第26話 一体五十。

 

 それだけ魅力的なおっぱいを持っている櫛田はというと、一切の動揺も見せずに、拳を固めると、型もへったくれもない大振りで団員達を待ち受ける。


「「「おっぱあああああああああいいい!!!!」」」


 先頭の面々が、櫛田のおっぱい目掛けて手を伸ばす。

 それに合わせるように、櫛田が大振りのアッパーを放った。


 突風が吹き、俺たちスカートがひらりとめくり上がって、二人して慌てて押さえてしまう。

 あまりに女の子じみた所作に、二人して照れ笑いしていると。


「「「ぐがらばっ!?!?」」」


 女装組と言っても、大の男が三人。

 彼らは天高く吹っ飛び、俺と薫くんの目の前に、嫌な音を立てて落ちてきた。


 ギリギリ死んではいないが、バックドロップを食らったような姿勢のせいで、パンツが丸出しでなんとも醜い。


 そのザマを見た他の団員たちの足が止まる。

 流石のおっぱいも、命の危険の前には大した効力がないみたいだ。


「お、おじさん。これ、本当に、勝てるの?」


「勝てる勝てる。ほらー、みんな頑張ってー、ふれっ、ふれっ」


 俺の応援も虚しく、団員たちは完全に逃げ腰だ。


「あ? なんだ、もうおしまいか? だったら、オレの方からいくぜ!!」


 櫛田が大股でツカツカ団員たちに歩み寄る。

 そして、思わず踵を返し逃げ出そうとした団員その4の背中に、思い切りのいい前蹴りを喰らわせた。


「ぐがばっ!?!?!?」


 団員その4は、こちらに向かって勢いよく吹き飛んでくる。


 俺は薫くんを引き寄せ、そのまま横っ飛びで回避する。団員その4は、金網にブスッと突き刺さったのだった。


 俺はこのままじゃ死にかねない団員その4に軽く回復魔法をかけてから、残った団員たちに呼びかける。


「逃げたら逃げたで後ろから攻撃されるだけだよー! 距離を取られたら最後だから、抱きついてー!」


 俺が呼びかけると、今度は恐怖により櫛田に突撃する団員たち。

 団員その5とその6は吹き飛ばされたが、その隙にその7が櫛田の腰に抱きついたので、櫛田の動きが止まった。


 そして、一人の団員が叫びながら、櫛田の顔にテレフォンパンチを放つ。


 言っても女の子に対して、なかなか容赦のない攻撃だったが、櫛田は避ける挙動すら見せず、むしろその拳に向かってヘッドバッドを喰らわせた。


「あああああああ!?!?!?」

 

 団員その8の拳がバキバキに折れて骨が飛び出たので、手遅れと思いながらも薫くんの目を塞ぐ。


「はっ、面白くなってきやがったぜ!!」


 あれほど強烈なヘッドバッドをしたら、櫛田のほうにもダメージがあるはずだが、その顔は狂気的な笑みが浮かんでいる。


「ね、ねぇ、おじさん、これ勝てないよね!? もう十人くらいやられちゃったよ!?」


「はは、大丈夫大丈夫。まぁ見てなよ」


「なんでそんなに落ち着いて……ま、まさか、おじさんが戦うつもり!? 許可してないよ!」


 怯えた目つきで俺を見る薫くん。

 普段は覆い隠しているけど、俺を恐れる気持ちはちゃんとあるようだ。それなら一安心。


「心配しないで。約束通り、薫くんの命令に従うよ。俺が言いたかったのは、あの櫛田さんの異様な身体能力は、そう長くは持たないと言うことなんだ」


「へ? ど、どう言うこと?」


「こちらの世界にも、魔力を持っている人間がいることは教えたよね。彼女はその中でも特別で、彼女の身体能力の高さは、彼女の莫大な魔力によって支えられているんだ。より正確に言えば、魔力を消費することによって、あの細腕からは考えられないような力を発揮している、と言うことだ」


「へ? そ、それじゃあ、櫛田さんは魔法を使ってるってこと?」


「いや、魔法は使ってはいないんだけど、魔力自体、身体に留めておくことで身体能力強化の効果があるんだ。と言っても、彼女の場合、魔力を、魔力を製造する器官から外に、放出しているだけなんだけどね」


「え? それじゃあ、効果はないんじゃない?」


「普通はそう、なんだけどね。魔力は身体にある魔力穴から出ていくんだけど、彼女の場合、あまりに魔力を放出する勢いが強すぎて、魔力が逆流して体内に入っていっているんだ。とんでもない魔力量だよ。こっちの世界で異様に力が強い人がいたら、大抵の場合そう言うパターンだと思った方がいいね」


 何を隠そう、柏木悠人がまさしくそれだった。


「つまり、彼女はとんでもない魔力の無駄遣いをしているんだ」


 あの強烈な頭突きを食いたくないと、必死に櫛田に群がる団員たち、女装した男が一人の女の子を襲うさまはなかなか地獄じみている。


 言っても全員がバフのかかった筋肉質の男なので、力はそれなりにある。

 櫛田は徐々に押され始める。が、それでも櫛田が有利だ。一人一人、掴んでは、投げ、掴んでは、投げ。大の男たちが重なって山になって行く。


 そして、ついに最後の一人が倒された。


「はぁ、はぁ……へっ、待たせたな」


 団員たちの屍を乗り越えて、櫛田がこちらに歩み寄ってくる。ガクガク震える薫くんが、俺の肩を掴んでブンブン振った。


「ちょっとおじさん!? 話が違うよ!! 殺されちゃう!!」


「はは、大丈夫大丈夫。ほら、よく見てごらん」


「……ふぅ、ふぅ」


 櫛田は膝に手を置き、肩で息をしている。


 額から滝のような汗が垂れ、サラシ を濡らしなかなか際どい透け方をしている。

 むしろあれだけ暴れておきながら最後の最後までポロリを阻止し続けたサラシに拍手を送るべきだろう。


「もう限界だよ。気絶してないことを褒めないといけないね」


 俺も初めての魔力切れの時は、問答無用で気絶したものだった。


 彼女は決闘で毎回ワンパンで決着をつけていたので、持久戦の経験もなかったのだろう。かなり戸惑っている様子だ。


「魔力のない彼女は、ただのエルフ系女子高生。素の身体能力は人族となんら変わりないから、薫くんでも倒せるはずだよ」


「そ、そうなんだ……」


「だから、ほら、頑張って」


 リーダーに花を待たせてやろうと、薫くんの背中を押す。薫くんは何度も「本当に!? 本当に僕でも倒せるの!?」とおっかなびっくり前進する。


 しかし、櫛田の顔色があまりに悪いことに気がつくと、心配げに顔を曇らせる。


「そ、その、櫛田さん、もう櫛田さんは戦えないみたいだから、降参してもらっていいかな?」


「……テメェ、何言ってんだコラ!!」


 当然櫛田がそんな提案を受け入れるはずもない。

 むしろ闘志に再び火をつけたようで、薫くんに向かってパンチを放つ。


 先ほどの異常なスピードはなく、ぽすんと薫くんのお腹を軽く叩いた。


「うぐっ!?」


 すると、薫くんは身体をくの字に折り曲げる。


「ちょっと薫くん。ふざけてないでちゃんとやりなよ」


「う、うううう……」


 薫くんは地面に蹲り、泣きそうな顔で俺を見る。どうやらマジのようだ。俺は思わずため息をつく。


「薫くん、今から治療するからね」


 薫くんにも筋トレを課せばよかったな、と思いながら薫くんの元に行こうとしたが、櫛田が割って入ってくる。


「これでやっと、お前と戦えるぜ……まさか、これで、弱いものいじめとは、いわねぇだろうな」


 チラリ、と立会人の方を見る。

 随分と仲が良さそうだったが、お嬢様とメイドは櫛田を助けるそぶりも見せない。


 渡部は渡部で、「櫛田さん、やっちまってください!!」と他人任せだ。


 これなら、俺がやるべきことはたった一つ。魔力切れの櫛田が倒れるまで、ただただ見守ることだ。 


「こうさん、降参するよ」


 すると、薫くんがお腹を押さえながら、こんなことを言いだした。


「え? 薫くん、このまま放っておくだけで勝てそうだけど、それでいいの?」


 薫くんはウンウン頷く。

 総長の言うことは絶対だ。俺も手を上げて降参の意を示すと、お嬢様は撮影していたスマホを下げて、「わかりましたわ」と頷いた。


「決闘は終わりですわ」


「ああ!? ふざけんなよ!!」


 お嬢様は櫛田を無視して、ぴょんと屋上から優雅に飛び降りた。


 そして、屋上と校舎をつなげるただ一つのドアのノブ目掛けて、拳を振り下ろす。


 がこん、とドアノブが曲がる。どうやら大人しく帰らせてはくれなさそうだ。

 

「ここからは、一友人として、姫乃さんの喧嘩を見守ることにしましょう」


「……助かる」


 美少女同士の友情は見ていて大変心が和むが、百合に挟まる男になってしまっているのはなんとも言えない気分だ。


「どうする、薫くん?」


 俺の問いかけに、薫くんは苦悶の表情を浮かべる。

 続けて、薫くんが何を言うか、大体想像がついたので、魔力を練っておいた。


「……デバフ、デバフをかけてから、櫛田さんと戦って!」


「……了解、総長」

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