけを口にできるな、と思ったのも束の間、ペッと吐き出す。


「んだよこれ!! クソマジィじゃねぇかよ!!」


 そして、地面に落ちた干し肉を踏みつけると、ギャハハと下品に笑ってみせる。


 ……落ち着け落ち着け。今はデバフがかかってないから、一発殴っただけで渡部を干し肉にちょうどいいくらいの肉片にしてしまう。


 しかし、漏れた殺気を感知したのか、渡部はビクッと肩を揺らし、それを誤魔化すように口元を吊り上げて笑って見せる。


「なに、今日は飯食いにきたんじゃねぇんだよ。報告しようと思ってな。櫛田の後の番長は、この俺に決まったんだよ」


「へぇ……」


 まぁ、こいつは櫛田に継ぐAランクヤンキーなのだから、順当と言えば順当だろう。しかし、ヤンキーのくせにそんな成績表じみた評価しかできないってのはなんとも情けないな。


 そういった落胆の感情が出たのか、渡部は俺の顔を見てニヤリと笑った。


「当然、俺が番長になった豊高に、テメェらの居場所は引き続きねぇ。学校に来た瞬間ボコるから、そこんとこよろしくな」


「ああ、はいはい、分かったよ」


 俺が軽く受け流すと、渡部はイラッと眉根を顰める。ああ、悔しそうな反応をしておいた方が良かったかもな。

 

「もちろん、それだけじゃ済まさねぇ。テメェらのせいで豊高は他校の連中からも舐められたんだからよぉ。もう豊塚に、テメェらの居場所はないと思えよ!!」


 そう言い捨てると、渡部はまるで逃げ出すように、他のヤンキーたちを置いてスタスタ去っていったのだった。

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