1. ご近所転生!

「お父さんだーい好き! 琴乃ことのね、将来はお父さんと結婚する!」


「ダメよ! お父さんはお母さんと結婚してるんだから!」


「えー! じゃあお母さんとお父さん別れさせる!」


「ど、どこでそういう言葉覚えてくるのかしら……?」


「お母さんとはだから、お母さんは嫌い!」


「も、もう仕方ないわねぇ……。ほら、あなたも笑ってないで琴乃ことのに何か言ってちょうだい!」




●●● 




 世の中には、自分で思っているよりもずっと不思議なことがある。

 

 転生、生まれ変わり、前世の記憶を持って生まれてくる……。


 昔の俺はそんな話を聞いても半信半疑だったが、いざ自分が同じ場所に立たされれば、否応いやおうなしにそれが事実であると分からされてしまう。


 ――そう、俺には前世の記憶があるのだ!


 中堅の大学を出て、普通の中小企業に就職。


 その後、幼馴染だった彼女と結婚し一児をもうけた。


 子供の名前は“琴乃ことの


 琴のように綺麗な純粋な子に育ってほしいと、妻と一生懸命に考えてつけた名前だ。


 部屋も狭いアパートだったし、経済的にもつらい生活だったが、それが何の苦にもならなかった。



 最愛の妻と、最愛の娘がいてくれる――それだけで俺は幸せだった。




※※※




 東京から新幹線で一時間。

 都会とも田舎とも言えない地方の都市に俺たちは住んでいる。


 湯井ゆい唯人ゆいと 十五歳の高校一年生。


 これが今の俺の名前だ。


 幼いころから、前世の記憶があったわけではない。


 というのも、前世のことを思い出したのはほんの数日前だったからだ。


 つらい受験を終えて、念願の高校入学をした……のだと思う。


 俺は前世の記憶を思い出すと同時に、湯井ゆい唯人ゆいととしての記憶があやふやになってしまっていた。


 湯井ゆい唯人ゆいと

 母子家庭の長男。

 成績は普通で、部活は特に何もやっていない。

 親しい友人はいないが、友人がいないわけではない。


 そういう基本情報は思い出せるのだが、前世の記憶を思い出した弊害か、記憶の一部があやふやになってしまっているところがある。


 思い出せないものを考えても仕方がないので、そのことを今は深く考えないようにしている。


 そんなことでいいのかと、能天気すぎるんじゃないかと、他の人は思うかもしれない。


 だがっ!

 こっちはそれどころではないのだ!!


 そんなことよりも、由々ゆゆしき事態が発生しているからだ!!


湯井ゆいくん、プリント」

「……どうも」


 前の席の女子が、俺にプリントを回してきた。


 この女子の名前は“古藤ことう琴乃ことの


 俺の前世の娘だ!!!


 何の因果か分からないが、俺は娘と同級生になってしまっていたのだ!!


 しかもこの高校は前世の俺が通っていた母校。

 俺はなんと! ご近所に転生してしまっていたのだ!


 こんなことってある?

 いやあるからこうしてるんだろうけど……。


 ――本当に美人になった。


 妻に似た大きな目はそのままに、俺から受け継がれてしまったくせっ毛も綺麗にまとめている。


 今日は黒い髪を可愛らしくサイドポニーにしている。これは妻がよくしていた髪型だ。


 本当に昔の妻と似てきたなぁ……。

 そんなことを考えるだけで目頭に熱くなるものを感じる。


古藤ことうさんって今どこに住んでるの?」


 プリントを渡されたついでに琴乃ことのに声をかけてみる。


「近くのおばあちゃんちだけど? うち親いないから」


 そっか、うちのオフクロが琴乃ことののことを引き取ってくれていたのか。 

 だったら、あんまり寂しい思いはしてなかったのかな。


「ていうかいきなり何?」

「ごめん、何でもないよ」


 琴乃ことのは冷たい表情で俺にそう告げる。


 あまり話した時のない同級生にそんなことを聞かれたら、そういう反応にもなるか……。


 他にも沢山聞きたい気持ちがあったが、ぐっと抑えることにした。


 だって今の俺は古藤ことう琴乃ことのの親ではなく、古藤ことう琴乃ことののただの同級生なのだから。




※※※




「最近ニュースでもやってますが、不審者による声かけ事件が隣町で起きています。皆さんもなるべく複数人で帰るように気を付けてください」


 げげぇ!

 

 この声は俺が前世のときにも担任だったキタハラだ! 何が悲しくてこいつの生徒を二周もやらなければならないのか!


 ご近所に転生したということは、こうして前世の知り合いにも会ってしまう可能性があるというわけか……。


 それにしても不審者かぁ。しばらく俺が死んでいる間に、この辺りも物騒になったものだ。


(大丈夫かなぁ)


 前の席の子をじっと見つめる。


 琴乃ことののことも心配だし、一目ひとめうちの実家がどうなっているかも見てみたい……。


 よーし! 

 今日から帰りは、琴乃ことのがちゃんと家に帰れるか見守ることにしよう!


 親の過保護だと思われたくないが、それくらいならいいよな……?




※※※




 ストーカーではない。


 決して、琴乃ことののあとをけているわけではない!


 これはアレだ! 初めてのおつかいを見守る親の心境だ!


 前を歩く琴乃ことのに気付かれないよう距離を取りながら実家への道を歩く。


「この辺は変わってないなぁ」


 俺が死んでから十年くらいだろうか。この辺りの景色は全然変わってな――。


「ん?」


 大きめの配送車らしきものが不自然に路駐してあるのが目に入った。会社のロゴが入っていないので、宅配の車というわけでもなさそうだ。


 外観がピンクに装飾されていて、とてもいかがわしい雰囲気がする。


 というか、えっちなビデオに出てくるアレに似ているような気がする。


「なんか怪しいなぁ。ああいう車でそういう撮影とかあるらしいし――」



「ねぇねぇ、お姉ちゃん。ちょっとお話しない?」



「はぁあああ!?」


 思わず変な声が出てしまった。

 そんなことを考えていたら、早速ナンパしているやつがいた!!


「あいつら! 人の娘に何してんだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る