第29話 女としての喜び。


 しばらくの間、私は悠人様の胸で泣き続けた。そして、泣き止んでからも、抱きつくのをやめられなかった。私は言い訳をした。


「ご、ごめん、なさい。まだ身体に、力、入らなくって」


「ああ、いや、それはいいんだけど……一旦、プールから出ようか。ちょっとこのままはまずいし」


「そ、そうですよね! 私のような女にくっつかれたら、悠人様、嫌ですよね!」


「いやいや、嫌ってことはないし、むしろ嬉しいんだけどな。嬉しすぎて問題があるってことだよ」


「……あっ」


 私のお腹のあたりに、硬い感触があることに気が付く。


 これって……そうだ、お風呂の時も、こんな風になってた、よね。


 つまり、悠人様が、私のことを、女として見てるってこと……?


(……わ、わあああああああああああああああ!?!?!?)


 今までの人生で、感じたことのないような多幸感。


 悠人様に憧れて、悠人様と同じ格好をするようになってから特に、男たちから汚い視線を向けられることが増えた。


 その度不愉快で不愉快で仕方なく、女なんてやめてしまいたいと何度も思った。


 それなのに、悠人様から女として見られるのは……すごく、すごく嬉しい。


 悠人様になりたいと思って、悠人様と同じ格好をしてきたけど、結局スカートはやめられなかった。

 女であることを捨てられなかったのは、悠人様への恋心まで否定してしまう気がしたから。


 私は、力の入らない身体を奮い立たせ、一生このままでいるつもりで、思い切り抱きつく。


 悠人様と隙間がないくらいに密着すると、悠人様が甘い吐息を漏らす。

 そんな反応の一つ一つが、愛おしくて愛おしくて堪らない。


「悠人様のことが、好きです」


 気持ちが、つい、溢れ出る。


「待て待て、今の俺は若く見えるし、実際肉体的には若いんだけど、実際の年齢は四十六だぜ? おじさんもおじさんだからな」


「年齢差なんて関係ありません! もし、悠人様がご存命のままだったら、私はすぐに会いに行って、告白してたと思います」


「……俺の伝説とかを見て俺を好きになったのなら、今の俺には失望しかないと思うぞ。現に俺は、このヤンキー時代に、全く持って乗り気じゃないんだからな」


「それは…薫のせいですよね」


「いいや、俺の意思だ。お風呂に入った時言ったろ? 柏木悠人は、ヤンキーだった過去を後悔してるって。確かにヤンキー時代を終わらせたいって言い出したのは薫くんだけど、俺もそれに同意したんだよ」


「それならそれで、構いません」


 そんな言葉が、なんの抵抗もなくするりと出てきた。悠人様は苦笑する。


「いいのか? Sランクヤンキーがんなこと言って」


「いいんです。私はヤンキーが好きなんじゃなくって、ヤンキーの悠人様が好きなんです。悠人様が望むなら、私、どんなことだってします」


「……どんなことでも、ね。それが本当なら助かるな」


「本当です!」

 

「それじゃあ、このヤンキー時代を終わらせるために、薫くんの下についてくれる?」


「……え? 薫、ですか?」


 悠人様の下ではなくて、あんな悠人様の親戚って以外に取り柄のない男に?


「ああ、俺と同じようにね。俺は基本薫くんの命令だったらなんでも聞くから、君にもそれくらい求めることになると思うけど」


「め、命令だったらなんでも聞く!?」


 何それ、羨ましすぎるんですけど!?!? 


 ……私には全く理解できないが、悠人様がそこまで認める男なら、私も従うべきだ。第一、悠人様のお願い事を断る選択肢なんて、私にはないんだ。


 でも、悠人様と薫がそんなに深い関係であることに、嫉妬しないでいられるほど、従順ではいられない。


「その、一つ、わがままを聞いてくれるのなら、それでも構わないです」


「わがまま? どんな?」


 私は自分の身体を、蛇のようにぐねりと蠢かせる。


「あなたが、悠人様だと、心から確信しています……でも、それと同時に、やはり、そんなことがあるのかって、不安になる気持ちも、あるんです」


 そして、一度離れ、力の入らない指を使って、悠人様のセーラー服のジッパーを下ろす。前が開いて、細い、けど、筋肉質な悠人様の胸板が露わになる。


 ずっとドキドキさせられて、それが嫌で見ないようにしていたユーリの裸。今は、愛おしくて愛おしくて仕方ない。


 私は、再び自分の胸を悠人様に押し付ける。触れ合うと、悠人様の反応がさらによくなった。嫌いで嫌いでしかたなかった自分の胸が大好きになった。


「でも、こうやって触れ合えば触れ合うほど、不安が和らいでいくんです……だから、もっと、深く、深く、触れ合いたいんです」


「そうか。それじゃあ、もっとくっつくか?」


「抱いて、欲しいです」


 耐えきれずに、言葉にしてしまう。

 恥ずかしくて蒸発してしまいそうで、でもそんな羞恥心さえも、悠人様からもたらされたと思うと心地よかった。


「変なこと言って、ごめんなさい……でも、我慢できなくて、その、ずっと、我慢してたんです。この二週間、ずっと……」


 恥ずかしくて恥ずかしくて、涙が出てきてしまう。すると、悠人様が、「悪い悪い。言わせるべきじゃなかったな」と、人差し指で涙を拭ってくれる。


 そして、力強く私を抱き寄せ、耳元でこう囁く。


「俺もずっと我慢してたよ。お前を抱きたくて抱きたくてしかたなかった」


「ふぇぁっ」


 ピリピリと、全身に電流が走る。


 好きな男性に求められる。女として、これほどの幸せが、これからあるんだろか。


 すると、悠人様が私から離れる。そして、流れるように再び私をお姫様抱っこすると、綺麗な顔に似つかわない、獲物を狙うような目つきで私を見た。


「それじゃあ、保健室、行こうか」


「え? ほ、保健室、ですか?」


「ああ、悪いな。もう一分一秒の我慢も耐えられそうにないんだよ」


「……はい♡」


 わからないけど、もし超えるようなことがあれば、きっとそれもまた、悠人様のおかげなんだろう。

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