32. 娘と初めての学校行事!

七月初旬 体育祭当日



 この数日間は悶々としていたが、ついに体育祭がやってきた。


 楽しそうな声が校舎内とグラウンドに響き渡る!


 若いっていいなぁ。


 みんな楽しそうだなぁ。


(……)


 中身おっさんの俺が、どうやって高校生に混ざってキャッキャッウフフと学校行事を楽しめというのか! 


 しかも前世と同じ高校で何の新鮮さもない!


唯人ゆいと君! 私、リレーに出ることになったよ」

「おぉ!」

「応援してくれる?」

「もちろん!」


 そんな憂鬱な気分になっていたが、琴乃ことのに対しては別である!


 琴乃ことのの初めての高校の学校イベントだ!。

 琴乃ことののことを全力で応援しなければ!


 できればいっぱい写真撮りたいなぁ。

 今の携帯って画質良いから沢山撮っちゃおう!


「えへへへ~。ことちゃんのこといっぱい撮ってあげないと」


 俺の隣で、怪しげな笑みを浮かべている女子が一人いた。


 木幡こはた心春こはるである。


 胸にドでかいカメラを引っさげている。


「お、お前そのカメラどうしたんだよ」

「折角の琴乃ことのの晴れ舞台ですもの。お年玉崩して買っちゃった」

「絶対高いやつだろそれ……」


 あ、相変わらずクレイジーなやつだ。

 普通、同級生のためにそこまでするか……?


(……)


「なぁ木幡こはた。この前の話の続きなんだけど――」

「ん?」


 この前の話の続きをしようとしたら、とんでもない勢いで琴乃ことのが駆けつけてきた。


「ほらほら! 心春こはるちゃん! 私と唯人ゆいと君を撮って!」

「うんっ! もちろん!」



パシャパシャ!



 頭に赤い鉢巻を付けた琴乃ことのが満面の笑みを浮かべている。


「も~。可愛いなぁことちゃんは」


 木幡こはたも高校初めての行事に浮かれているのか、どこかテンションが高いように見える。


「あとで写真焼いとくからね!」

「……?」

「いっぱい焼き増ししないと!」

「ねぇねぇ心春こはるちゃん。写真を焼くってどういう意味? 折角撮ったのに燃やしちゃうの?」

「え゛っ!?」


 木幡こはたが笑顔のままピシっと固まってしまった。

 ……前世の俺でもあんまりその言葉は使ったことねーよ。

 



※※※




「折角、琴乃ことのちゃんの晴れ舞台ですからね! いっぱい写真撮らないとですね!」

「私なんてこの日のためにカメラを買っちゃったんだよ」


 トイレに行くのに校門のほうに向かったら、見慣れた人影をみつけてしまった。


 あれはこの前会った、妻の実兄の誠一郎せいいちろうさんと俺のオフクロだ。


 さっきの俺たちと同じような会話をしている。


 というか、あれはどういう組み合わせなんだ……!?


古藤ことうさん! あとで今日撮った琴乃ことのちゃんの写真をいただけませんか!?」

「ぐふふふ~。いっぱい焼き増ししないとね」


 いた。

 焼き増しなんて言葉を使う妖怪があそこにもいた。


 うちの学校の体育祭は保護者の見学もできるように開催されている。


 だが、高校にもなると小学校の運動会みたいに見学にくる親はほとんどいない!


 平日に開催されるのもあって、見学に親が来るというのはほぼゼロと言ってもいいくらいだろう!


 でも何故かこの人たちがここにいる……。


「こ、こんにちは……」


 見ないふりをすることもできないので、一応、湯井ゆい唯人ゆいととして二人に挨拶することにした。


「あら湯井ゆい君じゃないかい!」


 オフクロが俺に優しい笑顔を向ける。


琴乃ことのは次のリレーみたいですよ」

「そうなのかい。ところで湯井ゆい君…!」

「はい?」

「私が渡しているやつはちゃんと使っているのかい?」


 オフクロが気持ち悪い笑顔を浮かべている。


 バ、ババアめ……!

 よりによって兄さんがいるところで際どい会話を持ち込みやがって!


古藤ことうさん、一体何の話ですか?」


 兄さんがその話に食いついてしまう!


「いや困ったときのための物をね湯井ゆい君に色々渡していたのよ。一応琴乃ことのの彼氏みたいだしね」

「ほう、じゃあ私はこれを湯井ゆい君にあげよう」


 そう言って兄さんが財布を取り出す。


「な、なんでしょうか?」


 ポンっと俺の手の平に諭吉が一枚置かれる。


「……何ですかこれ?」

「お金に勝るものはないだろう。これは何か困ったことがあったら使いなさい」


 なんでオフクロと張り合い始めたんだこの人は?

 この人は常識というものをどこかに忘れてきてしまったらしい。


「こんな現金貰えませんって!」


 そのまま兄さんに諭吉を突き返す!

 本当は欲しかったけど! 本当はとっても欲しかったけど!


「大体、俺と琴乃ことのは清い関係なので、そういうものをお金もいりませんから!」


 きっちりと二人にそう言い放つ!

 この二人が揃うと本ッッ当にロクなことにならなさそうだ。


「ほぉ……」

「へぇ」


 二人が俺のことを舐め回すように見てくる。


「な、なんですか!?」

湯井ゆい君、意外に骨があること言うんだねぇ」


 オフクロが感心した様子でそんなことを言っている……。


「えぇ……琴乃ことのちゃんの見る目も案外間違ってはいないということですかね」


 兄さんもオフクロの言葉に続く……。


 何故そこでポイントが上がるのか……。


 あかんぞ! このままこの二人に付き合っていたら体育祭が終わる前にくたくたになってしまう。


 さっさと琴乃ことのの応援に行くことにしよう!


 君子危うきに近寄らず。

 賢い俺はここから退散するのみだ。


「じゃ、じゃあ俺はここで……」



《次は一年生女子のクラス対抗リレーです》



 アナウンスがグラウンドに鳴り響いた。


 しまった! もう琴乃ことのの出番がやってきてしまった!


「よーし! 三人で琴乃ことのの応援に行こうか!」

「え゛っ!?」


 オフクロが俺の背中を押し始めた!!


「ええ! 行きましょう古藤ことうさん!」


 兄さんが俺の肩に腕を回してきた!


「えぇええ!?」


 不覚にもババアとメガネの謎パーティにインすることになってしまった!

 



※※※




「キャーー―! ことちゃんこっち見てぇええ!」


 あっちにもヤバいやつがいる……。


 琴乃ことのの出場するリレーのグラウンドに近寄ると、応援席に混ざった木幡こはたが奇声を発している。


「あれ? あれは木幡こはたちゃんかい?」

「ですね……」


 オフクロが木幡こはたの持っているカメラと自分のカメラを見比べる。


「ふっ」


 こいつの前世の息子だから分かるが、その顔は勝ち誇ったときの顔だ。


 どうやらオフクロのカメラほうがいいやつらしいな……。


 っていうかそもそもの対戦相手よ。

 高校生と張り合ってどうするねんこのオバハンは!?


「いやいや古藤ことうさん。あの子の持っているカメラも捨てたものじゃないですよ」

「どんなところがだい?」

「まずカメラというのは性能がピンからキリまであります。初心者用からプロ向けのものまで様々です。古藤ことうさんが今お持ちなのは確かに様々な性能もついていて、色々なカスタムができる種類です。俗にいうミドルエンドモデルというやつでしょう。ただそれ故に使いこなすのが大変だとも言えます。一方、あの子がもっているのは初心者用のカメラです。初心者用と言えば、聞こえは悪いですが要するにオールマイティに使える良いカメラなんですよ。シンプルな操作ゆえに使いこなしやすい。こういうイベントで使うならそのカメラでもほぼ不足はないでしょう」


 説明がなげーよメガネ。

 やたら早口でよく聞き取れないし。


「とりあえず頑張って撮ればいいんだね」

「えぇ! 頑張りましょう」


 話が通じているのか、通じていないのか……。

 オフクロが、誠一郎せいいちろうさんのうんちくをかなり短くまとめる。


「ふふっ、木幡こはたちゃんあれじゃ同級生じゃなくて母親みたいだねぇ」

「えっ?」


 ……オフクロもそんなことを言い始めていた。

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