第25話 決闘当日。


 Sランクヤンキーとなると、決闘の舞台も変わるようだ。


 日にちは決闘が決定した次の日の日曜日。


 俺が渡部と戦った中庭ではなく、四方を有刺鉄線によって作られた金網に取り囲まれた屋上で、櫛田と【ピース・peace・piece】との決闘が行われることとなった。


 俺たちと櫛田で五十一人、そして立ち合い人が三人で合計五十四となると、屋上はパンパンだ。


 今日は休日だが、決闘の知らせは瞬く間に広がり、最初のうちは学校にヤンキーたちが集まった。


 しかし、櫛田の「邪魔だからどっかに行け!!」の鶴の一声で、今や俺たち以外に生徒は一人もいない。

 部活の声すらしない静けさが、より緊張感を高めているようにも思う。


 しかし、ヤンキー連中、家で歯軋りしているんだろうな。

 何せ、冷静に客観視すれば、大の男五十人が、一人の女の子を相手にしようってんだ。


 当然悪者は俺たちなので、例えここで勝って櫛田のポイントを全て得たとて、豊高生に支持されるかと言えば、非常に怪しいところだろう。

 

 ま、そんな心配も、まずは櫛田に勝たなければなんの意味もないわけだが。


「ふふふ、まさかマジで五十人と決闘するとはさすがは一匹銀狼。流石ですねコラ」


「ああ、そんくらいのハンデがなきゃ、こいつらビビって逃げ出しちまうだろうからな」


「ふふ、シャバ僧ですね。我が校のスケバン達にはそんなヘタレは一人もいないですよ」


 その櫛田と話しているのは、俺の学生時代は神奈川一のお嬢様学校として知られていた西条高校の制服に身を包んだ清純そうな女の子だ。


「そうですねコラ」


 隣に立つのは、なんとメイド服の少女。

 いかにも質の高そうな白いエプロンには、金色で、『喧嘩上等』と刺繍されている。


 このヤンキーブームとやらは、お嬢様学校にすら波及しているのか。


 しかも、決闘の性質上、Sランクのヤンキーの決闘には、Sランクのヤンキーが立会人をしなくてはならない。

 つまり彼女もまた、櫛田と同ランクのヤンキーということになる。


「あれが、四天王の一人、か。女の子が二人もだなんて、すごいね、薫くん」


「………………へっ、あ、うん。そうだね」


「しかし、なんであいつが来てるんだろう」


 俺が指差したのは、久々に見る金髪リーゼント、渡部だ。


 ずっとこちらを睨みつけていた渡部が、俺たちと目が合うと、リーゼントを振り乱して叫ぶ。


「ユーリ、お前、もうおしまいだなぁ!!」


 本人たっての希望で、この決闘の立会人に立候補したらしい。

 Aランクでは立会人をする権利もないので全く意味がなく、なんで櫛田が渡部の立ち合いを許可したかは謎だ。


 俺は笑顔で手を振り返しておいて、薫くんに耳打ちする。


「あいつ、記憶力とかないのかな。ねぇ、薫くん」


「………………」


「……薫くん、大丈夫? 随分と顔色悪いけど」


「う、うん、大丈夫、だよ? あ、ていうか、安心してね。おじさんには絶対に戦わせないから!」


 ここまで嘘らしい嘘もそうそうない。

 まぁ、無理もないだろう。薫くんは決闘の経験もなければ、誰かを殴ったこともないはずだ。初めてのまともな喧嘩がこんな大舞台となれば、緊張して当然だろう。


 それに、決闘を前にビビっているのは、何も薫くんだけではない。


「お、おい、本当に戦うのかよ!? あの櫛田相手に!?」


「無理、無理に決まってる! 俺たち、殺されちまうよ!!」


「今からでも謝ったら許してもらえないかな!?」


 【ピース・peace・piece】の面々も、ガクガク震えている。日にちを開けて冷静にさせてしまったのが失敗だったのかもしれない。


 薫くんが、「み、みんな、落ち着いて!」と必死に呼びかけるのだが、その当人の声も震えているので、むしろ動揺を伝播させているようだ。


 仕方ない。ここは一肌脱ぐとしよう。


「みんな、集まって!」


 俺が号令をかけると、皆は寒さに身を寄せ合うように、いそいそと集まり始める。


 俺は、一度櫛田の方をチラリと見てから、皆にこう言った。


「前々から思ってたけど、櫛田さん、おっぱい大きいよね」


 シン、と静まり返る面々。

 聞こえなかったのかなともう一度、「櫛田さんっておっぱい大きいよね!」と言うと、ただでさえ青い皆の顔が紫色になった。


「お、おじさん!? 何言ってるの!? もし櫛田さんに聞かれたら殺されるよ!!」


「え、でもさ、あのおっぱいでサラシだけってやばくない? 絶対決闘途中でポロリするよ」


「!!!!」


 団員達の顔に、血の気が急速に戻っていく。

 俺はすかさずこう続けた。


「命をかけた決闘だ。櫛田さんもそんなこと気にしてる場合じゃないし……取っ組み合いの中、櫛田さんのおっぱいに触れちゃっても、それは仕方のないことなんだろうなあ」


 俺たちはすぐさま裏切り者を特定し、なぜ裏切ったのか詰問した。

 俺にも薫くんにもないもの、つまりは櫛田のおっぱいにつられてのことだったのだ。


「おいお前ら、ビビってるやついるー!?」


「いっさいいなーい!!!」


 と、言うことで、団員たちの闘志に一気に火がついた。よかったよかった。


「ね、ねぇおじさん」


 すると、一人おっぱいにテンションが上がっていない薫くんが、俺の肩をツンツンする。


「なんか、体がぽかぽかしてるんだけど、もしかしておじさんなにかした?」


「おっ、薫くん流石だね。実は、櫛田さんのおっぱいの話をしている間に、みんなにバフをかけたんだよ」


「え、バフって……おじさんが渡部くんと決闘する時、弱くなったのがデバフだったよね」


「そうそう。あの時は身体能力を下げたんだけど、今回は皆の身体能力をあげたんだ。ああ、言っても1.5倍くらいだから、おっぱいのおかげでテンションが上がった、で済む程度だけどね」


「なるほど……そんな人たちが五十人もいたら、さすがの櫛田さんでもどうにもならないよね!」


「ああ、そうだね」


 正直なところもう少し人数を集めたかったが、今更言ったところで仕方ないので、黙っておこう。


「さて、それではそろそろ、はじめるとしましょうかコラ」


 お嬢様とメイドがぴょんと、俺が学生時代いつも寝転んでいた塔屋に飛び乗った。櫛田に及ばないにしても、なかなかの身体能力だ。


 そして、メイドがエプロンから取り出した小さなベルを、チリンと鳴らす。

 

 ……えーっと、決闘開始、ってことでいいんだろうか?


「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


 おっぱいバフによってバキバキ戦意が高まった【ピース・peace・piece】の面々が、一斉に櫛田に向かって走り出したのだった。


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