23. 前世の実家とゆかりの三人! 前編

湯井ゆい君、今なんて……?」

「え?」

「な、何でもない! 私の聞き間違いだったかも」


 木幡こはたが、何やらぎゃいぎゃい騒いでいるが全然頭に入ってこない。


 人生最大のやらかしを前にして、木幡こはた戯言ざれごとなど、水洗便所に流れていくトイレットペーパーのようなものだ。


(どうする……! あれは勘違いだと言うしかない! でも――)


 琴乃ことのの幸せそうな顔が目に浮かんでしまう……。

 それを言ってしまうと、必ず琴乃ことのが悲しむことになってしまう。


 今までつらい思いをしてきた琴乃ことのにそんな思いは絶対にさせたくない。


(どうすれば、どうすればいい?)


 亡き妻にそんな問いかけをするが、当然答えが返ってくるわけがない。

 こんなところをあいつに見られたらお説教どころではないはずだ!


「さっきも言ったけど、そんなに悩まないで付き合っちゃえばいいのよ! 悔しいけど私があなたに色々教えてあげるから!」


 う、うぜぇ……!

 亡き妻に問いかけたはずなのに、木幡こはたから言葉が返ってきてしまった。


唯人ゆいと君! お待たせー! ってあれ? なんで心春こはるちゃんがまだいるの?」

「前にことちゃんちに遊びに行きたいって言ってたじゃんかぁ!」

「むー」


 琴乃ことのが訝し気に木幡こはたを見る。


「おやおや、みんなで来てたのかい」


 オフクロが登場した。

 ニマニマと嫌な笑みをこちらに浮かべている。


「じゃあみんなに入ってもらいなさい。お菓子でも食べていってね」

「は、はい!!」


 何故か木幡こはたが一番元気よく返事をしていた。




※※※




「お茶でいいかい? コーヒーにするかい?」

「あっ、お義母さん! 私も手伝います!」

「?」


 木幡こはたが今日も不可解な行動をしている。

 お母さんと呼ばれ、オフクロから飛びっきりのクエスチョンマークがでていた。


 年上の人を呼ぶときに、全員がお母さんとかお父さんになってしまうあの現象だろうか……。


 あまり高校生が年上の人をそういう呼び方をすることはないと思うのだが。


「えへへへ~。唯人ゆいと君」


 琴乃ことのが俺のすぐ近くに腰を下ろしてきた。

 体と体がピッタリと密着してしまうような距離感だ!


「あそこにお父さんとお母さんがいるんだよ」


 琴乃ことのが俺の仏壇を指を差す。

 いやお前のオトンは、今まさに隣にいるんだけどね……。


「お父さん、お母さん、私にも彼氏ができたよ」


 琴乃ことのが仏壇に両手を合わせる。


 琴乃ことのと付き合ったことをに報告している。


 い、今以上に時空の歪みを感じたときはない……!


「おばあちゃんがよく言うんだ。他の人に起きたことは自分にも起きるかもしれないって」

「ふーん……」

「えへへへ。幸せな家庭を作ろうね」

「どういうこと!? ってか早いって! めちゃくちゃ早いって!」


 文脈が意味不明すぎる!

 確かに俺はお前と幸せな家庭を作りたいけど、意味があまりにも違いすぎる!


「あらあらラブラブだねぇ」


 うちのオフクロと木幡こはたがお茶を持って居間にやってきた。

 ラブラブとか余計なことを口走りやがって……。


木幡こはたさんは随分手際がいいのねー」

「はい! 昔、色々教えてもらったので!」


 木幡こはたがオフクロと話している。


(……?)


 どうしたんだろう。

 心なしか木幡こはたの表情がいつもより硬いような気がする。


「仏壇の話をしてたのかい?」

「え、えぇ……」


 オフクロが俺たちが話していた仏壇に視線を向けた。


「私、お線香をあげてもいいですか?」

「どうぞ、どうぞ。ありがとうね」


 木幡こはたがオフクロにそう尋ねると、神妙な面持ちで仏壇に向かっていった。



チーン



 木幡こはたが静かに手を合わせている。


「……」


 目を閉じて、しばらくそうしていた。

 こんなに真剣な表情の木幡こはたを初めて見てしまった。


「本当にね。こんな可愛い子を残して逝っちまうなんて二人とも本当に大馬鹿ものだよ」


「「ぐっ……!」」


 オフクロの言葉に、何故か木幡こはたと声がダブる。 


「折角、娘が初めて彼氏を連れてきたというのに!」


 あ゛ぁああああああああああああああ!


 オフクロに言われると、尚ダメージででかい!

 頼むオフクロ! 前世の絆でも何でもいいから俺のことを助けてくれ!


「これで湯井ゆい君も私の息子みたいなものだからね!」


 既にお前の息子なんだわーーーー!

 寝ぼけてんじゃねぇぞクソババアぁあああ!


「わ、私も湯井ゆい君のことは自分の息子だと思ってサポートするので!」


 木幡こはたが何故かオフクロに続く!


「あらあら木幡こはたちゃん! これからも二人のこと宜しくね!」

「はい! お義母さん!」


 わ、わけが分からん! 

 木幡こはたに至っては、行動と言動がはちゃめちゃすぎて大混乱だ!


「それにしても琴乃ことのが彼氏を連れてくるなんてねぇ。お父さんが好きすぎて、彼氏できるか心配だったくらいなのに」

「えへへへ。唯人ゆいと君ってね、お父さんにすっごく似てるんだよ!」

湯井ゆい君が? へぇ~」


 琴乃ことのがそんなことを言うと、オフクロが俺の顔をまじまじと見つめる。


「うーん、うちの息子の方が賢そうな顔してた気がするねぇ」


 も、耄碌もうろくババアめ……。今見てる顔がお前の息子の顔なんだよ!


「はい! 私もそう思います!」


 何故か木幡こはたもオフクロに続く!

 だからお前はなんなんだ!


「えへへへ~」


 琴乃ことのが楽しそうに笑っている。


「……」

「おやおや、何だか浮かない顔をしているねぇ」


 オフクロが真剣な眼差しで俺を見つめてきた。


「い、いえ……」

「心配なのかい?」

「えっ」


 お、オフクロぉ……。

 俺の気持ちを分かってくれたのか? さすが前世の俺の母親……。


 そうなんだよ、娘と付き合うわけにはいかな――。


「お金がないときは必ず言うんだよ。アレを買う時に困っちゃうからね」


 前言撤回だ! クソババアーーー!

 今すぐその口を縫い付けてやろうか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る