39. お父さんの匂いがする!

琴乃ことのと一緒に学校生活を送れて楽しくてさ、琴乃ことのとデートができるのが楽しくて――」

「……」


 琴乃ことのから返事はないが、そのまま話を続ける。


「最初、危ないやつらに襲われてたよな。俺、本当にあいつらのことが許せなくてさ」

「……」

「その次は一緒に映画を見に行ったんだっけ? ギャラクシーメガファイトの映画、面白かったよな。あっ、そこの本棚にも原作あるよな」


 目の奥が熱くなってくる。

 話をしていたら今までの色々な思いがこみ上げてきてしまった。


「でも、俺、お前に謝らないといけないことがある……」


 娘に……最愛の娘に向けられる好意が嬉しくてたまらなかった。

 死別した娘と一緒に過ごす日常に浮かれてしまっていた。


 俺はもっと早めに言うべきだったんだ。

 ちゃんと琴乃ことのに伝えて、このことに一緒に向き合うべきだったんだ。


 ――だって俺たちは家族なのだから。


「信じてもらえないかもしれないけど、俺、お前の父親の記憶があるんだ」

「……」

「俺、お前の父親なんだよ」

「ぐすっ……」

「それでさっき分かったんだけど、木幡こはたはお前の母親の――」

「……何でもっと早く言ってくれなかったの?」


 琴乃ことのがようやく俺の言葉に反応をしてくれた。


「信じてもらえると思ってなかったから……」

「私はっ……! お父さんとお母さんの言うことなら何でも信じたのに……!」

「でも、こんな非現実的なこと……」

「分かるよ! だって、私が唯人ゆいと君が好きになったのはお父さんに似てたからだもん!」


 琴乃ことのが勢いよく起き上がる。

 真っ赤にした目で、必死な形相で俺のことを見つめてくる。


「わ、私は……! 死んだお父さんの代わりに……! 似ている唯人ゆいと君に幸せになってほしいと……」

「ごめん、本当にごめん」

「うぅ……!」


 俺は、琴乃ことののことを優しく抱きしめた。


唯人ゆいと君、さっきから謝ってばかり……! 私は、私は……!」

「ごめん……」


 琴乃ことのの体を力を強く抱きしめる。

 そうすると琴乃ことのが俺の背中に手を回してきた。


「ごめんな琴乃ことの、今まで本当にごめん……」

「わけ分かんない! わけ分かんないけど!」

琴乃ことの……! 本当にごめん!」

「うわぁああん! やっぱりお父さんの匂いがするよぉおおお!」


 琴乃ことのが俺の胸の中で泣きじゃくる。

 背中は痛いくらいに握りしめられていた。


「ぐすっ……」


 後ろからは木幡こはたのすすり泣く声も聞こえてきた。




※※※




 琴乃ことのはしばらく俺の胸の中で泣いていた。

 いつの間にか木幡こはたも、琴乃ことのに寄り添って抱きしめていた。


「今までごめんね、ことちゃん……」

「ぐすっ……ぐすっ……。いつから、いつからそうだったの?」

「高校に入ってからかな……。お父さんが私たちのことを見つけてくれたから、またこうして会えたね」

「うぅ……」


 木幡こはたが優しく琴乃ことのの顔を撫でている。

 その顔つきは、昔のアイツのままだった。


「色々あったけど、こうしてまたみんなで会えたのを喜びましょう。ね?」

「頭が混乱するよぉ……」

「ゆっくりでいいから、ね? あなた」


 木幡こはたが俺のことを見る。


「うん、本当に今までごめんな琴乃ことの……」

「いいの、何年振りか分からないけど私の欲しいものをくれたから」

「へ?」


 琴乃ことのが、よく分からないことを言っている。


 でも良かった……。

 琴乃ことのは俺たちのことを拒絶することはしなかった。


「また一緒に暮らせる?」

「それはどうかなぁ……、三人とも今は自分の家があるから」

「そんな……」

「で、でも! 学校は一緒だから! ご飯とかも一緒に食べられるし!」


 琴乃ことのがすがるような目つきで俺のことを見つめてくる。


「三人とも、ご飯は食べていくだろう」


 今まで何も言わずにいたオフクロが、俺たちに声をかけてきた。


「オフクロ……」

「何も言わなくていいよ。とりあえず康太こうた美鈴みすずちゃんも久しぶりだね」

「信じて……くれるのか……?」

「その襖の開け方を知っているのは康太こうたと死んだ私の旦那だけだったからね。それに琴乃ことのが信じるなら私も信じるよ。しけた顔してないで、また家族でご飯を食べようじゃないか。今日はあんたの好物にしてあげるよ」

「サンキュ……」


 心なしかオフクロの目も赤くなっているような気がした。


「私はちょっと買い物に行ってくるから、琴乃ことののことはよろしく頼むよ」

「言われなくても」

美鈴みすずちゃんも宜しくね」


 木幡こはたが「はい」とオフクロに頷く。


「わ、私ね、二人に色々話したいことが!」

「うん」

「私ね、私ね――」




※※※




 夕食を食べた後も、家族で琴乃ことのの話を聞いていた。

 小学校のこと、中学校のこと、受験のこと。


 叔父の誠一郎せいいちろうさんがいつも協力してくれたこと。

 おばあちゃんがいつもイベントごとにはかかさずに来てくれていたこと。

 ……でも、両親がいなくて寂しかったこと。


 そんなことを包み隠さずに俺たちに話をしてくれた。


琴乃ことの、そんなに急いで話さなくても。これからはずっと一緒にいるんだから」


 木幡こはた琴乃ことのの髪を撫でながらそんなことを言う。


「で、でもぉ……」

「これからはずっと一緒にいるんだから。なんせ私たちは琴乃ことののことが心配で地獄から這い出てきたんだからね!」


 お、俺たちって地獄にいたんだ……。

 ずっと俺は、お前は天国にいると思って言葉を投げかけていたんだけど……。


 ……今、言うと野暮だから言わないけど。


「ところで琴乃ことの、さっきの欲しいものって何の話?」


 少し会話が落ち着いたので、琴乃ことのにさっきのことを聞いてみることにした。


「えへへへ、私の欲しかったものってね」

「うん」

「二人が私のお父さんとお母さんなら分かるでしょう!?」


 ぐっ……! これは試されている。

 で、でも、イマイチ思い当たるものがない。


「あ゛ぁああああ!」


 木幡こはたが急に大きな声を出す。


「ほ、本気で言ってるの琴乃ことの!?」

「うん」


 琴乃ことのの顔は笑っていた。

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