10. オフクロ、それ俺の仏壇なんよ

 琴乃ことののおばあちゃんに誘われて、琴乃ことのの家にやってきた。


 懐かしいなぁ。


 特に散らかっている様子はなかったが、琴乃ことのが裏で何かをバタバタやっている。


「あぁーもう! 唯人ゆいと君が来るって知ってたらちゃんとしてたのに! おばあちゃんの馬鹿ぁ!!」

「はいはい」


 オフクロが俺にお茶を持ってきた。


「ごめんなさいね。バタバタした子で」

「いえ……」


 つい周りを見渡してしまう。


 この家はあまり変わってないなぁ。

 俺がつけた柱の傷とかいまだにあるし。


「賑やかな子でしょう。湯井ゆいさんに迷惑かけていませんか」

「そんなことないですよ。毎日楽しくさせてもらってます」


 オフクロに他人行儀な話し方は慣れないな……。

 居心地が悪いので早く要件を伝えてしまおう。


「それでお母さん! 琴乃ことのさんのことで大切な話があるのですが!」

「おやおや、もう私のことをお母さんかい」


 ぐふふふとオフクロが笑っている。


 なに笑ってんだ馬鹿野郎ッ!

 もうどころかお前が本当に俺のオカンなんだぞ!


「……琴乃ことのさんのおばあちゃんに言っておきたいことが」


 そうは思いつつも、気を取り直して、オフクロもとい琴乃ことののおばあちゃんに声をかける。


「アハッ! アハハハハ! アーハッハハハハ!!」


 急にうちのオフクロが爆笑しはじめた。


「な、何かありました!?」

「いやいや、ごめんね。うちのせがれに似てたから!」

「はぁ?」

「うちのせがれもね、結婚するときそんな風にいきなり言ってきたなぁと思って!」


「その話、私も聞きたい!!」


 私服にばっちり着替えた琴乃ことのがやってきた。

 今日はちゃんとロングスカートを履いている。


「なんだい琴乃ことの、これから出かけるのかい?」

唯人ゆいと君がいるのに変な格好できないでしょ!」

「いつもは父親のだぶだぶのパーカー着てるくせに。あんなに胸元がゆるゆるなの着ているくせに」

「今わざわざそんなこと言わなくてもいいでしょ!」


 ぎゃいぎゃいとオフクロと琴乃ことのが騒いでいる。


 仲いいんだなぁ。

 まるで本当の親子みたいだ。


 微笑ましくて思わずほっこりしてしまう。


「ところであんたらはいつ結婚するんだい?」

「げほっ! げほっげほっ!」


 全然ほっこりできなかった!

 飲んでいたお茶でむせってしまった。


「この子の親はね。琴乃ことのができたから結婚したんだよ。それで随分苦労したからねぇ。あんたらはちゃんと計画的にやらないとダメだからね」


 ク、クソババアめぇえええええ!

 琴乃ことのになんちゅーことを話してるんだ!


「計画的にってなんのこと?」

「そりゃ子供ができるようなことだよ」


 余計なところに琴乃ことのが食いつき、余計なことをオフクロが教える。


「こ、子供ができるようなこと!?」


 何かを想像して琴乃ことのの頭からプシュ―と煙が噴き出す。


「こ、琴乃ことのさんのおばあちゃん! 冗談はその辺に!」

「冗談なものかい! ちゃんと避妊をするのが男の務めだからね! もしお金がないなら私が小遣いをあげるからそのときはちゃんと言うんだよ!」


 言えるかボケぇええええ!

 どの顔して、親に「避妊するためのお金がないからお小遣いください」なんて言えるんだ!


 そもそも俺と琴乃ことのにそんなものは必要ない!


 琴乃ことのにそういうこと言うのは絶ッッッ対にやめてほしい!

 

琴乃ことのもおいそれとオッケーしちゃ駄目だからね」

「う、うん。け、けどわたしはやぶさかではないというか……」


 ※やぶさかではない。

 本来は喜んで物事をするという意味です。仕方なく何かをするという意味ではありません。


 使い方が間違ってますよ、琴乃ことのさん。

 

「お、おお俺と琴乃ことのはまだそういう関係では……!」

「まだってことはその気はあるんだね!」


 う、うぜぇええええええええ!!


 ああ言えばこう言う!

 こう言えばああ言う!

 なんやかんやとこじつける!


 うちのオフクロはそういう人だった!


「ゲフンゲフン! それでその大切な琴乃ことのさんの話なんですが……」

「ん? どうしたんだい急に真面目な顔をして」


 このめちゃくちゃにされた場は、俺がキッチリ仕切りなおすしかない。


 できるだけ冷静に、それでいて真剣にを見つめる。


「いきなり真剣な話で申し訳ないんですが、琴乃ことのさんのことで心配なことがあるんです」

「……どうしたんだい?」


 俺の真剣さに気圧けおされて、オフクロの表情からは笑みが消えた。


琴乃ことのさんは、本当に純粋で素直で良い子なんだと思います。ただ……ここ数日を一緒に過ごして分かったんですが、だからこそ色んな悪い人に騙される可能性があるなぁと思いました」

「……」


 琴乃ことのは俺たちのことをおどおどしながら見守っていた。


「だから! 俺たちで琴乃ことのさんのことは守ってあげないといけないと思うんです! おばあちゃんにもそのことを言っておきたくて! もし琴乃ことのが危ないことしそうになったら叱ってあげてほしいんです!」


 素直に思ったことを口にした。


 オフクロが無表情で俺の言葉を聞いている。

 さっきまでとは一転、ピリッとした緊張感が部屋に走った。


「どうして他人の貴方あなたがそこまで琴乃ことののことを心配するんだい? 琴乃ことの貴方あなたの一体なんなんだい?」

琴乃ことのは俺の一番大切な人です。自分よりも大切な人なんです!」


 俺はオフクロの問いに即答した。


 ボンっ! と何かが爆発するように、琴乃ことのの顔は一瞬で真っ赤になった!

 

「それは本気で言ってるのかい?」

「本気ですよ! こんなこと冗談で言うわけないじゃないですか!」

「……」


 俺は力強くオフクロにそう答えた。


 オフクロが神妙な面持ちでうんうんと頷いてる。


 ……オフクロはそのままの表情で場所に移動した。


 慣れ親しんだ家だが、俺の最も知らない場所。

 この家で最も変わってしまったところ。


 ――居間には俺の仏壇があった。



チーン



 オフクロが俺の仏壇に線香をあげている。


「良かったねあんた。琴乃ことのにも父親のあんたと同じことを言ってくれる人ができたよ」


 ばあさんや。

 ばあさんや。


 あんたが線香あげてるやつが今、目の前にいるんですよ。

 ちなみに“あんたと同じこと言う人”も、何を隠そう同じ人なんですよ。


琴乃ことの湯井ゆい君を大切にしてあげなさい。こんな風に他人に愛してもらえるって中々ないんだからね」

「うん!」


 た、多分だけどこの人たちの言ってる愛の定義が少しだけ違う気がする……。


 しかし、こうなるとは分かっていたが、今のオフクロの動きで気づかされてしまった。


 ――実は、オフクロと湯井ゆい唯人ゆいととしての俺が会うとき、一つだけ期待していたことがある。 


 やっぱり実の親といえど、ドラマみたいにはいかないよなぁ。

 琴乃ことのと俺だってそうなんだから。


「ふふふ、私もあと何年か若かったら湯井ゆい君みたいな男と付き合いたかったねぇ」

「え゛ぇ゛っ!?」


 おぇぇえええええ!

 オフクロが飛びっきり気色の悪いことを言ってきた!!

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