41.  このすれ違いに決着を!

 運命の体育祭から一週間が経った。


 あんなに劇的なことがあったのに、学校に登校するといつもの日常が流れていくから不思議なものだ。


 俺たちは、自分の正体を最愛の娘に明かした。


 ――これでまた俺たちの関係性も変わっていくだろう。


 変わることは怖いけど、俺たちならきっと乗り越えられると思う。


 だって俺たちは家族なのだから!


唯人ゆいとくーん! 一緒にお昼ご飯食べよっ!」


 お昼休みになると、いつも通り琴乃ことのが俺に声をかけてきた。


 まだ教室にいるのに、琴乃ことのは人目をはばからずに俺の腕に組みついてくる。


(……)


 全然変わってなくないか!?


心春こはるちゃんも一緒に食べよ?」

「食べるぅ!」


 木幡こはたが犬みたいに琴乃ことのに飛びつく。

 木幡こはたのほうが小柄なので、これじゃどっちが母親だか分からないな。


ことちゃんと、ご飯を一緒に食べられる日がくるなんて……」

「今までも普通に食ってただろうが!」

「分かってないわねぇ、自分が母親だと言うのとそうじゃないのとは全然違うでしょう」

「それは分かるけど……」


 木幡こはたが目を擦りながら自分のお弁当箱を持ってくる。

 泣き真似がものすごくわざとくさい。

 この大根役者め。


「まったく、折角の再会に水を差された気分だわ」

「このやり取りを一週間も連続でしていれば飽きるっつーの!」

「いいじゃん、私たちには空白期間があるんだから」

「悲しくなるからそれを言うのはやめろ」


 前世の記憶が蘇る……。


 前世の妻古藤ことう美鈴みすずは、木幡こはた心春こはるに転生してもなーんにも変わっていない。


 子供の頃から、俺はこいつに振り回されてばっかりだ。


唯人ゆいと君、今日もおばあちゃんがお弁当を作ってくれたよ! 三人で屋上に行こ?」


 俺が父親だと分かっているはずなのだが、びっくりするくらい琴乃ことのの態度も変わっていない。


琴乃ことの、みんなが見てるからあんまりくっつかないで」

「いいじゃん別に!」


 変わらぬ妻、変わらぬ娘。


 それが嬉しくもあるが、やはり変えないといけないこともあると思う。


「……琴乃ことの、話がある」

「え? 告白?」

「そうじゃない!」


 琴乃ことのは本当に俺のことを親だと分かっているのかな?


 今までは浮ついたぐいぐいだったが、今は地に足がついたぐいぐいになった気がする。


 ……。


 いや、自分でも何を言ってるか分からないけどさ!


「いいから! いいから! 早く行こうよ!」

「うん……」


 琴乃ことのに手を引っ張られるがまま、俺たちは屋上に行くことになった。




※※※




 屋上の長いベンチに三人並んで腰を下ろす。


琴乃ことの、さっきも言ったけど話があるんだ」


 俺は、食べいたオフクロの弁当を一度下に置いた。


「ふぁい?」


 琴乃ことのの口がもぐもぐしている。

 俺の異様な空気を察してか、琴乃ことのも食べかけのお弁当を自分の膝の上に置いた。


「……」


 木幡こはたはその様子を心配そうに見守っている。


「どうしたの唯人ゆいと君? あーんしてあげる?」

「しない」

「じゃあ、私にあーんする?」

「したいけどしない」

「じゃあどうしたいの?」


 きょとんと琴乃ことのが俺のことを見つめている。


 くっ……!

 やっぱり琴乃ことのは可愛いなぁ。


 頑張れ俺……! 気を確かに持つんだ……!

 俺は親バカかもしれないが、バカ親になりたいわけではない!


琴乃ことのは、俺が康太こうただってことは理解してるんだよね?」

「うん。唯人ゆいと君が康太こうたお父さんで、心春こはるちゃんが美鈴みすずお母さんなんでしょう?」

「じゃあ、俺が何を言いたいかは分かるよね?」

「全然分かんない」


 琴乃ことのの頭の上にとても大きなクエスチョンマークが出ている……ように見える。


 隣にいる木幡こはたからは“頑張って”と熱い視線を向けられている……ような気がする。


琴乃ことの、俺はお父さんなんだ」

「うん、お父さん大好き!」

琴乃ことのは可愛いなぁ~」


「このアホッ!」



ぎぃいいい



 痛い痛い! 

 罵倒とともに木幡こはたに思いっきり脇腹をつねられた!


 しまった! 大好きという言葉に気持ちが緩んでしまった。


「だ、だからさ……」

「うん」


 うーん、この微妙に察しの悪い所は美鈴みすずに似てしまったな。

 ……その美鈴みすずは今、俺のことをすごい形相で睨んでいるけど。


琴乃ことの、俺はお父さんだから琴乃ことのとは付き合えないんだよ?」

「ふーん」


 即答された! 反応が薄い!

 琴乃ことのは、あんまり興味なさそうな顔をして、再び食べかけのお弁当に手をつけてしまった。


琴乃ことのはそれでいいの?」

「良くない」

「へえ」

「でも唯人ゆいと君は唯人ゆいと君だよね。お父さんは唯人ゆいと君として生きていかなきゃいけないんだよね?」

「そ、それは……」

唯人ゆいと君は心春こはるちゃんのことが好きなの?」


 琴乃ことのがじっと俺の顔を見つめてくる。


(……)


 ここでちゃんと言わないとダメような気がする。


 俺が琴乃ことのの父親だと明かしたからには、この子にもう隠し事はしたくない。


 俺たちがまた家族になるために、やっぱりこのすれ違いに決着をつけないとダメだと思った。


「俺が女性として愛しているのはお前のお母さんなんだ。俺、今も昔も美鈴みすずのことが好きなんだ」

「……そっか」


 琴乃ことのはそう言うと、食べかけのお弁当箱のフタを閉じてしまった。

 ふと、琴乃ことのが寂しそうな顔を見せた。


「で、でも、俺は!」

「……ちょっと、トイレに行ってくるね」

「わ、分かった……」


 琴乃ことのは俺に目を合わせることなく、屋上から出ていってしまった。


「あなた……」

「つらいけど、ちゃんと言わなきゃダメだから……」


 木幡こはたが心配そうな顔をしている。


 仕方ない……。

 仕方ないんだ。


 俺はちゃんと言うべきことは言えたと思う。


 ――でも琴乃ことのは、そのまま屋上に帰ってくることはなかった。

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