33. 君は琴乃の父親に似ている

 琴乃ことのは第二走者らしい。


 次のレーンで真剣な表情でスタンバイしている。


「なんで琴乃ことのちゃんがアンカーじゃないんだ!」


 兄さんが歯ぎしりをしながらそんなことを言っている。


 さ す が 兄 さ ん だ !


 俺も同じことを思っていた!


「うーんと、このカメラはどこ押せば撮れるんだい?」


 スタート直前で、オフクロがカメラの操作でもたつき始める。


 よし、やっぱりオフクロはアテにならないな。

 俺は自分の携帯をスタンバイしておこう。



パァン!!



 ピストルの音と同時に一斉に第一走者が走り出す!


 うちのクラスは……。

 うちのクラスは二番目だ!



ダダダダダッ


 

 第一走者の女の子から、琴乃ことのにバトンが渡る!



琴乃ことのー! 頑張れー!」

琴乃ことのちゃーーん! 負けるなぁああ!」


 俺と兄さんが揃って大きな声を出す!


 だが、それ以上の大きな歓声が応援席のほうから聞こえてきた!


ことちゃーーん! 頑張れぇえええ! 琴乃ことのぉおおお! こ、こぉーっ! ことぉおおお! こぉああああッ!」


 案の定、木幡こはた心春こはるだった……。

 興奮しすぎて何を言っているか全然分からない。


 ああいうのがいると自分のことを俯瞰して見ることができるよなぁ……。


湯井ゆいさん湯井ゆいさん、これはどこを押せば写真撮れるんだい?」

「えっ」


 まだやってたんかババア!

 もう手遅れ――。



《さぁ! バトンは第三走者に渡り――》



「あ゛ぁああああああ!!!」


 オフクロのせいで肝心の琴乃ことののバトンを渡すシーンを見逃してしまった!

 



※※※




「お、おばあちゃんのせいで肝心なところ見逃したじゃないですか!」

「おやおや、来年もあるんだからそんながっかりしなくてもいいじゃないか」


 ら、来年……!?

 そんな気の長いこと俺には――。


「えへへへ~! 皆の応援がいっぱい聞こえてきたよ」


 競技を終えた琴乃ことのがこちらにやってきた。

 年頃の女の子なら嫌がりそうな応援だったが、普通に喜んでくれている。


(うぅ……)


 その様子だけで少しうるっときてしまった。


「大丈夫かい、琴乃ことのちゃん!? 怪我はなかったかい!?」


 兄さんが琴乃ことのに声をかける。


 転んでもいないのにあるわけねーだろメガネ。

 この人は昔から言うことが大袈裟すぎるんだよ……。


琴乃ことの!」


 一番奇声を発していた木幡こはたもこちらにやってきた。

 ガバっと琴乃ことのに抱きついている。


「よく頑張ったわねぇ」

「えへへへ。一位になれなかったけどね」

「ううん、順位落とさなかっただけでも大したものよ」


 頬ずりでもしそうなくらい琴乃ことの木幡こはたの距離が近い。


「……」


 今日はまぁいっか……。


唯人ゆいと君はサッカー出るんだよね! 私、絶対に応援行くからね!」

「恥ずかしいからあんまり熱烈なやつはやめて……」


 琴乃ことのが張り切った様子でそんなことを言ってきた。


 一瞬、木幡こはたの様子をちらっと見てしまった。


 こいつみたいな応援は絶対にごめんだ。


「何よ、人のこと見て」

「別に……」


 木幡こはたに睨みつけられてしまった。


「ちなみに木幡こはたは何出るんだっけ?」

「障害物競争よ。ねぇねぇことちゃん」


 俺のことを半分無視して、木幡こはた琴乃ことのに声をかける。


「私が、もし障害物競争でいい成績出せたら一緒に“みーちゃんコンサート”行かない?」

「みーちゃんコンサート!? 行きたい!」


 普通に誘えばいいのに……。

 何かするたびにご褒美を欲しがるのがこいつら本当に親子み――。


(あ、あれ?)


 今、何でそんなことを……。


 琴乃ことの木幡こはたは同級生なのに、なんでそんなことを自然に考えてしまった?


「私ね! 私ね! ことちゃんとみーちゃんコンサートに行くのが夢だったの!」

心春こはるちゃんは大袈裟だなぁ」

「そんなことないもん」


(私の夢? 大きくなった琴乃ことのとみーちゃんのライブを見に行くことかな!)


 ……。


 似てる。本当に似ている。

 

 そう考えれば考えるほど、アイツと木幡こはたの共通点を見つけてしまっている。


 そんなこと馬鹿げていると思う一方で、魂がこの子とアイツの共通点を探してしまっている。


「私、頑張るから! 死ぬ気で頑張るから!」


 木幡こはたの目がやる気に満ち溢れていた!

 



※※※




「こ、木幡こはたってマジでさぁ……」 

 

 木幡こはた心春こはる!  


 障害物競争、圧倒的ビリ!


 あまりにももたついているので、ゴールするときには皆から拍手される始末!


「この流れは普通勝つところじゃん!」

「うぅ……」


 木幡こはたががっくりと肩を落とす。

 何かを期待していた俺だって肩を落としたい気分だ。


「大丈夫だよ。心春こはるちゃん、一緒にみーちゃんに行こうね」

「こ、ことちゃぁああん」


 半べその木幡こはた琴乃ことのに泣きつく。


 木幡こはたの走る姿からはまるで運動神経を感じることができない。


 まるでペンギンが走っているみたいだった。


 テレビで流れるようなコミカルな足音が脳内で勝手に流れてしまうほどだった。


「い、今馬鹿にしてたでしょ!」

「いや頑張ったなぁと思って」

「そんな顔してなかった!」


 木幡こはたに八つ当たりされてしまった。


「私にも頑張ったって言って!」


 琴乃ことのがまた木幡に張り合っている……。


「あぁ、もう二人とも頑張った頑張った」


「ば、馬鹿にしてーー!」

「えへへへ」


 正反対の反応が二人から返ってきた。




※※※




 琴乃ことの木幡こはたは再びクラスの輪に戻ってしまった。


 俺はなんとなく居心地が悪いので、一人でぽつんとグラウンドで行われている競技を眺めることにした。


「何か悩みでもあるのかい?」


 メガ……誠一郎せいいちろうさんが俺に声をかけてきた。


 琴乃ことのの競技は終わったのにまだ帰ってなかったんだ。

 

「あれ? 琴乃ことののおばあちゃんは?」

「もう帰ったよ。最近、足腰が良くないみたいだから」

「……」


 その言葉に少しだけ寂しさを感じてしまう。

 昔は健脚が自慢だって言っていたくせに……。


「俺に何か用ですか?」

湯井ゆいくんだっけ? 琴乃ことのちゃんの彼氏って聞いてるから少し二人で話しておきたくてね」

「は、はぁ?」


 ま、また脅されそうな気がしてつい声が裏返ってしまった。


「少し昔話をしていいかな?」

「かまいませんけど……」

「ありがとう。琴乃ことのの両親が亡くなっていることは聞いているよね?」


 な、なんだ……?

 兄さんは急に何を話そうとしているんだ?


「そりゃあ……」

「ちょっとだけ君が琴乃ことのの父親に似ているから、お節介を焼きたくなってね」

「えっ?」


 兄さんが、雲一つない空をどこか遠い目で眺めていた。

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