35. 再会 後編

「ねぇねぇ、あなたは生まれ変わりって信じる?」


「どちらかというと信じるかなぁ、浪漫があるし。ってか、何だよいきなり」


「えへへへ。さっきテレビでやってたから」


「ふーん。そういうお前はどうなんだよ」


「私はそういうオカルトなのは信じないから!」


「自分で言っといてなんだそりゃ!」


「目に見えないものなんて信じられないよねぇ。ねぇ~ことちゃん」

「あぅあぅ!」


「つまんないやつ!」


「あはははは、そんなんで怒らないでよ~」


「ふんっだ。もし生まれ変わりがあるなら、名前が変わっても絶対にお前と琴乃ことのは見つけ出してやる」


「キャー! 何かかっこいいこと言ってる!」

「あぅあぅーー!!」


「うるさいなぁ! 何か琴乃ことのにも茶化されている気がする!」


「私は今が幸せだから次なんて考えたくないけどなぁ~」




●●●


 

 

「えっ……?」


 木幡こはたがとまどいの色を隠せないでいた。


木幡こはたは、古藤ことう康太こうたって知らないか?」

「……」


 俺の言葉に木幡こはたの大きな目が限界まで見開く。


「し、知らなくはないけど……」

「出生体重は2400g。誕生日は九月九日のO型。父の名前は康太こうた、母の名前は美鈴みすず。子供の名前は――」

「こ、琴乃ことののことそこまで調べてるの!? さ、さすがにちょっと気持ち悪いわよ!」


 木幡こはたの声が震えている。

 

「付き合い始めたのはこの屋上から! 大学は彼氏と同じ大学に入ると言って猛勉強! アイツは馬鹿だったから毎日毎日勉強に付き合わされてっ!」


 心臓の音がうるさい。


 別に木幡こはたがアイツじゃなくてもいい。



 けど……。



 けどっ!



 半端に期待を持たせるようなことはやめてほしい!


 あの日のことを思い出させないでほしい!


「何もできない自分が嫌だからって俺のオフクロに家事を習いに来て! その度にせい兄ちゃんも一緒に来て!」


 続けざまに次の言葉を言おうとしたとき、いつの間にか俺の目からは涙がこぼれ落ちてしまっていた。


「親父が死んだときにいつも傍にいてくれて――」


 俺の実父は、俺が大学在学中に亡くなってしまった。


 誰よりも俺たちの関係を応援してくれていたのは、他でもない俺の親父だった。


 最後まで「孫の顔が見たい」と、そんなありきたりな言葉を残して逝ってしまった。


「そのことに覚えはないか?」


 希望と願望、どちらも込めて木幡こはたにその言葉を投げかける。


「――っ」


 木幡こはたが、その場でへたり込んでしまった。


「お、覚えならあるけど……」

「えっ?」

「だって大切な思い出だもの――」


 木幡こはたの頬には涙が伝わっていた。


 俺は、木幡こはたのその様子で確信してしまっていた。


 いや、魂が俺にそう告げてきた。






 ――木幡こはた心春こはるは俺の前世の妻であると。






「俺が古藤ことう康太こうただって言ったら信じてくれるか?」

「こ、こういう冗談は本当にやめてほしいんだけど」


 目を真っ赤にした木幡こはたが、俺を睨みつける。


「あの人と私しか知らないこと言ってみなさいよ! もしこんなことふざけてやっているのだったら絶対に許さないんだから!」


 木幡こはたが声を大きく震わせながら俺にそう言ってきた。


 俺と美鈴みすずしか知らないこと。

 だったらこの話しかないだろう――。


「子供の名前の第一案は幸太郎こうたろう美鈴みすずが……最初は男の子が欲しい言ったから最初に考えた名前。父の名前と少し響きが似ているし、幸せになってほしいという願いから考えた名前」

「えっ?」

「女の子だと分かったときに最初につけた名前は“美玲みれい”だったかな。母親の名前と字面が似ているからという理由で考えた名前だった」


 俺が一生懸命に考えた赤ちゃんの名前の候補だった。


 琴乃ことのがまだ美鈴みすずのお腹にいる頃に、毎日毎日一生懸命に考えた名前だった。


「うっ……うぅ……」


 木幡こはたの大きな瞳から、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちる。


「そ、そんなのあの人しか知らないじゃんかぁ。今までどこにいたのよぉ……馬鹿ぁ……」

美鈴みすず……」


 俺は、何年かぶり彼女の名前を直接呼ぶことができた。

 



※※※




「ほら、これで涙拭けよ」


 木幡こはたにハンカチを差し出す。


 木幡こはたは口をパクパクさせてしきりに何かを話そうとしていたが、泣きじゃくりすぎて上手く話せないようだ。


「お互いに沢山の話したいことがあるだろうけど、とりあえずまた会えて本当に嬉しいよ」

「うぅ……ぐすっぐすっ」


 屋上のど真ん中で木幡こはたが座り込んでしまっている。


「ほら、とりあえず立って」

「立゛でな゛い゛!」

「はぁ?」

「腰が抜けだぁ!」


 泣き過ぎて口が回らない前世の嫁がそんなことを言ってきた。


「だ、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……。人生で一番驚いたわ……」

「どっちの人生で?」

「どっちも!」


 木幡こはたの目が充血している。

 多分、俺の目も真っ赤になっていると思う。


 こういうやりとりは本当の本当に久しぶりなような気がする。


「本当にあなた? 本当にあなたなの?」


 木幡こはたが、何度も何度も同じことを聞いてくる。

 俺の顔をペタペタと何かを確認するように触ってくる!


「本当に俺だよ。古藤ことう琴乃ことのの父親で、古藤ことう美鈴みすずの夫だった男だよ」

「うぅ……ぐすっ」


 木幡こはたの瞳から、またポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 俺だって喉が痛くなるくらいに感情が高まってしまっている。


「プロポーズの言葉は!?」

「俺が必ず幸せにします」

「他にもあったでしょう!?」

「俺の子供を産んでほしいだっけ……? 今考えるとひでぇな」

「ひどくない! 嬉しかったもん!」


 続けざまに木幡こはたが俺に質問してくる。


「一番最初にデートに行ったところは!?」

「最初? 付き合う前ならギャラクシーメガファイトの映画見に行ったときかな?」

「私の好きな食べ物は!?」

「蕎麦と団子」

「うぅ……本当にあなただぁ」


 質問のクオリティがどんどん下がっていく!

 最後の質問なんてこの前聞いたばかりだし。


「い、今までどこにいたの……?」

「同級生として、ずっと近くにいたのは知っているだろう」

「そんなの分かるわけないでしょう!」


 前世の妻に思いっきり怒鳴られてしまった。


「と、とりあえず立つから手伝って……」

「ほら手貸してやるから」

「抱っこがいい」

「……」


 俺が一瞬躊躇ためらっていると、すぐに木幡こはたが反応する!


「うぅ……やっぱりあなたじゃないんだぁ……」

「あぁもう! はいはい!」


 そう言って、しゃがみ込んで、木幡こはたの体を正面から抱える。


「こんなところ琴乃ことのに見られたら……」

「あ゛ぁあああ!!」


 木幡こはたが再び怒り出した!


「あ、あなた! 実の娘と付き合ってるなんてどういうことよ! 私のことなんてどうでも良くなったんだ!」

「違う違う! 大体この事態になったのはお前も加担してるからな!」

「人のせいにしてー! この変態!」

「へ、変態!?」


 世界初、人生二度にわたって喧嘩する夫婦が誕生してしまった。

 ギネスもびっくりだ!



ガタッ



 屋上の出入口から物音が聞こえたような気がした。

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