第17話 ユニークスキル

画面はノイズに覆われている。

カメラのレンズがひび割れているのか、映像はひどく歪んでいた。

音声も途切れ途切れになっているが、カメラはかろうじて動いているようだ。


カメラのレンズがピントを合わせると、ノイズ交じりの画面に少年の顔が映った。

彼はドローンのコントロールパネルを操作しながら話しかける。


「このドローンも修理すれば、まだ使えそうです」


画面の端には、瓦礫の下から救出されたばかりのヘレナが横たわっていた。

彼女は怪我をしているらしく、時折痛みに耐えるように声を震わす。


「あ、ありがとう、少年。無事な機体に周辺警戒をさせてください。救助活動を続けたいのは分かるけど、今はむやみに探しまわるのは危険です。常に周りに気を配りなさい。


とは言え、あなたのユニークスキルと迅速な行動のおかげで多くの命が助かったわ。私もあの状態のままだったら、瓦礫の下で圧死していた可能性が高いでしょうね。でもこれからは、自身の安全を第一に考えてほしいの」


少年は心配そうにヘレナの顔を覗き込んだ。


「怪我が痛むんですか? 衛生兵を呼びましょうか?」


ヘレナは首を振って微笑む。


「私は大丈夫よ。おそらくあばら骨にヒビでも入ったのでしょうね。私よりも他の重傷者を優先させて」


ヘレナは苦笑いしながら言った。


「それよりも今のうちに話しておきたいことがあるの。あなたのユニークスキルについて。スキル保有者であることを今更隠しても意味はないでしょうけど、詳しい情報は消して他人に漏らさない様にしなさい」


少年は悔しそうにつぶやく。


「やっぱり普通は、ユニークスキルのことを他人には話さないんですね」


ヘレナは深刻な表情で頷く。


「ええ、もちろん。既に誰かに話したの?」


少年は顔を曇らせて答える。


「冒険者養成学校に通っていたのですが……」


ヘレナは同情するような目で少年を見た。


「ああ、そういうこと。あなたも被害者なのね」


少年は首を垂れる。


「学校はそういう常識を教える前に個人情報を集めて悪用しています。既にボクの情報も出回っていると思うので話しますけど、ボクのユニークスキルは物体を1センチ浮かせるだけの能力です。なのでずっと荷物運びをやらされてました。もし、もっと有用なスキルだった場合はどういう扱いをされたか分からないので、ある意味ゴミスキルでラッキーだったのかもしれないですけど……瓦礫の撤去には役に立ったし」


少年は自嘲気味に笑った。


ヘレナは目を見張る。


「それは本当にラッキーだったわね」



「えっ…………」


少年は戸惑った様子で彼女を見た。




「あら、ごめんなさい。ゴミスキルだからじゃなくて、そう思われたことがよ」


ヘレナは慌てて訂正する。


「私はダンジョン治安総局(DSH)の軍事研究開発部の元研究員だったの。だからユニークスキルに関しても一般人が知らない情報を知っているわ。ユニークスキルとは基本的に物理現象に何らかの影響を与える力なの。だから魔法みたいに無から水や火を生み出すような能力は存在しない」


ヘレナは息を整えながら説明し始めた。


「まず一番重要なこと、ユニークスキルには力の本質とでも呼ぶべきものがあるの。それは根源的な力の性質や原理。物理現象に影響を与える力の源泉となるもの。仕組みを表した概念よ。


例えば、遅延、減速、停止、固定、結合、接続、切断のように単純な言葉で表せるものよ。

次に力が及ぼす対象や範囲。例えば、重力、電磁波、熱、磁力、方向、座標、速度など。


あなたのユニークスキルの場合は物を浮かせることから、力が及ぼす対象は重力か質量。力の本質は反転、反射、反発、減少などが考えられる。


つまり、発現する能力が同じでも力の本質と対象が違う場合があるってことなの。


例えば、発現能力が同じ【物を浮遊させる】でも空間上の特定の位置に物体を固定する能力、力の本質は【固定】で対象【座標】の場合もある。


あるいは、発現能力【物を浮遊させる】で運動の方向を逆転させる能力ならば、力の本質【逆転】で対象【ベクトル】もありうる。


自身のユニークスキルの力の本質と対象を知ることで、別の発現能力を得たり、応用が可能になるってことなの。ただし力が及ぼす範囲もあるし使い方もあるからそれほど単純ではないけど。


少年、あなたのユニークスキルは力の本質と対象を簡単には推測できない。どんな可能性が隠されているのか分からない。ゴミスキルだと諦める前にできること、やるべきことが沢山あるのよ」


ヘレナは話し疲れたのか息が荒くなる。

急速に顔色が悪くなり、激しくせき込む。

そして、彼女の口から血が吹き出した。


「ま、まだ……伝えないといけないことが……ゲホッ」


少年はパニックに陥り、衛生兵を呼びに走り出した。ヘレナの苦しげな表情が画面に残される。


画面の端には少女が映っていた。

彼女は無感情に事態を見つめており、一言も話さなかった。


やがて、若い女性の衛生兵が駆けつけてきた。彼女はヘレナの状態を診察し、治療を進めたが、効果は見られなかった。


「残念だけど、この場で出来ることは限られるの。彼女は内臓に重傷を負っていて、専門的な手当てが必要なのよ……」


衛生兵は無線で医療チームに連絡を取ろうとしたが、通信は途切れていた。


「な、なんでっ、みんな死んでしまったの? わ、私一人で、一体どうすればいいの……」


衛生兵は困惑した様子で周囲を見回した。


少年はヘレナの手を握りしめている。


「博士、大丈夫ですか?」


少年は涙声で呼びかけた。



ヘレナは力なく言った。

「私にはもう時間がないわ。あなた達に伝えるべきことがまだあるのに……」


彼女は息を切らしながら言った。


「今は無理に喋らないでください……」


彼女は苦しそうに咳き込んだ。


「少年、お願い……。少女のことを頼みます……」


彼女は言葉を途切れさせて意識を失った。


「博士! 博士!」


少年は必死に彼女を呼び戻そうとしたが、無駄だった。


衛生兵は彼女の脈を確かめる。


「まだ生きている。でもこのままでは……」


衛生兵は悲しそうに首を振った。


少年は涙を流しながら彼女の手を握る。

「大丈夫です。必ず助けます」


少女は静かに彼らを見ていた。

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