第22話 帰還

ドローンのカメラは暗闇の中で揺れながら、少年の姿を映し出す。


少年の周りには血痕が散らばっていた。

彼は男性兵士の肩を揺さぶり、頬を叩いている。


「大丈夫ですか!? お願いです。起きてください!」


少年の声は震えていた。彼は男性兵士に必死に呼びかけている。

男性兵士はぼんやりと目を開け、頭を抱えて苦しそうに呻く。


「なんだ…? ここはどこだ?」


男性兵士はあたりを見渡す。


「よかった、意識が戻った! あの、体は大丈夫ですか?」


少年は安堵の表情を浮かべた。男性兵士は頭を掻いて、苦笑する。


「ああ、大丈夫だ。あのモンスターに吹き飛ばされて気を失ったのか」


画面の端には巨大なモンスターの死体が映っている。


カメラは女性兵士の姿を捉える。彼女は銃を構えて周囲を警戒していた。


「こちらは大丈夫だね。モンスターはいないみたいだよ」


女性兵士は男性兵士に近づき、怒ったように言った。


「まったく。死んだかと思ったよ」


男性兵士は苦笑いする。


「悪りぃな。でも、結果的に助かっただろ。俺様に感謝しな」


女性兵士は彼の頭を叩く。


「バカ言ってないで、早く立ちな。ここに居座ってる暇はないよ」



ドローンの暗視カメラは闇の中に潜むモンスターの姿を捉えた。


「バンディット・イン・レンジ、ベアリング・120、レンジ150ヤード。

エンゲージ・ディフェンシブ、ガンズ・ファイア」


激しい銃撃音。モンスターは悲鳴を上げて倒れる。

しかし、モンスターは数を増すばかりで、どれほど倒しても一向に減る気配がない。

彼らは皆、息を荒げている。


「くそっ、まだ追ってくるか?」


男性兵士が尋ねた。

少年はドローンのコントロールパネルを見ながら地図を確認している。


「はい。まだ距離はあるけど、すぐに追いつかれると思う……」


「大丈夫、逃げ切れるさ。避難キャンプまで、もうすぐだよ」


女性兵士が言った。


「でも、あの、ドローンの弾薬残量が5%を切ってます」


少年が震える声で報告する。

男性兵士も弾薬の残量を確認する。


「こっちは残りマガジン二つだ」


「あたしは一つだね。

みんな、急いで! とにかく、この場所からはすぐに離れるよ!」


女性兵士が厳しい口調で命令する。


「クソッ、この残弾じゃ、もう、まともに戦うことは出来ねぇ。ここからは隠れて逃げ回る。そして少しでも避難キャンプに近づく。そうすれば、きっと仲間が気付いて助けに来るはずだ」


彼らの足音は速くなり、さらに息は荒くなった。女性兵士が冷静な声で指示を出す。


「今すぐそこを左に曲がれ!」


突如、カメラが揺れ、蟲型モンスターの羽音と銃撃音が響く。

視点が乱れるが、ドローンはすぐに機体を安定させた。


少年たちは必死に逃げているが、モンスターの数はますます増えてゆく。


「ときどき、モンスターの中にすげぇ気持ち悪いのがいるな。何だあれ?」


「そんなの、あたしが知るわけないだろ。とにかくぶっ殺せばいいんだよ!」


「そりゃそうだが……。だが、あれもダンジョン変異の影響のひとつなら、あまりいい感じはしねぇな……」



言葉だけではなく、彼らは走るのを止めて慎重に進んでいた。

暗闇の奥から異様な音が聞こえてくる。

這いずるような影が徐々に現れ、彼らは新たなモンスターと遭遇した。



そのモンスターは人間よりもはるかに大きく、鋭い牙と爪を持っていた。

モンスターは低く唸りながら、ゆっくりと近づいてくる。

それは複数のモンスターが混ざったような姿をしており、肌は肉色で骨が透けて見えた。


彼らは銃を構えて応戦する。しかし、弾丸はモンスターの外骨皮を貫かなかった。


「くそっ、硬い!」


少年は恐怖に震えて後ろに下がる。彼は泣きそうな声で言った。


「さらに、奥からもモンスターの反応が多数です! ど、どうしよう。もう、残弾もほとんどないのに……それにあんなに大きいの……」


女性兵士は冷静さを失わなかった。


「落ち着きな、坊や。撃つなら目だよ! 弱点を正確に撃ち抜くんだ!」


さらに男性兵士が励ます。


「お前には観察力がある。モンスターの動きもしっかりと見えてる! それに、この俺様の指導を直接受けてクソほど射撃してきただろ? お前なら出来る、自信を持てっ!!」


彼らの励ましを受けて少年は一匹ずつ確実に倒していく。彼らから受けた指導、冒険者たちと共に旅をした経験、それらは確実に実を結んでいた。


しかし、モンスターは数を減らすどころか徐々に増えてゆく。

やがて、モンスターたちは一斉に襲いかかってきた。


彼らは狭い空間に追いつめられていく。銃声と叫び声、モンスターの咆哮が交錯し、恐怖と絶望が混ざり合う。



彼らは必死に戦うが、限界が近づいていた。カメラは彼らの奮闘を捉え、息詰まる状況を伝える。



3人の残弾がほぼなくなった時、避難キャンプが見えてきた。

安堵する彼らだが、様子がおかしいことに気づく。


「妙だね……。それに、なぜここまで全く救援がこなかった?」


女性兵士が疑問を投げかけた。不穏な空気と緊張感が漂う。


男性兵士はあえて明るい声で答える。


「今日は定休日だからみんな寝てるんじゃねぇーか?」


女性兵士も彼に調子を合わせる。


「まったく……バカだね。戦場に定休日なんてあるわけないだろ! サプライズパーティーでも用意してるんじゃないかい?」


「ああそうだな、豪勢な食事でお出迎えしてくれるんだろうぜ」


「あたしは酒の方がいいけどね」


言葉とは裏腹に緊張感が高まってゆく。地面にはところどころに赤黒い染みが見えた。


「戦場で酔っぱらいは勘弁だぜ」


「それともあたしたちのことを忘れて、もうパーティーを始めちまってるのかもしれないね?」


空気が重く淀んでいる。カメラ越しにも悪臭が臭ってきそうだ。


「ああ、そうかもしれないぜ。あそこには若くて美人の衛生兵がいるからな」


「若くて美人ならここにもいるだろ」


慎重に近づきながらも彼らは軽口を止めない。


「……なぁ、無事に脱出できたら、まず何をする?」


「あたしはシャワーを浴びるね」


「俺は、おまえに……」


男は言葉を続けようとして失敗していた。


「「「!!!っ」」」


巨大な瓦礫で隠されていた視界が開ける。


「「「……」」」


彼らは救護所のあった広場にたどり着く。目の前には荒れ果てた光景が広がっていた。

女性兵士の強気な表情が歪み、男性兵士の傲慢な態度も消え去る。そこにはモンスターと人間の死体が散らばっていた。彼らは悲しみと絶望に包まれる。


ドローンのカメラは破壊された避難キャンプと肉と内臓が混ざりあったものを捉えていた。少年の顔には悲壮感が広がる。


「こ、これって……」


男性兵士も呆然とする。


「まさか」


女性兵士の表情が引き攣る。


「みんな……死んだのか」


救護所のテントも完全に破壊されていた。ベッドの破片が散乱している。

少年は声を上げる。


「どこに行ったんですか? みんな……」


彼は仲間の姿を探すが、見つからない。


「い、いったい、どうして? なんだよ? これ……」


男性兵士は救護所の中を見回す。


「ここにはもう、誰もいない…。くそっ…こんなことになってたとは…」



「落ち着きな。簡単に諦めるんじゃないよ」


女性兵士は冷静さを失わない。

男性兵士は死体を見つめている。


「ん? 待てよ、これは……」と男性兵士が言った。


「この死体は、俺らが出発する前の……。塔の崩壊で死んだ奴らの死体だ。」


彼らは互いに目を見合わせた。


「じゃあ、まだ生きてる人達が……」


少年が言う。


「そうさ。仲間はどこかに逃げたに違いない!」


男性兵士が喜びの声を上げる。


わずかな希望を見つけた、次の瞬間。

再び彼らを絶望が包み込む。


「バンディット・イン・レンジ、ベアリング・オール・アラウンド」


ドローンはビープ音を鳴らして警告した。


コントロールパネルにモンスターの群れを示す多数の赤い光点が表示される。

ドローンの残弾も既に残っていない。


目視できる範囲にも次々にモンスターが現れ、彼らを取り囲んでゆく。


「バンディット・イン・サイト、エンゲージ・ディフェンシブ、ベアリング・オール・アラウンド」



「も、もう……ダメだ」


少年がつぶやく。

その時、聞き覚えのある声が響いた。


「あら、おかえりなさい。ひさしぶりね少年」


女性冒険者がにこやかに手を振っている。


「おやおや、少々出迎えが遅れたようですね。これは失礼」


中年の男性冒険者は優雅に謝罪の礼をした。


「やぁ、少年。元気そうでなりよりだぜ」


軽薄そうな男性冒険者は瓦礫の上に片足をのせて気取ったポーズをしている。


「やっぱり、蟲は嫌いだ」


大柄な男性冒険者は心底嫌そうに蟲モンスターの群れを見ていた。

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