7. お父さんとの手の繋ぎ方

琴乃ことの

「どうしたの唯人ゆいと君? 急に立ち止まって」

「ほら」


 琴乃ことのに右手を差し伸べた。


「危なっかしくて見ていられないから」

「えっ?」


 俺の差し出した手を琴乃ことのがまじまじと見つめている。


「こ、これって……?」

「ほら、早く手を出せって」


 琴乃ことのが、恐る恐る俺の手を握ってきた。

 琴乃ことのの手は何故か小刻みに震えていた。


「これで変な虫は寄ってこないだろ」

「う、うん」


 俺は琴乃ことのの手を優しく握り返した。


「ゆ、唯人ゆいと君、何かこういうの慣れてない!?」

「慣れてないよ。(大きくなった娘と)手を繋ぐのなんか初めてだし」

「そ、そうなの!?」

「そうだよ。手、汗かいてるけど大丈夫か?」

「わわっ!! ご、ごめん!! 何だか今日はずっとドキドキしちゃってて……」

「ドキドキ?」

「う、うん。唯人ゆいと君はドキドキしないの? 私ばっかりドキドキしているみたいでズルいよ……」

「そんなことないよ。(心配で)ずっとドキドキしっぱなしだよ」

「えっ? 唯人ゆいと君もそうなの?」

「そうだけど……」

「えへ、えへへ」


 琴乃ことのが満足そうな顔を浮かべる。

 これで少しは安心かな。こうすれば琴乃ことのとはぐれることもないだろうし。


 ふいに琴乃ことのが握っていた手を段々と指を絡める形にしてきた。


「お、おい! この繋ぎ方は……」

唯人ゆいと君の手って大きいよね。昔もね、お父さんにこうやって手を繋いでもらってたんだ」

「こんな繋ぎ方してな――」

「え?」

「な、なんでもない!!」


 しまった!

 動揺して余計なことを言うところだった。


「ほら! 唯人ゆいと君行こ! ギャラクシーメガファイトが待ってるよ!!」


 琴乃ことのが繋いだ手をぶんぶんと振って歩き始めた。


 ギャラクシーメガファイトってこういう手の繋ぎ方をする人たちが見に行く映画じゃないと思うんだけど……。


 楽しそうな琴乃ことのを横目に、そんなことを思わずにはいられない。


(……)


 折角、楽しそうにしているんだから繋ぎ方がどうこう言うのは今日はやめておいてやるか。


 


※※※




 やはりチケット売り場は家族連れが多かった。


 そりゃそうだ。

 だって、バリバリの男の子向けのアニメだし。


 男子高校生が友達同士で一緒に来ているようなのは散見するが、俺たちのような高校生カップル的なのは一人もいなかった。


 いや、俺たちも家族連れではあるんだけどな!!


「えへへへ。楽しみだなぁ」

琴乃ことのってなんでそんなにギャラクシーメガファイト好きなの? 女の子なのに珍しくない?」

「そう? うーん、そうだなぁ。あえて言うなら死んだお父さんが好きだったからかなぁ」

「そ、そうだったんだ……」

「うん! 凄く好きだったみたい! 私がまだ子供の頃にね、お父さんが私にギャラクシーメガファイトのコスチューム着せて、お母さんに怒られてたみたい」


 けらけらと琴乃ことのが楽しそうに笑っている。


「お父さんの遺品に沢山漫画があったから、なんとなく見てるうちに好きになっちゃったんだ」

「なるほど……」


 お、オフクロめ……!

 俺の秘蔵の漫画コレクションを捨てていなかったのか!


 中には琴乃ことのに見られたくないやつもあるのに!!


「お父さんね。結構エッチなやつが好きだったみたい」


 ぎゃぁああああああ!!


 見てた! 普通に見られていた!


 前世の俺は、エッチなラブコメを沢山持っていた。

 中にはとても琴乃ことのには見せられないような過激なものもある。


 まさかそれを娘に見られていたとは……。


 この期に及んで前世の俺への死体蹴りはやめてほしい!


「多分ね、お父さんって黒髪のおっぱい小さいキャラが好きだったと思う」

「あ゛ぁあああああああああ!!!」


 実の娘に好きなキャラの属性がバレた!

 地獄だ! ご近所に転生したと思ったら地獄に転生していた!


「どうしたの唯人ゆいとくん? 急に大声出して?」

「お、お父さんも知られたくないことはあると思うから……!!」

「そう? 面白いやつばっかりだったのに」


 俺の言葉にあっけからんと琴乃ことのが答えた。

 こっちはとてもじゃないかあっけらかんとしている気分にはならない。


「ふふふ、何だかね。唯人ゆいとくんと話してると、お父さんが生きてたらそういう反応するのかなって思うときがあるんだ」

「多分同じ反応するだろうなァーー!!」

「でしょでしょ!!」


 絶望的に何かが嚙み合ってなかったが、琴乃ことのが楽しそうにしているので今は良しとするか……。


 俺は、前世の自分を生贄にして今の琴乃ことのの笑顔を手に入れたのだ。


 パソコンは……パソコンは無事だろうな……!


 映画よりも別のところが気になり始めてしまった。




※※※




「「めちゃくちゃ良かった……」」


 語彙力消失。

 二時間の映画を見終わり、琴乃ことのと映画の余韻に浸っていた。


 さすがギャラクシーメガファイト……。

 俺たちの見たいものにしっかり答えてくれた。


 俺が死んでいた間もコンテンツとしては随分展開していたようだ。

 俺が知らないキャラクターがいっぱいいたが、それでも十二分に楽しむことができた。


 特に最後に初代オープニングが流れたときは、不覚にも涙腺にくるものがあった。


「まさか、最後にあのキャラクターが活躍するとは思わなかったね!」

「あぁ! すごく良かったな!」


 帰り道、琴乃ことのとさっきまで見ていた映画の会話に花を咲かせる。

 ここにあいつもいたらなぁ……もっと楽しかったに違いないのに。


 ちなみにずっと手は繋ぎっぱなしだった。


 映画自体は最高に良かったのだが、手を繋ぎながら見るような映画ではないとは何度でも言おう。


「ふふふ、何だか楽しい時間はあっという間だね」


 映画を見た後は、そのまま電車に乗って帰ってきた。


 そのまま普通に帰路につき、もう少しで琴乃ことのの家に着いてしまうところだった。


「そういえばお腹すいたね。痴漢騒動とかあったからお昼何も食べてなかったよね」

「そうだなぁ……」


 時間は既に夜の七時前になっていた。

 普通のデートならここでご飯にでも誘うのが鉄板なのだろうが……。


「もう遅くなっちゃうからこのまま家に帰ろうか」

「えー、もうちょっと唯人ゆいとくんと一緒にいたいなぁ」

「ダメだって。おばあちゃんが心配するでしょ」

「そ、それはそうなんだけど……」

「こんなのまた何度だってできるでしょ」


 俺がそう声をかけると、琴乃ことのの顔がみるみるうちに明るくなっていく。


「また遊んでくれるの!?」

「そりゃあ」


 俺がそう言うと、琴乃ことのは繋いでいた手を組み替えて、そのまま小指と小指で指切りげんまんの形にする。


「絶対だよ! 約束だからね!」

「分かってるって」

「今度お父さんの漫画も貸してあげるから!」

「そ、それは大丈夫!」

「遠慮しないでよ!」


 そんな話をしていたらもう琴乃ことのの家の前に着いてしまった。


(懐かしいなぁ。外観は全然変わってないや)


 最寄りの駅の外観は随分変わってしまったが、俺の実家は俺が死んだ後も特に変わってはいないようだった。


 そのことが嬉しくて仕方がない。

 

「――じゃ俺はここで」


 いつまでも感傷に浸っていられそうだったので、琴乃ことのにそう言って今日は帰ることにする。


「ゆ、唯人ゆいと君、ちょっと待って!」 


 そのまま帰ろうとすると、急に琴乃ことのが呼び止めてきた。

 何か言いづらそうに手をもじもじしている。


「どうしたの?」

「じ、実はお願いがあるんだけど……」

「お願い?」

「あの、その……。わ、私と携帯の番号交換してくれませんか?」


 えっ、今?

 順序がごちゃごちゃすぎて、お父さんは大混乱です。

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