19. お前のお母さんは――

「じゃあ心春こはるちゃん! もう帰っていいよ!」

「え゛ぇえ!?」


 琴乃ことのにそう言われて、木幡こはたからとんでもない声が出た。


 めちゃくちゃ寂しそうな顔を浮かべている。


琴乃ことの、それはちょっと――」


 あまりにもむごすぎる。


 好きだの、好きじゃないだの、実に女子高生らしい会話が続いていて、中々あいだに入ることができなかったが、つい口出しをしてしまった。


 だって、好きな人に“早く帰れ”なんて言われたらショックだよ!


 同性とはいえ、木幡こはた心春こはる琴乃ことのに恋しているかもしれないのに!


「ほら、木幡こはたも折角うちの手伝いに来てくれたんだからさ。このまま帰すのも悪いだろ」

「あなたの手伝いに来たわけじゃないわ」


 木幡こはたが余計なツッコミをしてくる。

 今、お前のフォローをしてやってるんだから茶々を入れてくるな!


心春こはるちゃんは唯人ゆいと君のことを好きじゃないんだよね? じゃあ何で心春こはるちゃんは唯人ゆいと君の家に来たの?」

「そ、それは……」


 お前のことが好きだからだよ。言わせんな。


 木幡こはた琴乃ことのに詰め寄られ、困った表情をしている。


 同性の恋愛って難しいよなぁ……。

 木幡こはたが少し可哀想になってきた。


「今、お茶とお菓子でも出すから二人はちょっと休んでよ」


 そう言って、俺は二人が綺麗にしてくれたキッチンに向かった。




※※※




「二人ともお茶でいい?」

「うんっ!」


 俺の部屋から琴乃ことのの元気な声が聞こえてくる。


「お茶っ葉、お茶っ葉は……」

「わざわざ、お茶っ葉で入れなくていいわよ。そこにあるティーパックでいいから」


 木幡こはたが俺の手伝いにやってきた。


 テキパキとコップとお菓子を用意をしていく。


 いや、別にいいんだけどさ……一応、ここ俺の家なんだけど……。

 そういう遠慮のなさが誰かに似ているような気がする。


(そ、そうだっ!)


 この遠慮のなさはオフクロに似ている気がする。


 人の家でずけずけとこういうことができるのは、オバハンと相場が決まっている!


「今、失礼なことを考えていたでしょ」

「ぐっ」


 若いのに鋭い! 思っていたことをズバリ見抜かれてしまった。


「ところで、あなたにはお礼を言わなきゃっと思ってたの」

「お礼?」

琴乃ことののことそんなになるまで守ってくれたんでしょ」


 木幡こはたが俺の左手に巻かれた包帯を見ていた。


琴乃ことののためにありがとうね。その包帯はいつ取れそうなの?」

「い、いや当然のことをしただけだし……。ゴールディンウィーク明けには取れると思うよ」

「そう。良かった」

「なんで木幡こはたにお礼を言われるんだか……」


 家事が手慣れた様子だからだろうか。


 この前のドタバタとはうって変わり、今日のこの子からはすごく大人びた印象を受ける。


「お礼を言っとくけど、琴乃ことののことを泣かせたら絶対に許さないんだからね」


 木幡こはたから異様なプレッシャーを感じる。


 なんなんだ今日のこいつは!?

 ファミレスの前でピーピー泣いていた女とは思えん!


「大丈夫だよ。前にも言ったけど、俺にとって琴乃ことのが一番大切な人だから」

「ふーん。男って簡単にそういうことを言えるからなぁ」


 高校一年生の女子が随分ませたことを言ってらっしゃる。


「っていうかさ、ちょっと気になってたんだけど何であの日あそこにいたのさ?」


 話題を変えてみる。

 少しだけ気になっていた疑問を率直に木幡こはたに聞いてみた。


「あそこ?」

「ほら、ホテルの前で――」


 木幡こはたの顔が一瞬で耳まで赤くなった!


「あ、あれは! ただ思い出巡りをしてただけっていうか!」

「思い出巡り? ホテルの前で?」

「うぅーーー!」


 や、やっぱりヤバいやつだった……。


 同性愛者の木幡こはたがホテルの前で思い出巡り?


 その年齢で?


 良くない想像が色々と膨らんでしまう。


琴乃ことのに悪影響になることは絶対にやめろよ!」

「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!」


 心配になり、木幡こはたにそう声をかけると、それに反発するかのように大きな声が返ってきた。



「じーーーーーーーーー」



 せ、背中に熱い眼差しを感じる……。

 琴乃ことのが扉のすき間から、俺たちのことをまじまじと見つめていた。




※※※




「なんで心春こはるちゃんは唯人ゆいと君と二人きりになろうとするの?」

「してないしてない!」


 木幡こはた琴乃ことのの尋問を受けていた。


「私が唯人ゆいと君と一緒にいると邪魔してくるじゃん。さっきも仲良さそうにしてたし」

「違う! 本当に違うの!」


 そうなんだよ、違うんだよ琴乃ことの


 木幡こはたはただお前と一緒にいたいだけなんだよ。


 琴乃ことのはすごく可愛いからこれからこういう恋愛が増えるかもしれない。


 俺は、自分のことを好きになってくれた人にはなるべく誠実に答えてあげるべきだと思っている……!


 琴乃ことのは多分、まだそのあたりのことがよく分かっていない。


 ならば……。


 ならば俺ができることは……。



 琴乃ことのが、ちゃんと木幡こはたを振ることができるようにサポートしてやらなければ!!



琴乃ことの木幡こはたの気持ちも少しは汲んでやらないと」

「だ、だって……!」

木幡こはたさんだって琴乃ことののことを大切に思っているんだよ。それは嬉しいことなんじゃないかな」

「うっ」


 琴乃ことのが困った顔を浮かべている。


「ごめんね心春こはるちゃん……。唯人ゆいと君が取られそうだと思うとどうしても心配になっちゃうの」

「さっきも言ったけど大丈夫だから。湯井ゆい君は私の趣味じゃないから安心して」


 とても、とーっても! 余計な一言があった気がするが聞かなかったことにしてやろう!


「本当に本当?」

「だから本当だってば。だって私には好きな人がいるもの」


 !!??


 で、でたな! 匂わせ発言!

 聞いているこっちがハラハラしてきてしまう。


「それ唯人ゆいと君じゃない? 大丈夫?」

「大丈夫、湯井ゆいくんのことは絶対に好きにならないから」

「約束だからね。嘘ついたら針千本だからね」

「うん、約束する。破ったら針千本でも針万本でも飲むから」


 とりあえず今の会話で二人とも納得したようだ。

 ふぅ、場が収まって今日はめでたしめでたし。


「じゃあ、私は帰るから琴乃ことのも遅くならないようにね。家に着いたら連絡してね」

「うん」


 同級生に言う言葉かそれは? 過保護というかなんというか。


 形は違えど、木幡こはたはそんなに琴乃ことののことを心配してくれているのか。


「ごめんな。つらい思いをさせて」


 俺はつい木幡こはたにそんな言葉をかけてしまっていた。


「えっ? 気遣ってくれてるの?」

「一応」

「ふふっ。そういうところは私が好きだった人に少し似ているかも」


 好きだった?

 何のことだかさっぱり分からないが、随分変な言い方をするなぁ……。


「それを言うなら、お前も俺の好きだった人に話し方が似ているよ」

「はぁああああ!? それってどういうこと!?」


 あぁああああ。

 気が緩んで余計なことを言ってしまった。




※※※




琴乃ことの木幡こはたにはちょっときつくない? 嫌いなの?」


 二人きりになった室内で俺は琴乃ことのにそんなことを聞いてみた。


「別にそんなことはないよ? 本当に仲は良いんだけど……」

「良いんだけど?」

「何かね。私がやることなすことに色々言ってくるから、ちょっと困っちゃうときがあるの。まるでお母さんみたい」


 はぁああああ!?

 あいつがお母さん? あいつが琴乃ことのの母親っぽい!?


 お前の母親はな! もっと可愛くて、賢くて、可愛くて、美人で、おしとやかで、可愛かったんだぞ! 


 それをあんな変人と一緒にしないでほしい!


「そ、それは大変だね……」


 とは、思っても娘の友達の悪口を言うことはできないので、そんなありきたりな言葉を言ってしまった……。


「ねぇねぇ、ところで唯人ゆいと君」

「ん?」

「お土産でお布団を持って帰ってもいい?」

「ダメに決まってるだろ!」

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