第26話 結界

カメラは高い位置からドーム状の結界を見下ろしている。

ドーム状の結界は倒壊した巨大な塔の内部にあり、結界の上には瓦礫が山となって積もっていた。


その瓦礫の上には複数の人影が見える。彼らはそろいの戦闘服とヘルメットを着用しているが、その中に一人の少年が混ざっていた。


少年は折り重なった瓦礫の一番上から順番に瓦礫を撤去している。

周りの兵士たちも撤去作業を手伝っているが、彼ほど効率的ではなかった。


それぞれ万が一に備えて命綱を付けているが、固定に使えるのは少し離れた場所の瓦礫しかない。もし雪崩のように一気に崩れたら、彼らは100メートル下の地面まで瓦礫と共に滑り落ちることになるだろう。


彼らの顔は真剣で、汗が滴っている。



カメラはしばらくの間彼らの作業風景を映し出していたが、ズームアップして少年にフォーカスする。


少年は一番下の瓦礫にたどり着いたようだった。


その瓦礫は一辺が5メートルほどもある大きなものだ。彼は手を添えて、スキルを発動する。

すると、瓦礫はゆっくりと沈み込んでいった。


岩が擦れて軋む音があたり一帯に響く。


それまで騒がしく作業していた兵士たちの動きは止まり、彼らの視線が少年に集まる。

不気味な音が響き渡る一方で、兵士たちは一切の音を出さずに作業の手は完全に止まっていた。



少年は驚いた表情で瓦礫を見つめている。何とか浮かばせようと、さらにスキルを使う。

しかし、スキルを使うほどに瓦礫が沈んでいく。


少年は自身のスキルでは落下を止められないことに気づいたようで、彼の顔に焦りと恐怖が浮かぶ。


カメラはワイドショットに戻って、周囲の兵士たちの様子を映す。


ドローンを操作している人物がいるらしくカメラの映像は目まぐるしく変わった。

異常に気付いた操縦者が何とか事態を把握しようとしているようだ。


少年の周囲にいた兵士たちは未だに驚きと混乱で固まっている。

チームリーダーと思われる兵士は少年に声を掛け、まわりの兵士にも指示を出しているが動けている人間は少ない。


一人の兵士が叫び声を上げて逃げ出す。

つられて他の兵士も勝手に持ち場から離れて瓦礫の上を這うように駆け出す。

不安定に積み重ねられた瓦礫が崩れて大きな音を立てる。

さらに場は騒然として、叫び逃げ惑う兵士たちがさらに危険な状況を作り出してゆく。

積み重なった瓦礫の一部が崩れて、兵士たちを巻き込みながら滑り落ちていった。


ドローンのカメラはその様子を冷酷に映していた。兵士たちの叫び声や泣き声が聞こえてくる。

「助けてくれ!」「誰か助けて!」「死にたくない!」彼らは瓦礫に押しつぶされながら下に落ちていった。彼らの命綱は切れて無惨にぶら下がっている。


リーダーは別のチームにも連絡しようとするが、まわりの混乱で話がうまく伝わらない。彼は声を張り上げて無線機に向けて何度も繰り返し叫んでいる。


その場に残った兵士たちが少年に向かって指示や忠告をするが、届かない。


「坊や! もういいから早く戻っておいで!」


「そのままじゃ死ぬぞ! クソガキ」


「それ以上スキルを使うのをやめろ!」


さらに兵士の一人が叫ぶ。


「このまま瓦礫が落ちれば下の神殿が押し潰されるぞ!!!」


神殿という言葉に少年は一瞬何かを迷ったような素振りを見せるが、自身の命綱を外して今にも落下しそうな瓦礫の方に固定する。


カメラは別のドローンに切り替わって少年と瓦礫を映す。


複数のドローンが少年に近づき牽引ワイヤーを垂らしていた。

しかし少年はそのワイヤーを自分ではなく瓦礫に固定してしまう。

当然そんなことで巨大な瓦礫が持ちあがることはない。

瓦礫と少年がさらに結界の中に沈み込む。


少年を助けようとする兵士もいたが、周りの兵士が力づくで止めた。


巨大な瓦礫は少年とドローンを巻き込んで結界をすり抜け、落ちていく。

そして少年の姿は完全に見えなくなった。


カメラは結界の穴が閉じてゆく様を映した。

瓦礫と少年が落ちた後、何事もなかったかのように結界は侵入者を拒んでいた。

兵士たちは呆然として、結界を見つめている。彼らは少年に向かって叫ぶが、返事はない。


ただ一台のドローンだけが、中途半端に結界に引っかかったまま取り残されていた。


映像はそこで途切れる。

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