15. おとーさんしゅきしゅき

「ほらー! ことちゃんが立ったよ!」


「あぅあぅ!」


「ほら、頑張れ! 頑張れ! お父さんのところまで頑張れ!」


「おとーさんおとーさん! しゅきしゅき!」


「何で最初に覚えた言葉が“お父さん”と“好き”かなぁ。ふふっ、この子、私のことは忘れてないかしら」


「えっ? 呼び方? えへへへ。だって可愛いんだもん、つい“ちゃん”付けで呼びたくなっちゃうじゃん。あなただって最初会ったときは私のことをちゃん付けで呼んでくれてたくせに」


「あははは、私たち厳しい親にはなれなさそうだね」


「私の夢? 大きくなったら琴乃ことのとみーちゃんのライブを見に行くことかな!」


「な、なによ! そんなに笑うことないでしょう! あなただって琴乃ことのとギャラクシーメガファイトを見に行きたい言ってたくせに!」




●●●




ピロン



 携帯のメッセージ音で目が覚める。


 寝起きの涙とは別の涙が俺の頬には伝わっていた。


 懐かしい夢を見てしまった。

 暖かくて優しくて、そしてとても寂しい夢。

 

 最近、前世の夢を見ることはなかったのに、何故か今日は久しぶりに見てしまった。


「うぅ……うーーん」


 目を擦り、携帯の画面を見る。


『おはよう唯人ゆいと君! 今日は何してるの?』

「“今日は部屋の掃除でもしてるよ”っと」


 俺はすぐに琴乃ことのに返信した。


 ゴールデンウィーク中なのに毎日毎日、琴乃ことのからは「今何してるの?」「今どこにいるの?」とメッセージが届く。


 俺も慣れたもんだ。

 ある意味ルーチンワーク化して――。



ピロン



 嘘ですっ! 全然慣れてません!

 いつも秒で返信くるので、携帯が手放せない生活となってしまいました!


『じゃあ私も手伝いに行っていい? 唯人ゆいと君、まだ手が良くないでしょ?』


 琴乃ことのからそんなメッセージが届いた。

 朝から元気だなぁ琴乃ことのは……。


「……」


(……俺たちの琴乃ことのは本当に元気でやってるよ)


 空にそんな言葉を投げかけた。




※※※




「わーー! ここが唯人ゆいと君の家なんだね!」


 朝の九時。

 住所を教えたらすぐに琴乃ことのがやってきた!


 しかし俺も甘いよなぁ……琴乃ことのがやりたいと言うことを全然断ることができない。


「お、お母さんは今日はいないの?」


 琴乃ことのが緊張した様子で俺にそうたずねてきた。


「いないよ。仕事行ってる」


 今の母親のことを琴乃ことのに言うのに不思議な感覚を覚える。


「えぇええええ!? 折角、菓子折り持ってきたのに!」

「菓子折り? なんで?」

「お母様にちゃんとご挨拶をしないといけないと思って!」

「ご挨拶!? お母様!?」


 ぜ、絶対に普通の挨拶じゃないだろそれーー!

 しかもいきなりお母様!?


 今日の琴乃ことのは黒いフォーマルな服装をしている。


 琴乃ことののそんなかっちりと決めた姿を初めてみてしまった。


 ……待望の娘のその姿を、まさかこんなところで見ることができるとは思ってなかったよ。


「それにしても、ここが唯人ゆいと君の家かぁ」

「別に面白くないでしょ。琴乃ことのの家の方が広いし」

「ううん、そんなことないよ。唯人ゆいと君がここで育ったと思うと感慨深いなぁと思って」


 琴乃ことのはそんなことを言いながら、人の家をきょろきょろと見渡している。


 いや、俺の育った家はお前の家でもあるんだけどね。


「くんくん」


 ……琴乃ことのが何故か匂いを嗅ぎ始めた。


「……何してんの?」

「えへへ。唯人ゆいと君の匂いがするかなぁと思って」

「するわけないだろ! 人んちの匂いを嗅ぐな!」

「うぅー」


 琴乃ことのが心底がっかりした顔をしている。


 ちょ、ちょっとはマシになったと思ったけどやっぱりどこかズレた行動をする……!


 家の匂いを嗅がれて、良い気分するやつなんていないだろ……多分。


「俺、自分の部屋掃除したいんだけど……」

「えっ!? 唯人ゆいと君の部屋入れてくれるの?」


 琴乃ことのがとびっきりの笑顔をこちらに見せてきた。

 いや、入れるとは言ってないんだけど……。




※※※




唯人ゆいと君のお部屋ー♪ 唯人ゆいと君のお部屋ー♪」


 琴乃ことのが俺のベッドに腰をかける。

 結局、普通に俺の部屋に入ってきてしまった。


「えへへ。ここでいつも私と携帯でお話してるんだ」

「そうだけどさ」

「えへへへへ」


 ……警戒心なさすぎないか?


 男の部屋にきて、すぐにベッドに座るなんて、どう見てもその気になってるとしか見えない。


 オフクロは、ちゃんと琴乃ことのに気を付けろと言ってくれたのだろうか。


 俺と琴乃ことのじゃなかったら大変なことになっているかもしれないのに。


「あーー! お父さんの匂いがするーー! 唯人ゆいと君の匂いがするーー!♡」


 俺の掛布団かけぶとん琴乃ことのが顔をうずめて喜んでいる! 語尾に飛びっきりのハートマークをつけて甘い声を出している!


「えへへ、えへへへへ」

「ど、どうした?」

「お父さんだ、お父さんがいっぱいいるよ~。しゅきしゅき~♡」


 琴乃ことのが壊れてしまった……。


「ど、どうした!? 大丈夫か琴乃ことの!?」

「うぅー。しばらくこのベッドから離れたくないぃ~」


 琴乃ことのがどんどん布団に潜り込んでいってしまう。


「幸せ~」


 そのまま俺のベッドに横になってしまった!


「お、おい!」


 琴乃ことのが目を細めて気持ちよさそうな顔をしている……。

 まさに猫にマタタビ状態だ。


「片付け手伝う気ないだろ……」

「あるよ~」

「じゃあ布団から出ろ」

「やだ」


 琴乃ことのがはっきりと俺に拒絶の意志を示した。

 お父さん、ちょっとショックです。


「はぁ、じゃあ俺は勝手に掃除してるからな」

「一緒に寝よ?」

「は?」

「一緒に寝ようよ」


 琴乃ことのが全力で俺の邪魔をしてきた。

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