第32話 姫乃とイチャイチャ。
「悠人様、どうぞ後ろに乗ってください!」
姫乃は例のバイクで来ていたようで、フェックスの後部座席をポンポン叩く。
そして、俺の隣で、結局いつものセーラー服姿の薫くんを、ギロリと睨みつけた。
「テメェは歩いて行けよコラ!」
「言われなくても! そんなダッサイバイクになんて頼まれても乗らないから!」
「あぁ!? これは悠人様が乗ってたフェックスを完全再現したもんなんだぞ!? それをダセェって、お前センス腐ってんじゃねえのか!?」
「え、あ、そうなんだ……ごめん」
「あ、ううん、全然……姫乃、俺も歩いていくよ。それと、学校では悠人じゃなくてユーリって呼んでくれな。なるべく今まで通りの態度を頼むぞ」
「へ? な、なんでですか? せっかく悠人様と学校でもイチャイチャできるって、すごく楽しみにしてたのに!」
「いや、そんなことしちゃったら、姫乃のファンに目をつけられちゃうだろ?」
姫乃のファンは、姫乃が思っているより多い。
俺が姫乃の監視対象になってからと言うもの、同情よりも嫉妬の目線を向けられたことからも実感したことだ。
当然、男たちは皆、姫乃とワンチャンを狙っている。何せエルフの美貌にあの胸だ。姫乃に認められたくて、頑張ってヤンキーをやってる男たちもいるだろう。
ただ、そんな男たち以上に、姫乃に執着しているのは、数少ない豊塚女子たちだ。
それこそ彼女たちは、全員姫乃のガチ恋ファンと言える。
八十年代も、スケバン化する女子は大抵男の影響だったりしたものだが、圧倒的な強さで豊塚高校の番長に君臨している姫乃なんて、女の子からすればたまらない存在なのだろう。
彼女たちには俺の可愛さなんて通用しないだろうし、この関係がバレたら、袋叩きにされかねない。
そういった面倒に巻き込まれるのがごめんだと説明すると、姫乃は「わかりました……」と、不承不承頷いてくれた。
「そ、その代わり、家に帰ったら、いっぱいイチャイチャしてくれますか?」
おいおい、薫くんがいる前であんまりそんなこと言うなよ、と苦笑いしながらも、答えてやる。
「もちろん」
「……えへへ」
姫乃が爆音を立てて学校へ向かうのを見送ってから、俺も「それじゃあ行こうか」と薫くん
「ねぇ、なんでおじさんは学ランなわけ?」
「え? いや、だって薫くん、俺に女装して欲しくないんでしょ?」
俺は学ランの裾を掴んで尋ねる。すると、薫くんは顔を赤くして俺を怒鳴る。
「それはそうなんだけど! これじゃあまるで、僕が女装したがりみたいに見えるじゃん! おじさんに言われたから仕方なく女装してるのに!!」
「え、そ、そうだっけ?」
確かに残念だと意思表示はしたが、選んだのは薫くんだと思うけどな。
「そうだよ! おじさんが言ったんだからね! だからちゃんと、おじさんが女装させてるってこと言ったよね!」
それはちょっと学校内での立場がかなり心配になっちゃうくらい変態的だが、まぁ仕方ない。甥のためなら、そのくらいの汚名は被ろうではないか。
⁂
教室に入ると、まず、俺が学ランを着ていることに注目が集まった。しかし、そんなことはすぐに吹き飛んでしまう。
「ユーリ!!」
先に教室にいた姫乃が、満面の笑みで俺を迎え入れたのだ。
しん、と、教室が静まり返る。多分初めてみるだろう姫乃の笑顔に、「きゅぅ」と気絶する女子もいた。
「よく来てくれま……くれたな!! さぁ、オレの隣に座りやがれ!」
姫乃は俺の椅子を引いて、俺を手招きする。
俺はため息を必死に我慢して「ありがたいんだけど、ちょっとトイレ行ってくるね」と、荷物をおくと踵を返した。
「あ、それじゃあオレも!」
姫乃が俺についてきているのを確認して、トイレではなく屋上へと向かった。
そして、屋上に誰もいないことを確認すると、ニコニコ笑顔の姫乃に詰め寄る。
「姫乃、約束と話が全然違うじゃないか。いい加減あの爆音マフラーやめたほうがいい。耳がおかしくなってんだ」
俺がエルフの耳を引っ張ると、姫乃は涙目になる。
「ご、ごめんなさい、その、好きっていう気持ちが、どうしても抑えられなくって……」
「うっ」
そんな可愛らしいことを言われると、これ以上責められない。俺はふぅとため息をついてから、続けて言った。
「俺だって、姫乃とイチャイチャしたいけど、なんとか我慢してるんだ。姫乃も頑張ってくれよ」
すると、姫乃はあたりをキョロキョロ見渡し、魅惑の上目遣いを向ける。
「今、誰もいないから、我慢、しなくてもいいんじゃないですか?」
「……おいおい、家まで我慢するって約束はどうなったんだよ」
「この豊塚の番は私ですから、ここは私たちの家も同然です!」
「いやいや、んなこと……」
俺も学生時代は学校を私物化していたから否定しにくいな。
「しかし、声はどうするよ。こんな朝っぱらの学校でAVを大音量で流してる幽霊って、幽霊としてはもちろん人としても間違ってる気がするんだけど」
「あ、流石にそれは、その、しないつもりでした」
「あ、うん、だよな」
実はやる気満々だったことがバレてしまい、非常に恥ずかしい。
「その、代わりと言ってはなんですが、頭を、撫でてはいただけないでしょうか?」
「……はいはい」
それから俺は、チャイムがなるまで、姫乃の頭を撫でてやったのだった。
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