21. 娘の友達はぐいぐいを阻止したい 

「ご褒美ぃいい!?」


 何故か木幡こはたが席から立ち上がる。


「正気なの琴乃ことの? ご褒美なら私があげるから! そんなの湯井ゆい君にお願いをしなくていいから!」

心春こはるちゃんからはいらない。唯人ゆいと君から欲しいの」

「うぅー……」


 哀れ木幡こはた琴乃ことのに胴体から真っ二つにされる。


「ご褒美って何が欲しいの?」


 今にも泣き出しそうな木幡こはたを横目に、琴乃ことのにそのことを聞いてみる。


「私、欲しいのがいっぱいあるの」

「例えば?」

唯人ゆいと君のYシャツが欲しい!」


 思ったよりも全然可愛くないやつだった。

 お前それ絶対にクンクン用のYシャツだろ。


「わ、Yシャツぅううう!?」


 木幡こはたが目ん玉が飛び出しそうなくらいに驚いていた!

 いちいちうるせぇなぁこいつ。


「ど、どうしてそんなのが欲しいの!? 欲しいなら私と一緒に買いに行こ?」

「行かない。心春こはるちゃんはちょっと黙ってて」


 木幡こはた、今度は脳天から真っ二つにされる。


琴乃ことのが頑張れるならそれでいいけど……」

「はぁーー!? あんた人のむす――」


 ん? 木幡こはたが何かを言いかけた。


「むす?」

「あ、あははは、今日はすなぁって」

「別にしてないけど……」


 木幡こはたの様子がおかしい。

 いや、こいつが様子がおかしいのはいつものことか!


「と、とりあえず! そんなのを琴乃ことのに送って何させる気なの!?」

琴乃ことのに聞いてくれ!」


 琴乃ことのが真剣な目つきで俺のことを見ている。


(ふむ……)


 ふざけて言っているわけではなさそうだ。


 そこまで言うのであればっ!

 琴乃がそれで頑張ることができるのなら、なにを迷うことがあるだろうか!


 俺は、喜んでそれを差し出そうじゃないか。


「絶ッッッ対にそんなの私が阻止してみせるんだから! 見ておきなさいよ!」

「ふんっだ。私だって絶対に心春こはるちゃんに負けないんだから」


 木幡こはたの目が血走っている!

 琴乃ことのの目に炎が宿る!



「ごめん、静かにしてもらえる?」



 三人でそんな話をしていたら図書委員の子に怒られた。




※※※




「私、これから帰って勉強するから! 家に着いたらちゃんと連絡してね!」


 勉強後、木幡こはたはすぐに帰ってしまった。

 今日も一日やかましいやつだった。


「じゃあ琴乃ことの。家まで送っていくよ」

「うん!」


 琴乃ことのが嬉しそうに俺の後ろをついてくる。


「ねぇねぇ、唯人ゆいと君」

「なんだよ」

「ご褒美って何でもいいの?」

「俺にできることなら」

「本当!?」

「あんまり無理なものはやめてよ」

「うん! 頑張るから! いっぱい頑張るから応援しててね!」


 夏の季節にはまだ早いが、琴乃ことのがまるで向日葵が咲いたような笑顔をこちらに向けていた。




※※※




 ――中間テスト当日。


 目の下にクマを作った化け物が、俺の横を通った。


「何よ」

「すげー顔だなと思って」


 木幡こはたの顔にはいかにも一夜漬けしましたと書いてある。

 正直、体調は良くなさそうだが、いつも通り俺に悪態をついてきた。


「うるさいわね。なんであなたは余裕そうなのよ」

「じたばたしても仕方ないからなぁ」


 前の席の女子は教科書を見つめて全力でじたばたしているが……。

 

「……」

「なんだよ、複雑そうな表情して」

「ううん、琴乃ことのは一生懸命でいいなぁと思っただけ」

「それは同感」

「その一生懸命の矛先が湯井ゆい君に向かっているのが、気にくわないんだけどね」

「はっきり言うなぁ。じゃあ木幡こはたはその矛先が自分に向かえば満足なのかよ」

「そんなわけないじゃない。琴乃ことのが幸せそうにしてくれればそれで私はいいの」



琴乃ことのがどんな子に育っても、琴乃が幸せならそれでいいの)



「……」

「何よ、急に黙って」

「じゃ、じゃあ何でそんなに俺のこと目のかたきにするんだよ」

「なんとなく」

「なんとなくって……。そんなので、いちいち敵視される俺の身にもなってみろって」

「その返しもなんだけど、なーんか湯井ゆい君って余裕があるのよねぇ。高校生らしくないっていうか」

「同級生に変なこと言われてる」

「そうそう、そういうところ」


 木幡こはたが急に際どいところをついてきた……。


「まぁ、いいわ。琴乃ことののぐいぐいは私が絶対に阻止してみせるから!」


 木幡こはた心春こはるが、どこかで見た優しい笑顔を俺に浮かべていた。




※※※




一学期中間テスト! 結果発表!


 湯井ゆい唯人ゆいと 五教科合計 319点!

 古藤ことう琴乃ことの 五教科合計 289点!

 木幡こはた心春こはる 五教科合計 199点!


「って! ぶっちぎりでお前が一番下じゃねーか!!!」

「あはは~」


 木幡こはたの視線が天を仰ぐ。


「やったー! 心春こはるちゃんに勝ったー!」


 琴乃ことの大勝利!!


 琴乃ことのが自分のテストを握りながら、くるくるとその場で喜びの舞を踊っている。


唯人ゆいと君って頭良いんだね! 知らなかったよ!」

「特別良くないからなこれ!」


 俺の五教科平均は六十点とちょっと。

 決して頭が良いとちやほやされる点数ではない!


「まぁ、そこの馬鹿に比べたら頭がいいかもな!」

「くぅうーーー!」


 木幡こはたがめちゃくちゃ悔しがっている!


 なんだったんだあの必死さは! 

 なんだったんだあのいい笑顔は!?


 あと一歩で赤点になりかねない点数じゃないか!


「私の勝ちだからね! 心春こはるちゃん!」

「こ、琴乃ことのってそんなに頭が良かったのね……! 親に似なくて良かったわねぇ」


 失 礼 だ ぞ !!


 ここに本人がいるとは思わず好き勝手言いやがって!

 そもそも琴乃ことのだってそんなに点数良くねーよ! お前がぶっちぎりで馬鹿なだけだ!


「じゃ、じゃあさ唯人ゆいと君、ご褒美ほしいな」


 琴乃ことのが上目遣いに俺にそう聞いてきた。可愛い。


「あー、そうだった。結局何が欲しいの?」


 琴乃ことのがスカートの裾を握りしめ、どこか緊張している様子だ。


琴乃ことの?」

「んっとね、えっとね」

「どうした。別に何でもいいぞ?」

「な、何でもいいんだ……!」


 琴乃の細い眉毛がきりっと上を向く。


唯人ゆいと君、あのね」


 すぅーーと琴乃ことのが深呼吸をした。



「私と付き合ってください!!!」



 琴乃ことのが周りに響き渡るくらい大きな声を出していた!


 次の授業の体育は剣道だ! 腕がなるぜ!

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