25. 琴乃の想い ※琴乃視点

◆ 古藤ことう琴乃ことの ◆



「オフ……おばあちゃんはああ言ってたけど、俺やっぱり琴乃ことのとは付き合えない」


 唯人ゆいと君が私にそんなことを言ってきた。


 私はその言葉にできるだけ明るく返す。

 ショックと言えば凄くショックだったけど、思ったよりもその気持ちは軽かった。


 何故かと言えば、さっきおばあちゃんがこんなことを言っていたからだ!




●●●



 

「なんでお父さんはそんなにお母さんのこと待たせちゃったのかな?」

「きっとあの子は、大切な子を傷つけたくなかったのよ」

「どういうこと?」

「恋人同士になるっていうのはね、良いことばかりじゃないから」

「どういうこと?」

「付き合うってなると、嫉妬とか独占欲とかがもっと出てきちゃうでしょ。そういうマイナスの感情に振り回されるの嫌だったんじゃないかしら。そうなると、大好きだった子にどうしてこうしてくれないんだって不満が出てきちゃうのが人間なのよ」

「ふーん?」


 おばあちゃんがそんなことを言っていた。

 今の私ならその言葉が少しだけ分かるかもしれない。


 唯人ゆいと君と心春こはるちゃんが一緒にいるともやもやするし、凄く嫌な気持ちになる。


 確かに、私は心春こはるちゃんに嫉妬していた。


「け、けど! その子はそれくらい大切にしてもらえてたってことですよね!」

「そうねぇ。あの子は本当に美鈴みすずちゃんのことが好きだったみたいだから」

「キャーーー!」


 さ、さっきから心春こはるちゃんのテンションが異様に高い。


 そっかぁ……。

 お父さんはそんなにお母さんのこと大切にしてたんだ。


(お父さんが生きてたら、それくらい私のこと大切にしてくれたかな?)


 きっとそうだろうなぁという確信はあるが、それを確かめるすべがないのがとてももどかしかった。




●●●




琴乃ことののことは本当に大切に思ってるけど、今の俺じゃ付き合うことはできないんだ」


 唯人ゆいと君がものすごく真剣な顔をしている。


「私のことあんなに好きだって言ってくれたのに……」

「あの言葉に嘘はない! け、けど今の俺じゃ琴乃ことのを傷つけることになってしまうかもしれないから……」

「!!」


 これって! これって!

 すごくお父さんとお母さんっぽい!


「えへへ。じゃあ、私が唯人ゆいと君にもっと好きになってもらえるように頑張ればいいだけでしょ?」


 わ、私、今、お母さんみたいじゃない!?


 お父さんに似てる唯人ゆいと君がお父さんと同じことをしてくれる。

 憧れのシチュエーションに放り込まれて、心がふわふわと浮足立ってしまった。


 ――今まで私は、お父さんもお母さんもいなくてずっと寂しくて不安だった。


 おばあちゃんは傍にいてくれたし、お母さんの実家の人たちも私にとても良くしてくれた。


 けど……ぽっかり空いた穴は埋まることはなかった。


 唯人ゆいと君と話していると心がぽかぽかになる。

 唯人ゆいと君と話していると幸せな気持ちになる。


 唯人ゆいと君は同級生なのに、どうしてかお父さんのことを思い出してしまう。


 大好きだったお父さん……。


 思い出すといつも涙がこぼれてしまう。


 つらくて苦しくて……。だから私はお父さんのことは忘れようと思っていた。


唯人ゆいと君にもっともっと好きになってもらえるよう頑張るから! 唯人ゆいと君のことは私が必ず幸せにするから!」


 私は同級生の彼にそんなことを言ってしまっていた。

 唯人ゆいと君と一緒にいたい! 唯人ゆいと君に幸せになってほしい!


 お父さんに似ている彼には絶対に幸せになってほしい!

 重すぎるとは分かっているが、そんな気持ちを彼に抱いてしまっていた。


「だから付き合うって言うのはとりあえず保留でよくない?」


 続けざまにそんな言葉が出てしまう。


 自分でも相当変なことを言っていると思う。


 唯人ゆいと君と付き合いたかったのは本当に本当だったけど、この状況はまるでお父さんとお母さんみたいだ。


 もしかしたら唯人ゆいと君と私は、お父さんとお母さんみたいになれるかもしれない。


「ねぇねぇ、明日学校終わったらデート行こ? 心春こはるちゃんは抜きだからね!」


 私自身はこれからのことに胸を弾ませていたのだが、唯人ゆいと君はとても申し訳なさそう顔をしている。


「ごめん……」

「うーん。そんなに言うなら何か別のご褒美もらおうかなぁ」


 なので少しだけ意地悪っぽくこんなことを言ってしまった。


「何がいいの?」

「Yシャツ!」


 こうして私は唯人ゆいと君のYシャツを、心春こはるちゃんに知られずにゲットできたのだった。


 えへへへ~。

 お父さんのいい匂いがしてだいしゅき~。


 ――大好きな人がいつまでも自分の傍にいてくれるとは限らない。

 だから私はずっと一緒にいられるように頑張るだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る