第21話 彼らの指導

カメラは暗いダンジョンの一角を映していた。

そこには三人の人間がいた。一人は男性兵士で、もう一人は女性兵士で、最後の一人は少年だった。少年は男性兵士に背負われている。


少年は男性兵士に向かって言った。


「もう、本当に回復したので自分の足で歩きます」


女性兵士は少年の肩に手を置く。


「坊や、強がりは止めろって言っただろ」


少年は首を振った。


「いえいえ、もうホントに大丈夫なんです。それにボクも戦えるようになりたいんです」


男性兵士は笑みを浮かべた。


「男としては良い心がけだな、クソガキ」


女性兵士は男性兵士を睨む。


「あんたまで何言ってんだよ! 子供に戦わせるのかよ?」


男性兵士は肩をすくめた。


「だが、ここはダンジョンだぜ。モンスターは山ほどいるし、トラップだってある。俺たちが死んでこのガキだけ生き残る可能性だってあるんだぞ。

そんときには自分で自分を守る力が必用だろ?」


女性兵士は唇を噛んだ。


「それはそうだけどさ……」


男性兵士は予備のアサルトライフルを取り出して少年に差し出す。


「よし、このアサルトライフルを貸してやろう。シグ社SIG SG550の派生型で、SG 553 Rだ。弾は5.6mmではなく7.62mmを使う」


彼の声は誇らしげに聞こえた。


少年は複雑そうな顔でアサルトライフルを見つめている。


「はい……知っています」


彼の声は悲しげに聞こえた。

男性兵士は渋い顔をする。


「ああ、そうか。お前はあのテロリストたちと一緒にいたから、見たことがあるのか……。


SG 553 Rは偵察部隊が使っていた。だが、戻ってきたやつは一人もいなかった……。その中には俺の親友もいたんだ……」


彼の声は悲痛に聞こえた。


女性兵士は男性兵士の肩を叩いた。


「あんた、それ以上はやめときな」


彼女は慰めるように言った。


男性兵士は咳払いをする。


「このガキとテロリストの関係について……、ゴチャゴチャ言うつもりは……もう……ねぇーよ」


男の言葉は後半弱々しく小さくなっていった。

少年は頭を下げる。


「あの……すみません……」


女性兵士は少年の頭を撫でた。


「坊やが謝る必要なんてないんだよ。それよりも、あたしが今からバッチリ戦い方を教えてやるよ」


「ほら、こうやっていい感じに狙いをつけて。こーんな風にいい感じに引き金を引く」


彼女の声は自信に満ち溢れていた。


「さあ、やってみな!」


少年は男性兵士に助けを求めるような目線を送る。


「あの……すみません……」


男性兵士は苦笑いして、肩をすくめた。

女性兵士は自分の指導がうまく行かなかったことにショックを受けているようだ。

男性兵士はそんな彼女からSG 553 Rを受け取る。



男性兵士は普段とは違い、非常にまじめな表情で少年に語りかけた。


「この銃は君の命と同じだ。大切にしろ」


少年は驚いたように彼を見たが、男性兵士は無表情だった。

男性兵士は少年の手を取り銃に触れさせる。少年は戸惑ったが、彼は容赦なく続けた。


「銃は生き物だ。息をしている。感じるんだ。銃の鼓動を」


男は少年に銃を握らせる。それは冷たくて重い金属の塊だ。


「銃は君と同じだ。君の気持ちを分かってくれる。だから、信頼しなきゃいけない。銃に心を開くんだ」


少年は困惑している。


「銃は君の目だ。君の耳だ。君の声だ。銃が敵を見つける。銃が敵を聞く。銃が敵に語りかける」


彼はまるで詩人のように言葉を紡ぐ。少年は混乱している。


「銃は君の友だ。君の家族だ。君の恋人だ。銃が君を守る。銃が君を励ます。銃が君を愛する」


彼はまるで狂人のように熱狂的に説きつづける。少年は恐怖している。


「さあ、撃ってみろ」


少年の目から光が失われる。まるで全てを諦めてしまった人間のように。



ドローンのカメラはその様子を冷静に、ただ淡々と記録していた。






◆◇◆◇◆






カメラは少年がこのダンジョンにきて間もない頃に、巨石を使って組み上げたセーフハウスの入り口を映していた。彼は扉替わりの巨石を動かす。


「ここです」と少年は言った。


そこには水タンクやコンテナがぎっしりと積まれていた。


男性兵士と女性兵士は驚きの表情でセーフハウスの中を見回している。


「なるほど、これはすごいな! お前のユニークスキルは本当に便利だな」


男性兵士は感嘆して声を上げた。


「普段は荷物運びくらいにしか使えませんよ」


少年が謙遜する。男性兵士は少年の肩を軽く叩きながら言った。


「それでも充分すごいだろ。お前がいなきゃ俺らは今でも瓦礫の下だぞ」


「水はその中かい?」と女性兵士が尋ねた。


少年は水タンクの蓋を開けて、中身を確認する。


「はい、無事です」


少年は頷いて答える。

男性兵士は驚きを隠せない様子だ。


「本当に、こんなに大量の水を持ってきてたんだな……疑うようなことを言って悪かった」


男性兵士は少年に謝罪する。


「謝らないで下さい。普通は信じられなくて当然ですよ。それにあなたはボクについて来てくれた。うわべの言葉なんかじゃなくて、危険を顧みずに実際に行動で示してくれた」


少年は彼らの目を見た。

少しの間が置かれ、少年は自身がこのダンジョンに来た経緯を語った。



「それで……普段の配送のふりをした方がいいだろうと思って」と少年は言った。



「で、そのままダンジョンに逃げ込んだのかい?」と女性兵士が尋ねた。


「はい。その時は何日掛かっても良いだろうと思ってたので、多いぶんには良いかなと」


少年は小さく笑みを浮かべる。


「しかし、そのおかげで多くの命が助かるんだ。上出来だ、クソガキ!」


男性兵士が声を張り上げた。

女性兵士も同意して頷く。


「ああ、坊やには助けられてばかりだね。残り二日。このペースなら充分間に合うよ」


女性兵士が笑いながら言った。

それでも少年の顔は晴れない。男性兵士はそのことに気付いて真剣な表情で語りかける。


「あの時の……お前の選択は間違っていなかった。

あのまま救助活動を続けていても、衛生兵の嬢ちゃんにはまともな治療が出来なかっただろう。瓦礫の下から助け出しても重傷者は見殺しにするしかない。そのことに嬢ちゃんもかなり参っているようだったしな……。


今生きている人間、助けられる人間を確実に生かす。そのためにはこの水が必用だった。


クソガキ、お前もずっと気に病んでいるようだったからな。どちらの人間を生かすのか? そんな選択をガキに押し付けるなんて……俺たちは酷い大人だな……」


男性兵士は真面目な顔で言った。


「あんたが時化た面してると調子が狂っちまうよ!ほら、さっさと水を運びだすよ」


女性兵士はそういって男性兵士の肩をバンバン殴っている。



映像はそこで終わる。

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