29. 娘の同級生はアイツに似ている?

 次の日のお昼休みの時間。

 琴乃ことのといつも通り一緒にお弁当を食べていた。


木幡こはた、これ食べない?」


 一人で黙々とお弁当を食べている木幡こはたに声をかけてみる。


「はぁ? 何で梅干?」

「いや、俺苦手でさ」

「私も苦手なの。勘弁して」


 ぷいっと木幡こはたにそっぽを向かれた。


 むむっ!

 アイツも梅干が苦手だった。


 似てる……。

 まことに不服ではあるが、木幡こはたがアイツにすごく似ているような気がしてきている。


「なんで心春こはるちゃんに先に聞くの!?」

「えっ?」

「私が食べる!」


 琴乃ことのが怒りの形相で、俺のお弁当から梅干を奪い取る!


「もぐもぐ! うぇ! しょっぱい!」

「そりゃそんな勢いよく食べれば……」

唯人ゆいと君が苦手なものは私が食べてあげるから!」

「は、はぁ……?」


 琴乃ことのが何故か意地になっている。

 子供に言うようなことを娘に言われてなんだか複雑だ。


「自分の苦手なものを人にやろうとするのって人間的にどうなのよ」

「じゃあ木幡こはたの好きな食べ物ってなんだよ」

「蕎麦と団子」

「えっ……」


 アイツと一緒だ……。

 好きな食べ物も嫌いな食べ物も同じなんて……。


「なーーんで心春こはるちゃんにそういうこと聞くの!? 私は聞かれたときない!」

琴乃ことのは甘い奴はなんでも好きでしょ」

「何で知ってるの!? そうだけど! そうだけど何か違う!」


 きょ、今日の琴乃ことのはすこぶる機嫌悪い。

 感情を隠すことなく怒っている。


「ちょっとカップル同士で喧嘩やめてよね」

「カップルじゃ――」


 ……じゃないと言おうとしたが、琴乃ことのが今にも泣きだしそうな顔をしてるので、途中でやめてしまった。


「ど、どうした琴乃ことの?」

「……」


 その日、琴乃ことのが俺と口を聞いてくれることはなかった。

 



※※※




「おはよう湯井ゆい君。どうしたの化け物みたいな顔してるよ」

「そう……?」


 木幡こはたが朝一で俺にそんなことを言ってきた。


 いつもなら琴乃ことのから鬼のようにメッセージが届くのに昨日はそれがなかった!


 いつもなら琴乃ことのが俺の家まで迎えに来るのに今日はそれがなかった!


 気が気でなくなってしまい、いつもよりも早く登校してしまった!


「どうせ琴乃ことのと喧嘩したんでしょ」

「それすらも分からないんだけど……」


 何故、琴乃ことのが突然そうなってしまったのか分からない。

 うぅ……思春期の娘に無視される親父ってこういう気持ちなのだろうか……。


「はっきりしないなぁ」

「分からないものは分からないから……」

「そういうときに、とりあえず謝っちゃえばいいっていうのは悪手だからやめたほうがいいわよ」


(とりあえず謝ればいいみたいな態度がムカつく!)


「……」


 いつの日かのアイツの言葉とダブる。


「喧嘩するほどってやつかなぁ。大体、あなたたちベタベタし過ぎなのよ」

「それは琴乃ことのに言ってくれ」

「自分も満更じゃないくせに」

「ぐぅうう……!」


 そ、そりゃ最愛の娘がそういう態度取ってくるれるんだから嫌じゃないさ!

 むしろ嬉しいくらいだ!


「そういう思わせぶりな態度、私の好きだった人に少し似てるわ~」

「……」


 俺は今まで木幡こはたの言う“好きな人”は、ずっと琴乃ことののことだと思っていた。


 ただ今の会話からだと、それが別の人物だということをなんとなく察することができる。


木幡こはたの好きな人って今何してるの?」


 ついそんなことを聞いてしまっていた。

 もう少し木幡こはたのことが知りたくなっていた。


「いきなり何?」

「なんとなく」

「ふーん?」


 木幡こはたが一瞬寂しそうな目つきになったのが分かった。


「向こうで幸せにやってるんじゃないかしら。じゃないとぶっ飛ばすわよって」

「向こう?」

「そう向こう」


 そう言って、木幡こはたは天に指を差していた。

 他にも聞きたいことがあったが、木幡こはたはそれ以上何も言ってくれなかった。

 



※※※




「おはよう」


 琴乃ことのがようやく登校した!

 いつもは余裕をもって登校する琴乃ことのだったが、今日は始業のギリギリの登校だった。


「こ、琴乃ことの! どうした? 大丈夫か?」

「……」


 返事がない。

 さすがにこんなあからさまに無視されるとお父さんショックなんだけど!


琴乃ことの?」

「うぅー」

「どうした具合悪いのか? それとも他に何かあったのか!?」

唯人ゆいと君の鈍感!!」

「えっ?」

唯人ゆいと君が心春こはるちゃん話すの嫌なの!」

「な、なんで!?」

心春こはるちゃんに唯人ゆいと君が取られそうな気がする!!」


「はぁあああああ!?」


 この言葉に一番大きな反応をしたのが木幡こはただった!


「な、なんで私が湯井ゆい君を取るとかって話になるのよ! そんなことないって前にも言ったでしょ!」

「女の勘!」

「そんなアテにならないものに頼って!」

「勘ったら勘! 二人とも波長があっているような気がする!」

「そ、そう見えるの?」


 木幡こはたが俺の方をちらっと見る。


「はぁあああああああ!?」


 木幡こはたがめちゃくちゃな奇声をあげていた。


 めちゃくちゃ失礼だなこいつ!

 年相応な男子高校生だったらショック受けるやつだからなそれ!


「じゃあ唯人ゆいと君は心春こはるちゃんのこと好きにならないって約束してくれるの!?」

「する」

「私のことが一番だって約束してくれるの?」

「する」

「えへへへ~」


 琴乃ことのがいつものとろけた表情に戻った。

 こ、琴乃ことのって絶対に怒りが長続きしないタイプだよなぁ……。


心春こはるちゃんも約束してくれる!?」

「するから。大丈夫だから」

「好きにならないって言ってくれる?」

「もう何度言えばいいのよ……」

「心配なんだもん」

「私には好きな人がいるから大丈夫だって」


 その言葉を聞いて、琴乃ことのがすこぶるほっとした表情を見せた。


「ちなみに心春こはるちゃんの好きな人ってどこにいるの?」

「天国。だから私は大丈夫だって」

「あっ……。ご、ごめん」


 あっちゃー、琴乃ことのが地雷を踏んでしまった。


 木幡こはたの言葉に、琴乃ことのが申し訳なさそうに目を伏せてしまった。


(天国……?)


 このとき、脳裏にある言葉がよぎってしまった。



(おばあちゃんがよく言うんだ。他の人に起きたことは自分にも起きるかもしれないって)



 琴乃ことのは前にこんなことを言っていた。


(まさかな……)


 俺はこの日から、大きな懸念を木幡こはた心春こはるいだくことになった。

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