第27話 櫛田とタイマン。


 俺はデバフの魔法を自身にかける。

 すると、櫛田の顔色が変わった。


「デバフ、ってなんだコラ。なんか、お前が急に、弱くなった気が、すんだけど」


 気づいたか。流石エルフの特徴を受け継いでいるだけあるな。


 俺は肩を竦める。


「勘違いじゃない? そんなことより、辞めようよこんなこと。今にも気を失いそうな女の子と、喧嘩なんて流石に気分が悪い」


「ウルセェ、お前がどう思ってようが、知ったことじゃねぇんだよ!!」


 櫛田が、地面を蹴って俺に向かってくる。


 そのスピードに、まだそんな体力があったのかと多少の驚きを感じながらも、俺は余裕を持って躱した。


 櫛田は、止まる体力すらないのだろう。そのまま金網のほうまで突っ込んでいき、フェンスを蹴り付ける。


 金属が破壊される、甲高い音。


 ネジが外れ丸ごと吹き飛んだ金網は、そのまま屋上から落ちていって、しばらくして効くに耐えない不協和音が響いた。


「……おっ、おじさん!? 全然力弱くなってないじゃん!?」


 薫くんの絶叫に、返す言葉もなかった。


 なんなら、今日一番の破壊力。

 彼女の魔力は確かに無くなる寸前であるというのに、一体全体どこにこんな力が残っているんだ?


「殺す、殺してやる……!」


 その上、いつの間にか俺へものすごい殺意まで抱いている。覚えがない。毎日一緒にお風呂に入るたびに下卑た目で櫛田を眺めてたくらいだ。それかぁ。


 しかし、こうなってくると、デバフをかけた判断な良くなかったな。

 この身体能力であの一撃を喰らったら、ひとたまりもない。力尽きるのを待つのも危険そうだ。


「仕方ないな」


 俺が構えると、櫛田好戦的な笑みを浮かべ、先ほどよりも低い体制で突撃してくる。


 どうやらタックルを狙っているらしい。あのパワーで有利な体制で組まれたら、技術ではどうにもならない。

 が、しかし、やはり動きは素人臭いな。


 俺は、櫛田の『喧嘩上等』の背中を肘で押しタックルを回避しながら、櫛田を四つん這いにさせる。

 そして、その流れで背中に回り込むと、櫛田の首に腕を回し、そのまま締め上げた。


「うぐっ!?」


 流石に女の子を殴るのは伯父として薫くんに見せられないが、首を絞めるのなら、なんなら性教育として良い教材になる。結局女なんて、最終みんなこれに行き着くんだからな。


「うぐ、ぅぅぅう」


 しかし、櫛田は呻き声こそ上がるが、身体から力がなかなか抜けない。おいおい、どうなってんだ。


「……うおおおおおお!!!!」


「っ!?!?!?」


 視界がぐるぐると周り、浮遊間に鳥肌が立つ。

 背負い投げの要領で投げ飛ばされたのに気がつき、なんとか足で着地して、そのまま後転を繰り返し衝撃を逃す。


 顔をあげると、櫛田は血管の浮いた今にもぶっ倒れそうな顔で、口元だけで笑ってみせる。

 どうやら効いてはいるみたいだが、なんなら元気になったようにも見えた。


 首を締めることを組み合いと呼んでいいのかは疑問だが、ここは素直に俺のミスだったと認めよう。

 いや、認めるべきは、俺がこの数週間で櫛田に対して情を抱いてしまっていると言うことか。


 だから、楽に倒してやろう、なんて甘い考えは、異世界では生き残れなかっただろう。


「薫くん、教育に悪いから、目を瞑っておいてね」


 俺は、デバフで少なくなった魔力を全身に滾らせる。

 デバフで下がった身体能力を補うほどではないが、立会人もいるしそれで構わない。


 じりじりと、櫛田との距離をつめる。


 対して櫛田は、相変わらずの大振りで俺を待ち受ける。隙だらけのその足に、俺はローキックを放った。


 櫛田の身体がぐらりと揺れたので、続けて櫛田の腹に三日月蹴りを食らわせる。


「ぐっ!!!!」


 鈍い音がして、櫛田は身体を折り曲げたが、膝はつかない。

 櫛田はそのままの体制から、ぶん、と大振りのアッパーを放った。


 ギリギリで回避。全く、なんなら異世界でもそうそうない程度には


 今の櫛田を守る魔力などないようなものだから、デバフをかけてしまうか? 

 いや、今の彼女はただの女子高生のはずだから、かけたとて大した意味もない。


「全く、どっからそんな力が出てるんだか?」


 思わず本音がこぼれでると、櫛田はバカにしくさったように俺を嘲笑った。


「そんなこともわかんねぇのか。根性に決まってんだろ!!」


「根性、ね」


 懐かしい言葉だな。俺もヤンキー時代は、根性の証明として喧嘩したもんだ。

 今や、そんな物は一つもなく、ただ自分の名誉と快楽を求めるためだけになってしまったが。


 立会人がいるのだから、あまり派手な勝ち方はしたくなかったのだが、そうも言ってられなさそうだ。


 俺は急速に詰め寄ると、櫛田に打撃の連続。


 櫛田はガッチリガードを固めているが、隙をついていいのを何度も喰らわせているはずなのだが、やはり倒れない。


 そろそろ、魔法の使用も検討しないといけないと思った時。


 櫛田はググッと身体を低くして、俺の足に飛びついてきた。

 俺は、先ほどと同じように回避しようとして。


「おっ」


 俺が膝で押す前に、すぐに櫛田が上体を起こしたので、俺ものけぞる。  

 そこに合わせて、櫛田の手が俺の首を掴んだ。


 フェイント、ね。学生時代の俺はそんな芸当できなかったけどな。


 俺はその手を掴み、関節を極めた。


「ぐっ!?」


 櫛田が苦痛に顔を歪める。本来だったら絶叫するくらいに痛いはずだが、偉いなぁ。


「降参してくれないか。ただの喧嘩で腕を折るなんて、どう考えてもやりすぎだしな」


「……馬鹿が。負けんのは、お前だよ!!」


「ぅぐっ!?」


 すると、関節を極められてなお、俺の首を掴んで離さなかった櫛田の手に、力が籠る。


 おかげで妙な声を上げてしまい、なんとも恥ずかしい。が、そんなことを言ってる場合でもない。


 関節を極められた状態でも首を絞めてくるか。腕を折ると脅したところで彼女は引かないだろうし、ひとまずこの状態じゃ喋ることもできない。


 ……仕方ない。折るか。

 

 と、櫛田の手から力が抜けていく。彼女の顔を伺って、驚いた。


「……っっ」


 櫛田の銀色の瞳から、ボロボロと涙がこぼれ出しているのだ。


 櫛田の手が、俺の首から離れる。

 俺も合わせて彼女の腕を解放すると、櫛田は今にもヨタヨタと後退すると、敵意だけでは片付けられない情念のこもった目で俺を見た。


「クソ、なんなんだよ、テメェ、なんでテメェが、悠人様だって思っちまうんだよ!!」


 ……どうやら、俺が思ったより、彼女の心眼は強力なものになっていたようだ。


 しかも、あれほど魔力の扱いがおざなりなら、心眼のコントロールもできてはいないだろう。

 柏木悠人の幻影をずっと俺に見ていたのなら、彼女にとってかなりの負担になっていたに違いない。


 そんな様子全く見せなかったのも根性だって言うなら、俺の学生時代なんか目じゃないほどのヤンキーだな。


「その感覚は間違っていないよ。俺は、柏木悠人の生まれ変わりなんだ」


「……頼むから、黙ってくれ。ああ、クソ……」


 櫛田は、俺から距離を取るように、ヨタヨタ後退する。

 俺が支えようと歩み寄ると、「近づくな!」とさらに下がる。先ほど櫛田が金網を破壊したので、彼女を守るものは何もない。


「おい、後ろ、危ないぞ!!」

 

 そう叫んだが、櫛田の身体にはもう力が入っていない。

 俺が走り出すのと、櫛田が足を滑らせて、屋上から身を投げ出したのがほぼ同時。


「ったく」


 まずは、立会人をどうにかしないといけない。


 俺は、デバフによって減りに減った魔力をほとんど使ってバフをかける。

 これで、数秒間だが、俺の身体能力はそれなりのものになった。


 俺は一般人じゃ目にも止まらない速さで立会人三人の後ろに回り込み、三人の首に手刀を放ち気絶させる。

 そして、勢いそのままに屋上から飛び降りると、くるりと回って空を蹴り、落ちていく。


 今の魔力の尽きた櫛田なら、頭から落ちたら死んでしまう。


 俺は櫛田の長ランを掴むと同時に、飛行魔法を展開したのだった。

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