5.  娘とデートの約束!

 軽率な発言は気を付けよう。


 言葉は慎重に選ぼう。


 よく考えたら、すっぽりと自分が同級生の部分が抜けていて、随分琴乃ことのに余計なことを言っていた気がする。


湯井ゆいくん。はい、あーん!」

「はい、あーん! じゃなくて!!」


 お昼休み、琴乃ことのは俺と一緒にご飯を食べるようになってしまった。

 琴乃ことのは俺の前の席なので、ぐるっとイスを回すだけでその場が出来上がってしまう。


「もー、湯井ゆいくん。左手が悪いんだから素直に言う事聞けばいいのに」

「なんで右利きの俺がそんなに心配されなきゃあかんのか」

「えへへへ。右利きなのもお父さんとそっくり」

「大した共通点じゃねーよ!」


 何かあればお父さんと似てる! お父さんと似てる!

 そんなの同じどころか中身が一緒なんだから当然だ!


「隙あり!」



パクッ!



「ぶふっ、そんふぁいきなふぃ」


 話していたら、琴乃ことのが俺の口にお弁当のおかずを突っ込んできた。


「おばあちゃんの煮物おいしいでしょ?」

「ごふっごふっ!」


 急に口に入れてきたのでむせってしまった。


「どう?」

「そりゃ旨いけどさ!」


 昔懐かしのオフクロの味だった。

 あまりの懐かしさに、涙が込みあがってきてしまう。


「ほ、ほらー! もう湯井ゆいくんと古藤ことうさんのあれはもう付き合ってるでしょ!」


 クラスメイトから、とても大きなひそひそ声が聞こえてきた!

 別の意味でも涙が込みあがってきた。


「えへへへ。何だか噂されてるね」

「何で嬉しそうなんだよ」

「だって~」


 あの日から琴乃ことのはずっとこの調子だ!

 どう見ても、湯井ゆい唯人ゆいとに恋をしてしまっている。


 ――諸君らは、最愛の娘が恋に溺れていくのを見せられる親の気持ちを考えたときはあるだろうか? 大切な家族のこういう姿を直視することができるだろうか?


 天にそんな問いかけをしてみる。


「ねぇ、湯井ゆいくん! 今日一緒に帰らない?」

「いいけど……」

「えへへへ! やったー!」


 断る理由もないのでつい承諾してしまったが、俺はこの状況をどうするかに非常に頭を悩ませていた。




※※※




「ねぇねぇ、昨日言ったデートの話だけど行くってことでいいよね?」

「うん」


 ぐ、ぐぬぬぬ!

 何故だ! 何故ノーと言えない!

 年頃の娘に父親が弱いというのは本当のことだったのか!


「やった! じゃあ湯井ゆいくんはどこか行きたいところある?」

古藤ことうさんの行きたいところでいいよ」

「昨日のあのときみたいに琴乃ことのって呼んでほしいな」


 しかも、まさか実の娘に言い寄られることになるなんて……。

 というか距離の詰め方がおかしいだろ!


 誰だ! この子をこんな風に育てた親は!


 あっ、うちのオフクロだったわ……。


「じゃあね! じゃあね! 私、見たい映画があるんだけどそれ行かない!?」

「何の映画?」

「ギャラクシーメガファイトスーパー!」


 説明しよう。ギャラクシーメガファイトスーパーとは、少年漫画原作の国民的超人気バトルアニメである。


 前世の俺はこの作品の大ファンだった。赤ちゃんだった琴乃ことのに、この作品のコスチュームを着せていたくらいだ。


 ちなみに妻からは凄く嫌な顔をされた。


「お、俺はいいけど古藤ことうさんはそんなのが見たいの?」


 断言できる。俺は間違いなく楽しめる。

 だが、女子高生の琴乃ことのが楽しめるかは疑問である。


「なんで? 私、ギャラクシーメガファイト好きだよ?」

「そ、そう……」


 琴乃ことのの頭の上には大きなクエスチョンマークが浮かんでいる。


 それでいいのか娘よ。

 デートなら普通は恋愛映画とかじゃないのか。

 

 いや、待てよ……?

 親子で見に行くのだから逆にこの映画のチョイスは正しいのかもしれない!

 

「それよりも湯井ゆいくん!」

「な、なんだよ」

「こ・と・の! 琴乃ことのって呼んでって言ったでしょ」


 琴乃ことのが細い眉毛をキリっと上にして、俺にそう詰め寄ってきた。


琴乃ことの……」

「えへへへ。なーに唯人ゆいと君?」


 ついに娘に名前で呼ばれてしまった!

 色々なところがムズかゆくなる。


「えへへへ」

「何だよ、変な笑い方して」

唯人ゆいと君に名前で呼んでもらえるの嬉しいなぁって。琴乃ことのって呼び方、お父さんにそっくりなんだもん」

「ファザコンめ」


 古藤ことう琴乃ことのとして、精一杯にそんなことを言ってみる。微妙に自虐になっているような気もする。


「そう? ありがとう!」

「褒めてない、全然褒めてない!」


 なんでその反応が返ってくるねん!


 どうやらうちの娘は少しばかり人と違う感性に育ってしまったみたいだ!


 誰だ! この子を育てた親は!


 あっ、うちのオフクロだったわ……。


「……ところで唯人ゆいとくん」

「なんだよ」

「昨日みたいにギューしたい」

「ダメに決まってるだろ!」

「えー、じゃあ少しだけ唯人ゆいとくんの匂い嗅がせてほしい……」

「はぁあああ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまった!


 ダメだ! ダメだ!

 この子は相当、世間とズレてしまっている!

 こんな子が他の男と付き合うことになったら大変なことになってしまう!


 琴乃ことのがもっと常識を覚えるまで、他の男と付き合わせるわけにはいかない。


 ぐいぐいくる琴乃ことのを前世の父として攻略するわけにはいかないし、他の男に攻略させるわけにもいかない。


「そんなのいいって言うわけないだろ!!」

「ちぇー」


 ご不満顔のうちの愛娘。


「それ絶ッッッ対に俺以外の誰にも言うなよ」

唯人ゆいと君以外に言うわけないじゃん!」


 な、何故かうちの琴乃ことのちゃんが威張ってらっしゃる……。


「えへへへ。けど今度のデート楽しみだなぁ。私、男の人とデート行くのって初めてなんだ」

「そ、そうなんだ」


 琴乃ことののその言葉に心の底からほっとしてしまった。


「えへへ、死んだお母さんの服を着てこうかなぁ」


 む、娘よ……それは普通のデートだったら大分重いからな……。

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