第3話 おじさんの証明。

  

 夜まで、そこらへんの川辺で昼寝でもしようかと思ったが、危ないからという理由で響子に止められた。


 異世界じゃないんだから大丈夫だと思うんだけど、つい先ほど時代遅れヤンキーに絡まれたばかりなので、お言葉に甘えることにする。


 ということで、バットを片手に持った薫ちゃんに監視されると言う、こっちの方が危ないんじゃないかって状況で、俺は自分の部屋のベッドで眠りについたのだった。


「……んぁ」

 

 久々の実家のベッドはたいそう寝心地が良く、寝過ぎてしまった。


 目を覚ますと、窓から見える空はすっかり暗くなっていた。


 薫ちゃんはというと、途中で監視に飽きたのか、学習椅子に座り、「指スマ…いちっ」と、一人指スマをしていた。相当暇じゃなきゃできない芸当だ。


「おはよう」


「あ、おはよう、ございます……」


 薫ちゃんは、警戒心を顕にしながらも俺に頭を下げる。

 俺はベッドから起き上がり、「それじゃあ行こうか」とあくびまじりに言った。


「へ? 行くってどこに?」


「空だよ」


 俺は、座っている薫ちゃんの膝の裏に手を通し、もう一歩の手は背もたれと彼女の背の間に入れる。

 

 そのまま薫ちゃんを、お姫様抱っこの要領で持ち上げた。


 薫ちゃんは唖然と俺を見上げた後、ひっと喉の奥で悲鳴をあげた。


「ちょっと、なんでお姫様抱っこ!?」


「そりゃあ、君がお姫様だからじゃない?」


 適当に返して、ベランダへと続く扉を足でガラガラ開ける。

 おお、星がいっぱい出ていて絶好の遊覧日和だ。


「それじゃあ薫ちゃん、しっかり捕まっててね」


「えっ、ちょ、な、何するつもりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?!?」


 そして俺は、浮遊魔法を使って、天高く飛び上がった。

 そして、「ほら、見てごらん」と薫ちゃんに呼びかける。


 薫ちゃんは恐る恐る目を開き、下を見て、声にならない悲鳴を上げた。


 眼下には、煌々と輝く街。

 

 こう見ると、商店街こそ寂れたが、人がいなくなったというわけではなさそうだ。


 それならよかった、ということでもなく、人がいるのに寂れている商店街だということを問題視しなくちゃならないだろう。


「どう? これなら、流石に現代のマジックでもどうにもならないんじゃない?」


 もしマジックの急速な発展によりこんな芸当ができるようになっているのなら、マジシャンになっても良さそうだ。全部魔法なので、タネ明かしができないのが難点だが。


「すごい……」


 すると、薫ちゃんがポツリとつぶやいた。

 そして俺の方を見て、夜景よりもキラキラ輝く笑顔を向けてくれた。


「すっ、すごい! すごい! おじさん、すごいよ! 空を飛べるなんて! 本当に魔法使いなんだ!」


「喜んでくれたようで何よりです。これで信じてくれたかな?」


 薫ちゃんは満面の笑みで頷いた……かと思えば、急に真顔になる。


 確かに、魔法が使えるだけのおじさん自認変質者の可能性もあるよな、と思ったが、どうやらそこに引っ掛かったわけではないようだ。


「ねぇ、魔王って強かった?」


「え? ああ、うん、強かったよ」


「てことは、その魔王を倒したおじさんも強いんだよね」


「ああ、一応ね」


「どのくらい?」


「どのくらい、か。まぁ、この世界の生物なら、一対一なら勝てると思うよ」


 この歳で強さ自慢も恥ずかしいので、かなり低めに見積もったのだが、薫ちゃんはなんなら先ほどよりも嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「ねぇ、おじさんって、まだ十六歳なんだよね?」


「え? ああ、うん、この肉体ではそうだね。実年齢は四十六歳……四十六歳かぁ……」


「あの、それじゃあ、その、提案なんだけど……」


 薫ちゃんはモゴモゴ口籠る。

 俺が「俺は君のおじさんなんだから、遠慮しないで」と微笑みかけると、薫ちゃんは意を決したように俺に上目遣いをくれた。


「一緒に、学校、通ってほしいんだ」


「ああ、別にいいよ」


「……えっ、あっさり!?」


 びくんと飛び跳ねて驚くので、危うく落とすところだった。

 俺は笑顔で答える。


「実は俺も考えてたんだよ。今後働くにしても、せめて高卒資格くらいは欲しいしね」


 と言っても、あくまで俺はこの家の年長者だ。学生になっても、学生気分とはいかないだろう。


「まぁ、お店のことは安心して。流行ってないみたいだけど、俺がなんとかするからさ」 


 働き手として必要とされていなくても、アイデアを出すくらいのことはできる。

 そうだな、例えば、異世界の料理を再現したお店とかにしてみるのはどうだろう。

 こっちの飯と比べると大抵味が薄く食えたものではなかったけど、物珍しさから人が集まるかもしれない。


「え? うち、ここら辺りでは人気のあるお店だから、全然経営不振じゃないと思うよ。おじさんが寝てる間も結構忙しかったし」


「あ、そうなんだ……」


 響子、相手を傷つけない遠回しな断り方を覚えたんだ。本当に、大人になったなぁ。




 ⁂




「ふぅ、うまかった。ごちそうさま!」


 響子と薫ちゃんは先にご飯を済ませていたようで、俺は一足遅い夕食を一人で済ませた。


 久々の日本のご飯であることを差し引いても、最高に美味かった。確かにこれだけの腕があれば繁盛するだろう。


 じとっとした視線を響子に送るが、「ちょっと、今は血が繋がってないとはいえ、妹は妹なんだからね」と、自分の身体を両腕で覆い隠す。

 いやそんなつもりは……でも、本当、いい身体に育ったなぁ。


「あ、ていうかお兄ちゃん、魔王討伐帰りだからかしんないけど、ちょっと臭いよ。お風呂入っちゃってよ」


「お、そりゃ失礼。それじゃあ早速」


 異世界では、お風呂に入る文化すらないところが多い。

 各地に散らばった魔王軍の連中を討伐するため旅ばかりしていたから、自宅に作った風呂釜を使える機会もそう多くはなかった。


 俺はルンルン気分で風呂場までスキップして、思いっきりドアを開けた。

 人の気配すら感じ取れないほど、緩み切っていたのだ。


「あっ、おじさん、ごめん、鍵かけ忘れちゃって」


 目の前には、裸の薫ちゃんがいた。


「……こちらこそ、ごめんね」


 じっと動かない俺に、薫ちゃんは不思議そうな顔をする。


「えーっと、もしよかったら、一緒に入る?」


「いやぁ、それはちょっと、いや、まあ、いいのか?」


 別に、問題はないっちゃないのか。なんたって。


「えーっと、薫……くん? 男の子だったの?」

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