20. 娘vs娘の友達

 ゴールデンウィークが明けて、いつもの学校生活がスタートした。


「えー。それでは五月の中旬には中間テストがあるので皆さん気を抜かないように――」


 担任のキタハラがホームルームの時間にそんなことを告げる。


 そう! 学生の最大の敵、定期テストが間近に迫っていた!


 高校生活二周目の俺は当然そんなの余裕……ではない!


 高校の勉強って難しいんだよなぁ。

 数学なんてさっぱりだ。


 学校の勉強は社会に出るとあまり役に立たなくなるのを知っているので、尚更勉強に身が入らない。


 だが――。


唯人ゆいと君、今日から一緒に勉強しよっ!」


 琴乃ことのが俺のことを勉強に誘ってきてしまった。

 正直やりたくないし、気が進まない。


「分かった。一緒にやろう!」


 しかし、娘が頑張ろうとしているものを、俺がサボるわけにはいかないのだ! 


 俺がお手本になれるよう、一生懸命に頑張らなければ……!


「じーーー」


 そんな気合を自分に入れていたら、近くの席から熱い視線を感じる……。


「じーーー」


 コハタコハルが なかまに なりたそうにこちらをみている!


「じゃあ行こう唯人ゆいと君! 今日は図書館で勉強しよっ!」


 しかし コトノは それをむしした!


 余りにも無慈悲。


 琴乃ことのの目には、木幡こはたのことが写っていなかった。

 少しだけ我が娘に天然たらしの才能を感じてしまう。


「こ、木幡こはたさんも一緒に勉強する?」


 熱視線に負けて、俺は木幡こはたに声をかけてしまった……。


 木幡こはたが嬉しそうに、コクンコクンと首を縦に振っている。

 どこかの民芸品にあんなのあったな。


「むー。何で唯人ゆいと君が心春こはるちゃんのことを誘うの」


 琴乃ことのが眉をひそめている。

 

「ほ、ほら。木幡こはたさんって頭良さそうだし」

「今回のテストが初めてだよね。誰の頭が良いとかは分からなくない?」


 た、確かに琴乃ことのの言う通りだ……。

 

 木幡こはた琴乃ことのにそう言われて、しゅんと落ち込んでしまっている。


 この真偽は本人に聞いてみるしかない!


木幡こはたさんって勉強できるの?」

「ま、任せて! 昔は成績良かったんだから!」


 今の話聞いてんだよ! 今の!

 その歳で昔とか言ったら小学校とかの話になるだろ!


「じゃあ俺たちに勉強教えてくれない?」

「いいの!? 任せて!」


 木幡こはたが声を弾ませる。


「むむむー」


 一方、琴乃ことのは不満気に俺のことを見つめていた。




※※※




 校舎の二階にある図書館にやってきた。

 三人でその図書館の中央テーブルに腰をおろした。


心春こはるちゃんは私の隣ね。唯人ゆいと君の隣は絶対ダメだから」

「わ、私の隣に来てくれるの!? ありがとうことちゃん!」


 何故か木幡こはたがお礼を言ってしまっている……。

 しかも涙ぐんでいる。


 あまりにも木幡こはたが必死だったのでつい助け舟を出してしまったが、本当にこれで良かったのだろうか?


 木幡こはたに変な火をつけたりしないだろうか心配になってくる……。


木幡こはたさんって頭良いんだよね?」

「うん! 任せて!」


 俺の質問に、木幡こはたが自信たっぷりにそう答えた。


「じゃあここを教えてほしいんだけど……」

「そこ? そこはね!」


 数学の教科書を取り出し、木幡こはたに教えてもらうことにした。


「ちょっと待ってね。そこはね。うーんとね」

「……」


 す、すぐさま不穏が空気が流れる。


「すぐにできるからもうちょっと待っててね」


 木幡こはたが鬼の形相で、ノートに何かを書いて計算している。


「もうちょっと! もうちょっとで解けそうだから……!」



カキカキカキカキ



「あと少し! あと少しだから!」

「……」


 ぜ、絶対にあかんやつだ。

 なんだったんだこいつのさっきの自信は。


「なんで心春こはるちゃんに先に聞くの! もっと私のことを見て!」


 痛いっ!

 無理矢理、琴乃ことののほうに顔を捻じ曲げられた。


「じゃ、じゃあ琴乃ことのにはここを教えてほしいんだけど」


 今度は琴乃ことのに教えてほしい問題を聞いてみる。


「うん! そこはね。うーんとね、ちょっと待っててね!」

「……」


 再び流れる不穏な空気……。


「も、もうちょっとで解けそうなんだけどなぁ……」


 琴乃ことのも必死にノートに何かを書き殴っている。


「……」


 俺、知ってる。

 これ二人ともダメなやつだわ。


湯井ゆい君ちょっと待ってね。もう少しで分かりそうだから!」

心春こはるちゃんは絶対に分かってないでしょ! 私の方が先に解いて唯人ゆいと君に教えるんだから!」




(「あなた待っててね。今、琴乃ことのと二人で父の日のプレゼントに絵を描いてるところだから」)

(「お母さんは邪魔しないでよ! 琴乃ことのが一番最初にお父さんにプレゼントするんだから!」)




 ――あれ? 

 二人の張り合っている姿を見ていたら、ふとそんな昔の光景が脳裏をよぎってしまった。


 そう言えば来月はもう父の日か……。


「もーー! 分かんない! 湯井ゆい君、ちょっと教えてよ!」

「ごめん唯人ゆいと君……。分からないから私にも教えてくれない……?」


 馬鹿が二人も揃いやがって!! 



 俺 も 分 か ら な い ん だ よ !




※※※




木幡こはたってマジでさぁ……」

「な、なによ! いきなり呼び捨てにするわけ」

「もういいじゃん。馬鹿なんだから」

「ぐっ……」


 俺の言葉に木幡こはたがすごく悔しそうな表情をしている。


「そのていたらくで、よくあんな自信まんまんな顔ができたよなぁ!」

「む、昔はもうちょっとできたの! こんなの社会に出たら役に立たないんだから!」


 お前、社会に出たことないだろう!?


 ダサい。あまりにもダサすぎる。

 

 小学校の頃に百点取ったのを、大人になってからずっと自慢しているようなものだ……。


「……」


 木幡こはたとそんなやり取りをしていたら、琴乃ことのが真面目な表情で俺たちのことを見つめていた。


「どうした琴乃ことの? 難しい顔をして」

「多分、唯人ゆいと君と心春こはるちゃんって仲良くなれそうな気がする」


「「ないない」」


 琴乃ことのが変なことを言うから、木幡こはたと声がダブってしまった。


「むぅ」


 その様子を見て、琴乃ことのが目が更に険しくなった。


「――ほしい」

「ん?」

「ご褒美がほしい!」

「ご褒美?」

「今度のテストで私が心春こはるちゃんに勝ったらご褒美がほしい!」


 琴乃ことのが、木幡こはたにバチバチと対抗心を燃やしていた。

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