11. 娘、父に味噌汁を作る

 オフクロと再会を果たした次の日の朝。俺は中々ベッドから出られないでいた。


 つ、疲れた……。

 慣れ親しんだ実家に行っただけのはずなのに、昨日はくたくたになってしまった。


 後二十分くらいなら、寝ててもいいよな……。


 何歳いくつになっても朝はつらいのだ。

 まだ肉体的には高校生だけど。



ピンポーン



「……」


 布団でぬくぬくしていたらインターフォンが鳴った。

 い、嫌な予感がする。


唯人ゆいと君いますかー!?』


 こ、この声は琴乃ことのだ! 


 いますかー? じゃない!

 なんで琴乃ことのが朝からうちに来るんだ!?


 急いで布団から飛び出て、玄関に向かう。


「ど、どうしたの今日は!?」

「あっ、唯人ゆいと君! おはよー!」


 朝からまぶしぃいいい!

 琴乃ことのが弾けんばかりの笑顔で俺のことを待っていた。


「どうしたのって、昨日迎えに行くって言ったじゃん」

「遠いからいいって言ったような」

「大丈夫! 私、早起きは得意だから!」

「そういうことじゃなくて……」


 じゅ、純粋な好意だけでここに来たらしい。

 わざわざそんな無駄なことをしなくていいのに。


 昨日、あれほどオフクロに言ったのはなんだったのか……。


 男の家にわざわざ――。


「ぐふふふ~、よろしくお願いしますね湯井ゆいさん」

「……」


 ……うん。

 まだ寝ぼけているみたいだ。


 琴乃ことのの後ろにババアの妖怪が見えた。


「もう! おばあちゃんは出てこないでって言ったでしょう!」

「だって将来の息子の家くらいは知っておきたいじゃないか」


 だ か ら 俺 は お 前 の 息 子 な ん だ よ !


 まさかの保護者同伴で琴乃ことのがうちにやってきた。


「こ、これはこれはおばあちゃんまで……」

「この子の父親もね、朝は幼馴染が迎えに来てたんだけどね」

「は、はぁ……」

「今の湯井ゆいさんみたいに待たせてねぇ~」


 お、オフクロがまた余計なことを言い始めたぞ……。


「も、もしかしてその幼馴染って!」

「そう、あんたの母親だよ琴乃ことの

「きゃーーー!」


 一刻も早く玄関を閉めたい気分になってきた。

 前世の親からそんな話を……しかも娘がいる前で聞かされるとかどんな羞恥プレイだよ。


「と、とりあえず中へどうぞ……すぐ準備しますので」

「えっ!? お部屋に入れてくるの?」


 仕方がないので二人を部屋に入れることにする……。

 の母親は夜勤でいないし……。


「ぐふふふ~、朝からお盛んだね~」

「おばあちゃんはもう黙っててもらえますか!」


 色ボケババアについ強い言葉が出てしまった。反省はしていない。




※※※




 今日の四限目の授業は調理実習だった。


 俺と琴乃ことのは席が近いので同じグループだ。


 調理室に移動して、授業を行うことになる。


「えへへへ、唯人ゆいと君にご飯作ってあげられる~」

「ただの調理実習だからな!」


 うちの琴乃ことのちゃんが大いに浮かれてらっしゃる……。

 調理実習ごときでこんなにテンション上がってるの琴乃ことのだけ――。


「うぉおおおお! 俺のオリジナル料理が火を噴くぜ!」

「負けるかぁああ!」


 じゃなかった。

 男子たちも結構騒いでいる。


(懐かしいな)


 そう言えば、俺も昔はあんなんだったかも。


 調理実習って非日常感が出るもんなぁ。


「私、唯人ゆいと君に味噌汁作ってあげるからね!」

「ありがとう」


 今日の調理実習は味噌汁とご飯炊きとおかず数品という至ってシンプルなもの。

 中学校でもやるような内容だ。


「ま、また湯井ゆい君と古藤ことうさんがいちゃいちゃしてる……」

「あれはもう夫婦だって」


 クラスメイトのでっかいひそひそ話が聞こえてきた……泣きたい。




※※※




「はい! 唯人ゆいと君どうぞ!」


 作業も大体終え、実食の時間になった。

 ジャージの上にエプロンを着た琴乃ことのが真っ先に俺のところに味噌汁を持ってくる。


 もはや周りは俺たちに気を使って、誰も話しかけてこようとしない!


「早く飲んで! 早く飲んで!」


 言いたいことは沢山あるけど……。


「……っ!」


 鼻の奥がツンと痛くなってしまった。

 うぅ……まさか娘の手料理を食べることができるなんて……。


 俺が知っている琴乃ことのはまだ料理ができる年齢じゃなかったもんなぁ。



ずずっ



 一人で感極まりながら、お茶碗に口をつける。


「!?!?」


 ぐわぁああああ! しょっぺぇええええええ!


 味がとにかく濃い! 塩を直飲みしているようなしょっぱさだ! 

 味噌は!? 味噌はどこにいっちゃったの!?


 恐らく高血圧の人に飲ませたら即死に導けるだろう。

 多分、オフクロだったら死んでる。俺も若い体に転生してて良かったー!


「どう? 美味しい?」


 琴乃ことのが期待の眼差しを俺に向けてくる。


「お、美味しいよ!」


 でも本当に美味しい……。

 琴乃ことのが作ってくれたやつなら何でも美味しい。


「な、わけないでしょ!」


 琴乃ことのに声をかけてくる女子がいた。


 名前は……よく分からない。

 高校が始まってまだ一か月程度だからクラスメイトの名前を全然覚えてないや。


「ほら、水足して!」

「う、うん」

「人にあげる前は自分で味見をしてみる!」


 別のグループなのにその女子がてきぱきと琴乃ことのに指示をしている。


 へぇ~。


 あんまり友達と話しているところを見たときがなかったから、心配してたけど琴乃ことのにもそういう友達はいるんだ。


「しょっぱーーい!」

「だから――」


 あっ、琴乃ことのが自分で気づいてしまった。


「ゆ、唯人ゆいと君、今度は大丈夫だと思うから……」

「うん」

「さっきのは美味しくなかったでしょう? ごめんね気を使わせちゃって」

「そんなことないよ、琴乃ことのに作ってもらったやつなら何でも美味しいから」

「ふぇ!?」


 俺は本心からの言葉だったのだが、琴乃ことのからは変な声が出た。

 早速、新しく出されたお茶碗に口をつけてみる。



ずずっ



「……!?」

「こ、今度はどう?」

「美味しい。本当に美味しいよ」


 さ、さっきと全然違う! それにこの味は――。


「ゆ、唯人ゆいと君!?」


 急に胸が痛くなる。味噌汁の味で、沢山の思い出が蘇ってきてしまった。


 あいつも昔はこうして……同棲したときも……オフクロに作り方を習っていた時も……。


「ぐすっ……」


 いつの間にか頬には涙が伝わってしまっていた。


 だってこの味は――。


「そんなに泣いてくれるほど美味しかったの!?」

「うん……」

「良かったぁ!」


 ――琴乃ことのの母親の味にそっくりだった。


 俺の言葉に琴乃ことのが照れくさそうに笑っている。

 

「うん……うん……。毎日飲みたいくらい美味しいよ」

「えっ!? そ、それってプロポ――」


 琴乃ことのの何かを言いかけたとき……。


「うわぁあああ! 湯井ゆい古藤ことうの味噌汁を飲んで泣いてる!?」

「ちょっとーー! 二人だけの空間作りすぎじゃない!?」


 クラスメイトが俺の様子を見てざわめき出していた。


 この日、俺は同級生の味噌汁を飲んで泣いた男として伝説を残すことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る