第24話 決闘決定。


 櫛田は、しばらくの間、テカテカのパンツを丸出しにしたまま、ぴくりともしなかった。


 皆が最悪の想像をし始めた時、櫛田はスッと立ち上がると、俺たちを睨みつけた。


「おい、テメェら、こんなところで一体全体何をしてやがる」


 うわぁ、何事もなかったみたくしようとしてる……打ち付けた顔とかお腹とか真っ赤だし、頭にガラス思いっきり刺さってるし、どう考えても無理がある。


「櫛田さん、もしよかったら一回病院行ってきたら? 櫛田さんの怪我が治ったら、もう一回さっきの登場やり直してもいいと思うし。俺たち付き合うよ。なぁ、みんな?」


 俺の呼びかけに、一同大きく頷く。


 しかし、櫛田はやはりまるで何もなかったかのように、「おい、テメェら、こんなところで何してやがる!」と繰り返した。


 もう完全になかったことにしようとしてる……なかなか根性あるな。よし、その心意気買った! 


「何って、ただみんなで集まって話してただけだよ」


「あぁ!? こんなとこで話って、一体どんな悪巧みをしてやがったんだ!」


「いやいや、何普通に話そうとしてんの二人とも! 櫛田さん、本当は痛くて痛くてたまんないんでしょ。素直になったほうがいいよ! これだからヤンキーは、変な意地ばっか張って、そんなのがかっこいいと思ってるの? 変だよ!!」


「薫くん……」


 いや、櫛田のことを心配してるんだからいい子はいい子なんだけどなぁ……。


 櫛田はというと、エルフの耳まで真っ赤にして薫くんを睨みつけた。


「黙れ!! 喧嘩売ってんのかテメェ! 喧嘩売ってると言えばだ! 情報筋から、お前らが反ヤンキー集団を立ち上げたって聞いたんだが、そりゃつまり、あーしに喧嘩売ってるってことだよなぁ?」


 俺はすかさず「薫くん、今はチーム存続の危機だから、そんなことより弁明して!」と肘で突っついた。


「ち、違うよ! 僕たち、【ピース・peace・piece】は、ただ平和を望んでいるだけです!」


「うわっ」


 それにしちゃったかぁ。正直、三つの中で一番嫌いなんだよなそれ。飛び抜けてない分わざとやってる感もないし、ただただダサいんだよね。


「お前ら雑魚どもにとっての平和なんて、オレにとってはクソ中のクソなんだよ!!」


 櫛田はツカツカとこちらに歩み寄ると、長ランの内ポケットから何かを取り出し、薫くんに突きつけた。


 薫くんは目を見開いて驚く。


「は、果たし状!?」


「ああ、そうだ。決闘だ」


「ちょっと待ってよ。俺みたいなパンピーじゃあ、どうやったって櫛田さんには敵わない。櫛田さんが憧れた男は、弱いものいじめをするような男だった?」


 俺の問いに、櫛田はフンと胸を張る。


「もちろん、そんなシャバい真似はするつもりはねぇ。いつ一対一っつったんだよ!」


「へっ? ど、どう言うこと?」


 混乱する薫くんを傍目に、まぁそうするよなと頷く。

 学生時代の俺の二つ名であった『一匹銀狼』は、俺がいつも一人でいることをディスったと言うよりは、俺の戦闘スタイルから付けられたのだ。


「オレ対ここにいる奴ら全員で決闘だ」


 一対多。それが、学生時代の俺の喧嘩の基本だった。


「は、はぁ!? 櫛田さん、本気で言ってるの?」


「あたりめぇだろ。オレが負けたら、オレのポイント全部テメェらにくれてやる。ただし、オレが勝ったら、【ピース・ピース・ピース】は解散しろ」


「あ、櫛田さん、アクセントが違って、二番目のpeaceは」


「うるせぇ!! どうでもいいんだよそんなの!!」


 薫くんは困ったように俺を見る。俺は、お好きなようにと肩をすくめた。


「う、受け入れられないよ。さっきも言ったけど、僕たちは平和を望んでいるから、決闘なんて野蛮な真似はできない!」


「へぇ、そのお前の隣にいるやつは渡部をボコボコにしたらしいが、そこんところはどうなんだよ」


「うっ、そ、それは、僕のため、仕方なくだったんだよ!」


「はっ、だったら今がその仕方のねぇ時ってことだ。明日には、お前らのチームは豊高のヤンキーどもに知れ渡ってる。問答無用で潰されるだろうな。だが、もしオレに決闘で勝つことが出来たら、オレのポイントでお前らのランクは上がるし、なんならオレが下についてやる。チームは安泰だろうな」


「…………」 


 薫くんの顔を伺うと、今にも泣き出しそうだ。流石にいきなりこれだけの決断をさせるのは早かったか。


「やってやろうぜ、リーダー!!」


 と、その時、団員の一人が、声高にこう叫んだ。見ると、顔は怒りからか紅潮している。


 元はと言えば、豊塚高校に通っている時点で、とんでもない馬鹿か血の気の多いヤンキーかで決まりなのだ。


 争いに負けた結果、女装男子なんて立場に落ち着いてしまっているが、ここまで舐めたことを言われて、闘争心に火がつかないほどセーラー服に染まってしまったわけではないらしい。


 団員その一の言葉に、他の団員たちも火がつき、そうだそうだの大合唱だ。


「えっ、えっ、えっ」


 薫くんは、ワタワタ慌てて周りを見渡す。と、櫛田がクッと意地悪く笑った。


「どうやら度胸がねぇのはテメェだけみたいだな。女みたいな顔してるし、もしかしたら本当に女なんじゃねぇか?」


 すると、薫くんはムッと顔を顰める。

 言っても、薫くんにもプライドがある。同級生の女の子に挑発されて、黙ってはいられなかったようだ。


「わ、わかりました! その決闘、受けて立ちます!」


 おおお、と雄叫びをあげる団員たち。今になって待ったは言えないだろう。


 櫛田を見ると、団員たちなど眼中にないようで、俺の方をじっと見つめている。


 やる気満々みたいで悪いが、俺は戦ってやれないぞ。もちろん戦うつもりもないし、ひとまずお前じゃあ、俺の元にもたどり着けないしな。


 そして、一対五十の、変則マッチが決まったのだった。

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