40. 琴乃の欲しかったもの

「えっ? 何? 木幡こはたは知ってるの?」

「あなたは黙ってて!」


 えぇえ!? 何故か怒られてしまった!


「俺! 琴乃ことのの欲しいもの、したいことは全部叶えてあげたい!」

「あなたはどの口で言ってるのよー!」

「痛い痛い痛い!」


 木幡こはたに後ろから羽交い絞めにされる!


 なんなんだこいつは!?

 別におかしなことは言ってないだろう!


琴乃ことの、よーく考えて。湯井ゆい君はあなたのお父さんなのよ」

「うん、でも唯人ゆいと君は唯人ゆいと君だよね」

「もぉー! 誰よ! この子をこんな風に育てた人は!?」


「私です」


 後ろにいるオフクロが木幡こはたにぺこっと頭を下げた。


「あっ……! いえ! これは……その……」


 嫁と姑に流れる微妙な空気。

 木幡こはたの顔には全力で“やっちまった”と書いてある。


 なにやってんだあいつは。


「なぁ、今日はもういいだろう」

「あ、あなたって人は……! 事の重大さに気がついてないようで!」

「大袈裟すぎない? 琴乃ことのの欲しかったものは、俺たちでこれから叶えてあげればいいじゃん」

「黙れー!」


 木幡こはたに首をつかまれて、ぐわんぐわんと振り回される!


「痛い痛い! 目が回る! さっきからなんなのお前!?」

琴乃ことのの欲しいもの、本当に分からないの?」

「ごめん、全然分からない」


 その様子だと木幡こはたは、完全に知っているようだ。


 むぅ、悔しいな……。

 こいつに分かって、俺が分からないなんて!


「仕方ないなぁ、唯人ゆいと君は。私が欲しかったもの教えてあげようか?」


 琴乃ことのがニコニコしながら膝歩きで俺に近づいてきた。


「うん、知りたい」

「それはね! それはね!」


 琴乃ことのがぐいっと俺に抱きついてくる。


「お父さんっ!」

「そっか、そっか」


 琴乃ことのが勢いよく抱きついてきた。

 琴乃ことのの体を支えて、髪を撫でてやる。


 嬉しいなぁ、大きくなった琴乃ことのにそう言ってもらえるなんて……。


「二人とももっと真面目に考えなさいーー!」


 俺たちがそうしていると、木幡こはたの怒声が聞こえてきた。




※※※




「そんなに怒らなくていいじゃん」

「ごめん、それはちょっと反省してる」


 遅い時間になってしまったので、俺と木幡こはたは各々の家に帰ることにした。


 琴乃ことのが、俺たちを見送るときに少し寂しそうな顔をしていたのが気になった。


 でも、きっと大丈夫。

 

 これから俺たちはずっと一緒にいられるのだから。


「あーあー、荷物とか全部学校に置いてきちゃった」

「それ気にするところ? 昔からあなたは能天気なところあるよね」

「そ、それを言うならお前も相当だと思うけどな」


 前世の妻とそんな話をしながら、夜道を歩く。

 懐かしいな、こうしていると本当に昔に戻ったみたいだ。


 俺の心はなんとも言えない充足感に満たされていた。

 心のつっかえが取れたのかもしれない。


 琴乃ことののこと、木幡こはたのこと。


 これから考えなきゃいけないことは沢山あるけど、俺は間違いなく世界で一番の幸せ者だ。


 だって、もう会えないと思っていた最愛の二人に会えたのだから!


「俺、お前のこと見つけられて良かった。また三人で会えて本当に良かった」

「それは私もだけど……」


 だが、何故か木幡こはたの口振りが重い。

 歩きながら、コンっと地面に落ちている石ころを蹴っ飛ばしている。


琴乃ことののことはこれからどうするの?」

「どうするって、これから二人で支えていけばいいじゃん」

「あなたねぇ……」


 木幡こはたに思いっきり溜息をつかれてしまった。


「分かる? 琴乃ことのはあなたのことが好きなのよ」

「うん」

「あーー! 分かってない顔をしてる!」

「いや、分かってるって……」


 今の一言で、おおよその木幡こはたの言いたいことが分かってしまった。


「分かってるよ、琴乃ことのの同級生としてどうするのかって話だろう」

「そ、そうだけど……」

「ちゃんと言うよ。でも、今はただ再会を喜びたいんだ」

「あなた……」


 木幡こはたがその場で立ち止まってしまった。


「私、琴乃ことのの同級生になってからもずっとあなたの姿を探してた」

「俺もだよ。成長した琴乃ことのを見る度に、昔のお前の姿を思い出してたよ」

「……私、異性として一番好きなのは今も昔もあなただけだよ。でも一番大切なのは――」

「分かってるよ。全部、言わなくても大丈夫だって。俺も一番大切なのは琴乃ことのだから」

「うん、そこがブレたらぶっ飛ばすからね」


 今日、琴乃ことのには今まで言えなかったことをほとんど話せたと思う。


 俺たちは、これから父と母だと明かした上で、また琴乃ことのと同級生としての関係を作っていかなければならない。


 だから……。


 このすれ違いから始まった関係に、決着をつけないといけないときがきていた。

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