第2話 異世界から実家に帰ってきた。
「てことはなに、お兄ちゃんは世界を救うために勇者として転生して、魔王を倒してきたからこっちに帰ってきたってわけ?」
「うん、そういうこと」
「へぇ〜、すごいねぇ〜」
俺の実家、『カシワ食堂』は、多少のリフォームはあれど、ほぼあの頃のままだった。
十席ほどの小さなお店スペースの奥にある居間の食卓に腰掛け、これまでの経緯を響子に説明すると、響子はこれまたあっさりと俺の話を受け入れた。
そして、煎れてくれた緑茶を俺のコップに注ぐと、俺にこう聞いた。
「ねぇ、これからどうするつもりなの?」
「え? ああ、そうだなぁ。まずは、響子の手伝いでもしようかな」
「……あー、いや、うち、そんな流行ってないし、すでに一人働き手がいるから、もう一人いたところであんまり意味ないんだよねぇ。あ、もちろん看板娘的な感じでいてくれるだけなら超助かる。お兄ちゃん、異様な美少年になってるし」
「ああ、そうなんだな。それじゃあ、とりあえず他のとこでバイトして繋ぐとか?」
「いやいや、今日魔王を倒してきたばっかなんでしょ? もうちょっと休んでからでもいいんじゃない?」
「うーん、そうかぁ? 悪いけどなぁ」
正直助かるけど、妹を働かせておいて兄はニート生活ってのは、勇者…元勇者としてどうなんだろう。
「いいからいいから! てかお兄ちゃん、異世界生まれ何だから戸籍とかないでしょ? 働けないんじゃない?」
「あ、そうそう、そうだった。おーい、女神やーい」
「はぁーい!」
すると、冷蔵庫の冷凍室がバタンと勢いよく開き、女神がカチカチ大マグロを抱き抱えながら、ニュッと飛び出してきた。
そして、妹に深々とお辞儀をする。
「私が、お兄さんに魔王討伐を宿命づけた女神の古賀と申します。この度は、お兄さんにお世話になりまして、ありがとうございました。こちら、つまらぬものですが」
「あ、わざわざどうも。こちらこそ、兄を生き返らせてくださりありがとうございます」
食堂の娘でも処理に困るものをもらっておきながら、この大人の対応。成長したなぁ、と再び涙しそうになる。
そして、食卓に三人で座る。俺も女神もアジア人の見た目とはかけ離れてる上に、女神なんかほぼ全裸だから、側から見たらなかなか異様だろう。
「なるほどなるほど。それは気が利きませんでしたね。響子さんの子供ってことにしとけばいいですよね?」
「いや、流石にそれは無茶がありますよ。俺が十六ですから、響子が十六で子供を産んだことになっちゃいますし」
俺がそういうと、響子がびくんと肩を揺らした。
なんなら今日一番の動揺に、響子の顔を伺うと、だらだらと滝汗を掻き始めた。
「ただいま〜」
すると、店の方から若い女の子の声がする。どたどた足音がして、居間の暖簾をめくって、セーラー服を着たショートカットの似合う女の子が現れた。
彼女は俺たちを見て、パチクリ瞬きをする。
「お、お客さん? すごい格好だね」
働き手がいると言ってたから、バイトの子だろうか。ただいま、とは、随分アットホームな職場を築いているようだ。
それなら、俺も彼女を家族のように接するべきだろう。俺はめいいっぱいの笑みで彼女を出迎える。
「俺は、えーと……彼女の息子、ユーリって言います。よろしく」
ま、結局それが一番手っ取り早いか、と言うことで、響子の方を掌で指しながら笑いかける。前世の柏木悠人として名乗っても良かったが、この見た目じゃユーリの方が違和感もないだろう。
その女子高生は、ぽかんと口を開ける。
そりゃそんな反応になるよな。実は響子は一年間イギリスに留学していて、俺はその時の子供ということにしようか。
「お、お母さん、どういうこと?」
しかし、俺の考えた設定は、その女子高生が、響子の方を見てこんなことを言い出したので、なんら無意味なものになった。
俺も一緒の、響子を見やる。響子はだらだら冷や汗を掻きながら、その娘を手のひらで示した。
「えーと、今年で十六歳になる私の子供、薫です」
⁂
「そ、それじゃあ、なに、この人はお母さんのお兄ちゃんで、世界を救うために勇者として転生して、魔王を倒してきたから帰ってきたってこと!?」
「そーいうことになるわね」
「……誰が信じるのそんな話!? お母さん、これ詐欺だよ!? その冷凍大マグロ、絶対受け取っちゃダメだからね!? ていうか異世界転生を偽って冷凍大マグロを売り込むってどんな詐欺!?」
ずいぶんと常識的な子だ。響子のやつ、子育ての方はちゃんとやってるようだ。
しかし、なぁ。
「響子、十六で子供を産んだってのもいい顔できないが、それ以上にタイミングってもんがあるだろ。俺が死んだ後すぐ産んだってことだろ?」
「うーん、ま、そうなるのかな?」
「そうなるのかなって……もうちょっと、喪に服すとかさぁ」
ま、妹のことをほっぽり出して、最終的に勝手に死んだ俺が言えたことでもないか、と、薫ちゃんの方に向き直る。
響子に似て超絶美人だが、あくまで日本美人だ。俺のような銀髪碧眼とは、明らかに人種が違う。
「双子ってのは見た目的にありえないし、短期間に二人の男の子供を産んだってのは、それこそ無茶があるかぁ」
俺がそういうと、女神はポンと手をうった。
「それじゃあ、柏木悠人さんが生前に海外で作った子、ということにしておきましょうか。日本の文化に興味があって留学してきた、みたいな感じで」
「あ、それいいですね。頼めます?」
「はい、任されました!」
女神は元気よく立ち上がると、冷蔵庫の冷凍室を開き、中に消えていった。
薫ちゃんポカンとした顔でそれを見送ってから、ハッとなって冷蔵庫に駆け寄る。中を覗き込むと、「え、消えた!?」と飛び上がる。元気な娘だなぁ。
「よし、それじゃあ俺はいったん休むよ。ついさっき魔王を討伐したところでさ、疲れてるんだ。あ、そういえば、部屋、どうなってる?」
「お兄ちゃんの部屋はそのままにしてるよ」
「おっ、助かるなぁ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
薫ちゃんが慌てて飛んでくると、可愛らしい顔で必死に俺を睨みつけた。
「本当にあなたが異世界転生してきたんなら、魔法? とか使えますよね! 使って見せてください!」
「うーん……」
研究材料になるのはごめんなので、あまり魔法のことを知られるのはよろしくないんだが、ヤンキー相手に使っちゃったし今更か。
「そうだね、例えば、こんなのはどうかな」
俺は人差し指を立てると、そこに水の玉を作り出す。その水球を宙に浮かし、薫ちゃんの周りを旋回するようにくるくる回して見せた。
薫ちゃんは、あんぐり口を開きながら一緒になってくるくる回る。
ミニスカートもひらひら舞うが、血の繋がりこそないが姪っ子と言うのもあり、心配の感情しか湧いてこない。注意したら嫌われそうだから言わないけど。
薫ちゃんは、しばらくの間そうしていると、急にハッとなって、水の玉を蚊でも潰すように両手で叩いた。
「こ、これだって、マジックかなんかかもしれないじゃん!」
そうなるか。しかし、俺の場合、戦闘系の魔法ばっかりだから、この家で問題なく使える魔法はそう多くはないんだよなぁ。
家を破壊しない程度なら、結局マジック扱いされてしまいそうだし、さて、どうしたものか。
すると、響子が助け舟を出してくれた。
「まあまあ薫、お兄ちゃん魔王を倒した後で疲れ切ってんだから、もう少し優しくしてあげなさい」
「なんでお母さんはそうもこの人のこと信じ切れるの!? わかった、この人が美少年だからでしょ!! お母さんっていっつもそうだよね!!」
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ! 謎の美少年が自分の兄の生まれ変わりって言い出したら、無条件に受け入れるのがごく一般的なアラサー女ってもんでしょ!」
「全国のアラサー女に謝って!!」
このままでは俺のせいで親子仲が悪くなってしまう。
あと、アラサーって二十代後半が言うならわかるけど、三十代前半が名乗るのはちょっとズルじゃないか?
「まあまあ、それじゃあ、夜になったら証明するよ。俺が君のおじさんだってことをね」
字面だけ見ると、女子高生に対する発言としてギリギリな感じもしたが、薫ちゃんは警戒心そのままに、不承不承うなずいたのだった。
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