43. どっちも幸せにしてあげる!

 その後は色々あった。


 オフクロが足を引きずりながら、琴乃ことののことを探してくれたこと。


 美鈴みすずは、琴乃ことのを探すために兄に自分の正体を告げたこと。

 琴乃ことのを探すために無理矢理クルマを出させたらしい。


「君が本当に康太こうた君なの!?」

「一応、そうみたいです」

「二人ともなんでもっと早く……」


 兄さんはその場で泣き崩れてしまった……。


 俺たちは自分が思っているよりもずっと色んな人に影響を与えていたらしい……。


 普段通りにふるまうにはもう少し時間がかかると思うけど、きっとそれは時間が解決してくれると思う。


 俺はこれから湯井ゆい唯人ゆいととしての時間が、美鈴みすずには木幡こはた心春こはるとしての時間が沢山あるのだから。



 ――そして、それから半月ほどが経過した。




※※※




唯人ゆいとくーん! 明日から夏休みだよ! 沢山デートに行こうね!」

「う、うん」


 一学期の終業式が終わり放課後になると、すぐに琴乃ことのが俺のところにやってきた。


「えへへへ、唯人ゆいと君大好き!」

「うん、俺も大好きだけど……」


 変 わ っ て な い。


 あれほどのことがあったのに琴乃ことのの態度は何も変わっていない!


「……べたべたし過ぎじゃない?」

心春こはるちゃんもくっつきたいならくっつけばいいのに」

「私は恥ずかしいからできないの!」

 

 木幡こはたが盛大に墓穴を掘っている。


 言われている俺もかなり恥ずかしい。


 クラスメイトたちは、俺たちのやり取りにもう慣れ始めていて、最近視線をあまり感じなくなった。


 “あっ、また湯井ゆい古藤ことうか”

 なんて言葉が聞こえてくるくらいだ。


「じゃあ、唯人ゆいと君は私が取っちゃうからね!」

「なんでそうなるのよ!」

「子供の頃からライバルだって言ってたじゃんかー」


 琴乃ことのがぐいっと俺の腕を引っ張る。


「何度言えば分かるのよ……。湯井ゆい君はお父さんだって……」

「えへへへ、二度お得~」

「え?」

唯人ゆいと君も心春こはるちゃんも、今度は私が幸せにしてあげるからね!」


 うぅ、娘にそんなこと言われると、涙腺にきてしまうものがあるなぁ……。


 琴乃ことのはどうやらまた一つ成長したようだ。

 成長する方向が少し間違っているような気がするけどな!


湯井ゆい君は湯井ゆい君だもんね!」

「うん?」

「私、どっちも大好きだから!」

琴乃ことの……」


 琴乃ことのは可愛いなぁ。

 こんな琴乃ことのを誰かに攻略されるかもしれなんて今は考えたくもない。


「どっちってどっちの話よ!」


 あっ、木幡こはたがまた怒っている。

 怒っているからこっちは可愛くないなぁ……。


「えへへへ! 二人ともだよっ!」


 琴乃ことの木幡こはたの手も引っ張った。




※※※




「はぁ……」

「なんだよ、ため息つくと幸せが逃げるぞ」


 夜道を木幡こはたと二人並んで歩く。

 

琴乃ことののことどうするつもりよ」

「まだ言うのそれ」

「そりゃ言いたくもなるでしょう」


 最近は、琴乃ことのの家に家族で夜遅くまでいることが多くなった

 俺たちはこうして二人で帰るのが、半分日課になっていた。


「私の琴乃ことのが! 私の琴乃ことのがあんたなんかに!」

「振り出しに戻ってるぞ……」


 木幡こはたが体を震わせて、そんなことを言っている。


「……俺も、お前も今の人生に目を向けないといけないだろう」

「え?」

琴乃ことのはそう言ってくれたんだよ、きっと」


 湯井ゆい唯人ゆいととして、木幡こはた心春こはるとしても、俺たちは生きていかなければならない。


 優しい琴乃ことのは、そんな俺たちを幸せにしたいと言ってくれたんだと思う。


「……じゃあ、今までの私の気持ちはどうなるのよ」

「今までの?」

康太こうたのことを好きだった私を忘れろって言うの?」

「……」


 木幡こはた……美鈴みすずの目元には涙がたまってしまっていた。


「はぁ……」

「あ」


 俺は木幡こはたの体を引き寄せて抱きしめた。


「どっちって選ばなくていいじゃん」

「どういうこと?」

「二回も人生やってるんだからどっちも選べばいいじゃん」

「欲深……」


 美鈴みすずが俺の背中に手を回してきた。


「少し痩せたか?」

「違う体だもん」

「そっか……」


 ……古藤ことう美鈴みすずは、しばらく俺の胸の中でじっとしていた。


 どっちの人生も精一杯生きよう。


 ずっと、前世のことばかりを考えていたけど今を頑張っていきよう。


 この子たちとの未来を真剣に考えよう。


 俺は、胸にそのことを深く誓った。




※※※




ピンポーン



唯人ゆいとくーん! 朝だよー!」


 朝一で玄関の呼び鈴が鳴る。

 玄関からは琴乃ことのの声が聞こえてくる。


「早くない?」


 目を擦りながら、急いで玄関に向かう。


「えへへへ、待ちきれなくなっちゃって!」

「な、夏休みなんだから、もうちょっと寝かせてくれても」

「いいじゃん、少しくらい! あっ、私も一緒に寝ようか?」


 琴乃ことのが俺の胸に抱きついてきた。


「くんくん、唯人ゆいと君の匂いも好きになれそう!」

「に、匂いを判別できるの!?」


 琴乃ことのが俺の胸に顔をスリスリしている。


「あ、あんたたちは……」


 開けっ放しの玄関から、また聞き慣れた声が聞こえてきた……。


「……お前も来るの早くない?」

琴乃ことのが来る前に朝ごはんを作って待ってようと思ってたのに!」


 木幡こはたは腕にビニール袋を抱えていた。


「嘘だ! 心春こはるちゃんは抜け駆けするつもりだったんだ!」

「ぬ、抜け駆けって……」

康太こうたお父さんは美鈴みすずお母さんを選んだかもしれないけど、唯人ゆいと君は心春こはるちゃんを選ぶとは限らないもんね!」

「はぁああああ!?」


 あ、頭が痛くなってきた。

 こういう変なところで前向きなのは母親にそっくりだ。


 ……でも、今ある状況に感謝しないとな。


琴乃ことのにお父さんを攻略させるわけにいかないんだから!」

仕方ないもんね~」

「だ、誰がですって!」


 こうして、また二人の親子喧嘩が見られるのだから。

 家族とこうしてまた笑っていられるのだから。


 ドタバタした日はまだまだ続きそうだけど、俺はとても幸せ者だ。


「えへへへ、お父さんの匂いがするぅ~」

「だから勝手に匂いを嗅ぐな!」

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