異世界で魔王を倒した俺、平穏を求め元の世界に帰ったら、地元がヤンキーだらけで治安最悪になってました〜ゴブリンより弱いくせに喧嘩っ早いやつらばかりなので、実力を隠すのも一苦労です〜

蓮池タロウ

第1話 異世界から地元に帰ったら、早速ヤンキーに絡まれました。


「ぐわああああああ!!! やられたああああああああ!!!」


 俺が渾身の一撃を放つと、魔王がこんな悲鳴をあげて、仰向けにばたりと倒れた。


「……へ?」


 魔王の紫の血が滴る剣先で、ツンツン魔王を突く。


 魔王はぴくりとも動かない。今度は剣でズサズサ刺してみるが、やはりぴくりとも動かなかった。


「え、死んだ?」


 異世界を暴力と憎しみに満たした魔王が、死んだ。


 なんというか、最終回で五ページしかもらえなかった打ち切り漫画みたいな終わり方だった。

 魔王こいつを殺すためだけにこの世界に転生した俺の十六年もの苦労まで、なんだかしょうもなく感じてしまう。ま、別にいいんだけどさ。


 俺はうーんとのびをして、こう呼びかけた。


「やーい、女神やい!」


「はいはーい!」


 すると、魔王城の柱の陰から、ひょこりと女神が顔を出す。

 相変わらず、露出狂と変態の狭間のような格好をしているな。


「これで、俺を異世界転生させた目的も果たせたでしょう。元の世界に帰らしてください」


 俺が魔王の死体を差しながらそう言うと、女神は、はてと首を傾げる。


「いいんですか? 魔王を倒した英雄なんだから、このまま残れば皆からわーきゃー言われますよ。承認欲求の塊のユーリさんにとっては最高の機会では?」


「十六年もチヤホヤされたらお腹いっぱいです。それに、ここ数十年戦いっぱなしですから、いい加減、平穏な生活を送るべきかと思いましてね」


「うーん、魔王が死んだんだから、こっちでも平穏な生活できると思いますけど?」


「いや、それはないです」


「というと?」


「魔王が死ねば、人類同士の戦争が始まりますから。いや、今現在もあるにはあるが、魔王という人類共通の敵を失いましたからね。より激しくなりますよ」


「ふむ、なるほどなるほど。まぁそういうこともあるかもですねー」


 うんうん、と頷く女神。軽いなぁ。この世界を平和にするために、俺を転生させたんじゃなかったっけ。


 しかし、下手に突っ込んで話が長くなっても嫌なので、俺は「それじゃあ、お願いしていいですか?」と女神を急かす。女神は頷くと、豊満な胸元に手を当て話し始めた。


「それじゃ、元の世界帰る前に聞いておいてほしいことを、軽く説明しますね。ユーリさんの前世、柏木悠人さんの身体は、トラック二台の衝突事故に挟まれこっぱ微塵ですので、元の身体には戻ることができません」


 全く問題ない、というか、そちらの方が都合がいい。若い身体を堪能した後に、おじさんの身体に戻るのは辛すぎるからな。


「で、時間の逆行も私程度の力じゃできないので、悠人さんが帰るのは、悠人さんが死んでから十六年後の日本になります」


「それが不思議なんですよね。俺をこっちの世界に転生させることはできたんですよね?」


「いや、そんなのはただ魂の横流しをしただけなので。転売ヤーみたいなものですよ」


「それ、俺以外にあまり言わない方がいいですよ。信仰する気なくすと思うので」


 ま、それも構わない。十六年も経てばハ○ターハン○ーも完結しているだろうし、むしろ楽しみですらある。


「説明の方ご理解いただけたのなら、キスを」


 そう言って、女神が俺に手を差し出すので、俺は跪き、その手の甲にキスをした。

 

 すると、世界がグルグル回り始める。

 そういえば、転生した時もこんなのだったな、と懐かしくなった。


 十六年、か。俺を捨てた両親はともかく、残して逝ってしまった妹は今どうしているかな。おばあちゃんは……流石に厳しいか。


 元の世界のどこあたりに出るのか聞きそびれたが、一旦地元に帰ってみるのがいいかもしれないな。


 俺が学生の頃なんかはヤンキー全盛期で治安も悪かったが、妹の中学入学祝いを渡しに行った時はこ綺麗になっていたし、俺の望む平穏な生活にはちょうどいいだろう。


 ああ、楽しみだ……。




 ⁂




「……おお」


 目を開ける前に感じたのは、異世界では嗅ぐことのなかった醤油の匂いだった。

 海外生活の長い人が久々に日本に帰ってきたらまず感じるのが醤油の匂いだなんていうが、あれは本当だったんだな。


 俺は、ドキドキ胸を高鳴らせながら、目を開ける。そして、懐かしさよりも先に、こういった感想を覚えた。


「うわ、随分とさびれたなぁ」


 俺が立っていたのは、俺の地元、豊塚区で一番大きい商店街、『豊塚商店街』。


 中には変わりない店もあったのですぐに気付けたが、いわゆるシャッター街に近くなった商店街は、悪い意味であの頃とは違っていた。


 俺の実家は、この商店街の一角にある食堂。

 遠方からわざわざ客が訪れる、かなりの人気店だったのだが、この様子じゃ、うちも潰れちまってる可能性があるなぁ。


「はてさて、これからどうしたもんか……えっ?」


 すると、ちょうど商店街に入ってくる人影が見えて、俺は思わず目を疑った。


(リ、リーゼント……!?)


 歩いてくる男の髪型は、ヤンキーの代名詞、リーゼントだった。


 学ランも上はかなりタイトなサイズ感に対し、下はダボダボ。いわゆるボンタンだ。持っている学生鞄は、コ○ド○ム一枚がギリギリおさまるくらい薄っぺらい。


(女神のやつ、実際はタイムスリップを使えたんじゃないか? いや、それじゃあ、この商店街の寂れようが説明できないな)


 俺が異世界でも早々ない衝撃に立ち尽くしていると、ヤンキーが俺に気がつく。

 奴は、この距離から、ギロリと俺を睨みつける。いわゆる『ガンを飛ばす』という奴だ。


 肩で風を切るオラオラ歩きでこちらにやってくるヤンキー。


 そして、俺の目の前にやってくると、その金髪リーゼントを俺のおでこに当てて、メンチを切ってきた。


「おい、テメェなんて格好してんだコラ!!」


 いや、君らに言われたくないと反論する前に、自分の格好が魔王討伐直後であることを思い出す。

 全身竜の鱗で作られた鎧に、聖剣エクスカリバーまで帯刀しているのだから、そう言われても仕方ない。


 しかし、こいつ……。


「ふふっ」


「あぁ!? テメェ何笑ってんだ!?」


「ああ、いや、すまないすまない」


 十六年間、異世界で魔王を打ち倒すためだけに生きてきた俺だから、一眼で分かる。


 彼、ゴブリンより弱いぞ。


 その上、本物のゴブリンなら、俺を見た途端すぐさま逃げ出すと言うのに、このヤンキーは喧嘩を売ってくるとはな。

 ゴブリンよりも弱者なのに、警戒心までゴブリン以下とは……笑っちゃ悪いとは思ってるんだけど、ククク。


「……テメェ、完全に舐めてんなコラ!? そのニヤケヅラ歪ませてやるよ!!」


 すると、金髪リーゼントが大きく振りかぶって、俺の腹目掛けてボディブローを放つ。


(すごい、止まって見えるぞ。ある意味高等技術だ)


 避ける理由も見当たらなかったので、そのまま受けることにした。


 ぼきり。


 結果、ヤンキーの手首は、のたうつ蛇のようにグニャリと折れ曲がった。


 あ、そういえば魔力による防護壁を解くのを忘れていたな。これは痛い。全治半年ってとこか。


「……うぎゃああああああああ!?!?!?」


 金髪リーゼントは、一瞬何が起こったかわからないと自分の手を見た後、痛みに絶叫しながら、地面に転がりのたうちまわり始める。


 ……ん? 待て待て、よく考えたらこれ、まずくないか?


 俺が知る限り、日本は法治国家だ。


 学生服を着ているということは彼は少年で、そんな彼の骨を折ったとなれば、暴行罪の中でも悪質だ。今の俺は身元不明だし、警察に捕まろうもんなら確実にニュースになるぞ。


 手錠をかけられた俺がパトカーに連れ込まれる映像が脳内に流れる。平穏とは程遠い光景に、ぶるりと身体が震えた。


 仕方ない。あまり使いたくないんだけどな。


 俺は、泣き叫び転がった結果、自慢のリーゼントが解けて、整髪料もあいまって顔面にべっとりとついてしまっている彼のもとにしゃがみ込む。


 そして、彼の手首を掴んだ。


「ぎゃあああああああ!?!? 痛い、痛い、痛いっ、お母さん助けてぇ……え?」


 金髪リーゼント崩れは、ぽかんと、自分の正常な形に戻った腕と、俺の顔を交互に眺める。


「テ、テ、テメェ、何をしやがった!?」


「え? 何もしていないけど?」


「ふっ、ふざけんなっ!? 折れた腕が勝手に治るわけねぇだろ!?」


「いやいや、折れたんじゃなくって、ちょっと捻ったくらいでしょ。そんな大袈裟に騒ぐことじゃないよ」


「そんなわけねぇ!! 確かに折れてたんだ!! テメェ、どんなトリックを使いやがった!?」


 ヤンキーがその折れていた腕で俺の胸ぐらを掴む。

 治したら治したで面倒なことになったな。まさか回復魔法を使ったとも言えないし、さて、どうしたものか。


「おい、あんたら何してんだい?」


 すると、後ろから声をかけられる。どこか懐かしいその声に振り返って、俺は思わずあっと悲鳴をあげた。


「響子……」


 俺の妹。


 俺が死んで転生した時、十六歳だったから、今は三十二。死んだ時の俺よりも年上だ。


 服もなんの飾り気もないスウェットにジーンズだが、それがあえてのおしゃれに見える程度にはスタイルもよく、化粧っけもないが、必要ないと断言できるくらい美人に育っていた。


 大きな買い物袋にパンパンに物が詰まっているので、きっとお店も続いてるんだろう。


「テメェババア!! 何口出してんだコラ!?!? とっととうせろや!!」


 金髪リーゼント崩れが響子に怒鳴りつけるが、響子は一切動揺を見せない。


「うせるのはあんただよ。何、ヒメちゃんに言いつけられたいの?」


「うっ……」


 するとヤンキーは途端に勢いをなくし、「テメェコラ、覚えとけよ!?」と、異世界でもなかなか聞けないような捨て台詞を俺に放ち、スタコラサッサと逃げ去っていったのだった。


 邪魔者はいなくなった。しかし、これからどうする? 


 今の俺は、端正な顔に銀髪碧眼と言う、前世の俺とはあまりに違う見た目だ。


 見た目が同じだったとして、幽霊扱いが関の山だと言うのに、どうやって俺が響子の兄、柏木悠人だとわかってもらう?


 俺が立ち尽くしていると、響子は不審げな目で、俺の顔から下をジロジロ見た。


「何、コスプレのイベントでもやってんの?」


「……響子、俺だよ、悠人だよ」


 つい漏れ出した言葉に、慌てて口を塞いだが、響子はより警戒心をあらわにする。


「何言ってんのあんた。ていうかなんで、お兄ちゃんの名前……」


 響子は、顔をあげ、じっと俺の顔を見つめる。

 鳶色の瞳が、こぼれ落ちんばかりに見開かれた。


「お兄、ちゃん……?」


「っっっ」


 俺は、じわりと浮かぶ涙を拭って、両手を広げて叫んだ。


「そう、そうだよ! お前のお兄ちゃんだ!!」


「お兄ちゃん!」


「響子!」


 響子は買い物袋を投げ捨て、俺の胸めがけて飛び込んでくる。

 ああ、転生なんて、兄妹の絆の前には大した障害にもならないんだな……。


「いたっ」


 と、竜の鱗が痛かったのか、すぐに離れてしまう。俺は「ああ、ちょっと待ってくれ!」と、慌てて鎧を脱いだ。


「ほら、おいで、響子!!」


 そして、再び両手を広げた時には、先ほどまでの潤んだ瞳はどこへやら、響子は仏頂面だ。


「ほら、早くうち行くよ。こんなとこ見られたらご近所さんに変な噂立てられちゃうし」


「え!? あ、はい……?」


 響子は買い物袋を拾い上げると、ツカツカと俺を置いて歩き出す。


 ……え、ちょっとあっさりすぎないか?


 遅れてやってきた涙がポロリと溢れると、一人盛り上がってる感じが恥ずかしくなってしまう。


 俺は涙を拭うと、竜の鱗の鎧をいそいそ拾い上げ、背中を丸めて響子を追いかけたのだった。





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【あとがき】


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