第18話 瓦礫の山

ドローンのカメラは瓦礫の山を映している。

画面には、かつてこの地にそびえ立っていた巨大な塔の一部が見えた。

崩壊による衝撃で周囲の遺跡は吹き飛び、塔の残骸が散乱している。


瓦礫の中で少年が巨大な石を動かしている。

彼の顔には、疲労と不安が混じっていた。


カメラは一人の女性を捉える。彼女は衛生兵だった。

彼女は負傷者の治療を終えて立ち上がると、少年の方へ歩き始めた。


「負傷者の治療は、終わったんですか?」


少年の疲れ切ったような声が聞こえる。


「いいえ、終わった訳ではないのですが……。医療キットが足りなくて応急処置すらまともに出来ないの……」


衛生兵の女性が答える。

少年はその話を聞くと、さらに作業の手を早めた。


「衛生兵さん、医療チームのキャンプがあった場所をもう一度教えてください」



「ごめんなさい。正直よく分からないの。たぶんこの辺りだと思うんだけど……」


少年のまわりには巨大な瓦礫がいくつも山を作っていた。 少年は無言で撤去作業をつづけている。


衛生兵の女性も少年の作業を手伝い始めた。


やがて程度の軽い負傷者も手伝い始める。 その中の一人が尋ねた。


「少年。君はただの一般人で、テロリストとは無関係だと聞いた。それは本当なのか?」


少年は頷いて肯定する。


「彼らは、あなた方が思っているような悪人じゃありません。

ボクはモンスターに襲われていたところを助けてもらいました。

その後も親切にしていただきましたし、それに……」


少年が話を続けようとするが、別の男が口をはさむ。


「副指令の娘を誘拐したのは理由があったという話だろ? そんな話は信用できね~よ」



「おい、今はそんなことを話している場合ではないだろ」さらに別の男が話に割り込む。


彼らの口論は激しさを増し、作業の手は止まってしまう。

それでも少年は黙々と瓦礫の撤去をつづけていた。



やがて医療チームのキャンプと思われる残骸を見つける。

瓦礫の下には医療従事者たちの亡骸があった。

壊れた機器類、割れたガラス瓶、へしゃげた医療器具。

その中からまだ使用できるものを掘り出してゆく。




衛生兵の女性は医療チームのただ一人の生き残りであった。

彼女はショックと動揺を隠せずにいた。


涙と嗚咽を漏らしながらも、瓦礫の下から手に入れた医療器具と薬品で重傷者の治療をして回る。

その中にはへレナも含まれていた。

彼女の治療を終えた衛生兵は少年に報告する。


「しばらくは大丈夫だと思うけど、病院で手術をする必要があります。

こ、このままでは……たぶん……」と彼女が言う。



少年は彼女の言葉に返答することもなく、フラフラとした歩みで瓦礫の撤去を続けようとする。

衛生兵は休むように説得するが、少年は手を止めない。


「彼らを……はやく、少しでも早く助けないと……、せっかくダンジョンボスを倒したのに・・・・・・」

少年が干からびたような声で言った。


一人の兵士が少年に話しかける。


「その彼らってのは冒険者のことかい? 残念だが彼らは全滅している。

塔が倒壊する前にダンジョンボスにやられたそうだ。

指揮所から逃げてきたオペレーターが言っていた」



「ぜ、全滅っ!! し、死体は見つけたんですか? それは本当に冒険者たちだったんですか? そのオペレーターはどこにいるんですか?」


少年は驚いて矢継ぎ早に質問する。


「そのオペレーターも既に死んでる。酷い怪我で……ダメだった。」


その兵士は少し間をおいて話を続ける。


「それにもう一つ悪い知らせがあるんだ。ダンジョンボス討伐の報告はなかった。瓦礫の下で奴はまだ生きているかもしれない……。

仮に要救助者がいたとしても、塔の内側をこれ以上掘り返すのは危険だ……」


兵士は辛そうに言った。


少年はその場に崩れ落ちる。

会話をしていた兵士は駆け寄り、まわりで作業を手伝っていた兵士たちも動きを止めた。


地に伏す少年の口からは、絶望と無力感に満ちた嗚咽が漏れ聞こえてきた。






◆◇◆◇◆






ドローンのカメラは簡易ベッドに横たわるヘレナを映していた。

一般兵の救護所から少し離れた場所、ぼろ布で目隠しされた狭い空間にベッドは置かれていた。屋根はない。上空からの映像が拡大される。


ヘレナはさらに衰弱しているようだ。顔色は悪く、呼吸は浅く、目は閉じたままだ。点滴のチューブが彼女の手首から伸びているが、点滴袋は空になっていた。


カメラはベットの横に立っている少年の姿を捉えた。彼はヘレナの手を握って、悲痛な面持ちで見つめている。彼は彼女に何か話しかけようとしていたが、けっきょく声には出さなかった。



そこに衛生兵がやってくる。彼女は簡易な白衣を着ていたが、血や泥で汚れていた。彼女は少年に向かって話しかける。


「14人……だよ、生き残ったのは」衛生兵は言った。


「重傷者5人、軽傷者7人、……それに君と私」



少年は彼女の言葉に反応しなかった。彼はただヘレナの手を握りしめている。


「君も休んだほうがいいよ。もう十分頑張ったんだから」


少年は首を振った。

「ボクは……大丈夫だよ」


「嘘をつかないで。君はまだ子供なのに一番無理をしてる」


衛生兵の女性は言った。


「ボクは……」少年は続きを言おうとしたが、言葉に詰まった。


少年の背後には瓦礫の山がある。そこには崩壊した遺跡、焼け崩れたテントや装備、そして死体が並べられている。空気中にはいまだに灰や埃が舞っていて、視界が悪かった。


少年は立ち上がった。「ボクは……行くよ」


「ど、どこに?」衛生兵の女性が聞いた。


「あそこ」少年は瓦礫の山を指さした。「救助活動を続ける」


「やめて!」衛生兵の女性が叫んだ。


「君はもう限界だよ! このまま無理したら倒れちゃうよ!」



「ボクにしかできないことだから。ボクには、これしか……できないから」


少年はそう言うと、ふらつきながら装備を身に着けて瓦礫の山に向かって歩いていく。


衛生兵は少年を追いかけようとするが、足に力が入らずに倒れ込んでしまう。

彼女自身もかなり無理をしているようだ。


「ま、待って! お願い。す、少しは休んだほうがいいよ」


衛生兵の言葉に少年は反応しない。


「やめて、やめてっ! 君まで瓦礫に潰されて死んじゃうよ!」


衛生兵は必死に少年を止めようとしている。


「ねぇ、もう何人も助けたでしょ? き、君はヒーローだよ、もう充分だよ」


衛生兵はしだいに感情を抑えきれなくなり、声はうわずり震えていた。


「お、お願いっ。目の前で人が死んでいくのは……もう見たくないの。

医療チームのみんな……軍医の先生も衛生兵の先輩もみんな……、みんな死んじゃった……。

も、もし、生き残ったのが……、わ、私じゃなくて……他の誰かだったなら……」


衛生兵は大粒の涙を流して子供のように泣きじゃくっている。


「わ、私は医者じゃないの、医療免許だって持ってない。

一番下っ端で……、一番役立たずで……。

ねぇ……、なんで私を最初に助けたの?

どうして他の先輩たちを先に助けなかったの?

そしたら……もっと、もっと沢山の人を助けられたのに……」



衛生兵の声は消え入りそうなほど弱々しかった。


「お、お願い……。もう……やめて……」






◆◇◆◇◆






カメラは瓦礫の山を映した。

少年は足を取られながら、ノロノロと歩き続けている。

既にユニークスキルを使う力は残っていないようだ。彼は瓦礫を手で押しのけて、生きてる人を探し続けている。



画面には見かねた兵士たちが衛生兵と一緒に少年を止めようとしている様子が映し出されていた。

彼ら自身も傷ついていたが、それでも気丈に振る舞っている。


兵士の一人が耳につけている無線機と会話している。


「皆、悪い知らせだ……。食糧庫も瓦礫の下敷きになっている。戦闘糧食も水タンクも押しつぶされているらしい。これでは我々の食料も……、飲み水すら確保できない」


兵士たちは彼の声に驚いて、顔色を変えた。彼らは互いに目を見合わせて、言葉を失っている。



「も、もう……、終わりだよ……。水がなければ……生きていけないよ……」


衛生兵の女性はつぶやいた。


「人間は水なしじゃ72時間で生存限界を迎えるんだよ。脱水症状になって、みんな……死んじゃう……」



「みず? 水がないの……?」


衛生兵の言葉に反応して少年はつぶやく。


「でも……水なら……」


少年は何か言おうとしていたが、言葉に詰まった。


兵士の一人が少年の態度に興味を持ったようで、彼に質問をした。


「水なら何だ? テロリストのクソガキ、お前は何か知ってるのか?」


「水……水がある場所を……知っています」少年は言った。


「ボクが……持ってきました」


少年は躊躇いつつも事情を説明する。映像は少年が兵士たちに話す様子を映していた。


「その場所に行けば……300リットルの水と食料もあります……」


兵士たちは少年の話に驚いて、目を輝かせた。


「それが本当なら……我々は命を長らえることができる」兵士の一人が言った。




「しかし……場所が遠すぎる。主力メンバーは死んでしまった。限られた戦力と装備でモンスターがいるダンジョンの端から端に移動して、さらに水を持ってまたここまで戻ってこないといけない。それは無理だろ」


「それでも今すぐ行動を起こさなければ、状況はどんどん悪くなる」別の兵士が言った。


「動けるうちにボス部屋の出口を見つければいい」さらに別の兵士が言う。


「ダンジョンボスが生きてたらどうすんだ?」


「やっつければいいだろ」


彼らの議論は口論へと変わっていく。


「じゃお前が倒してくれ。今すぐボス部屋に行けよ」


「ボスはいないかもしれないし、先に出口が見つかるかもしれない。だいたい水があっても、塔の内部を調べる以外にダンジョンを出る方法を見つける手掛かりなんてないだろ」


「だったら、今からあんたが一人で塔の瓦礫を掘り返してこいよ」


「ダンジョンボスが出てきたらどうすんだって言ってるだろ? 慎重に掘り返すには時間が掛かるし、水もいるんだよ」


「水がなければ三日後にはまともに動けなくなり、やがて我々は全員死ぬ。それは……、否定しようのない事実だ」


一人の兵士がつぶやくように言った。


「掘り返すにしても、水を取りに行くにしても少年のユニークスキルが必要だな……」




「「……」」兵士たちは押し黙る。




「ボクは……、ボクは水を取りに行きます」少年は言った。



「ふんっ、決まりだな」


口論に参加していなかった兵士が吐き捨てるように言った。




衛生兵は少年の発言に動揺しながら、兵士に問いかけた。


「ま、まさか……、こ、この少年を連れて行くんですか? 

こんなに疲労困憊で弱っているのに? モンスターが山ほどいるダンジョンの中を道案内をさせるんですか?」


「ボクなら大丈夫ですよ……。

三日以内に水を持って帰ってくる。距離だけなら一日でも十分往復できる距離です。無理じゃないですよ」


少年は立っているのもやっとの様子だが、やつれた笑顔で彼女に返事をした。



「ふんっ、このクソガキは単にこの場から逃げ出したいだけじゃねぇのか? そもそもホントに水があんのかよ?」


兵士はさらに吐き捨てるように言った。

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