第35話 脱出

ドローンの子機を中継して無線通信が入る。


「こちら工兵。ダンジョン脱出の準備が整ったそうだよ。

最初に外に出るのは負傷者、次に遺体、最後に残りの兵士と冒険者が脱出する。ダンジョンの出口は4日ほど開いたままに出来るらしい。その間に希少物質を回収する段取りになってる」


男性兵士からも通信が届く。


「クソガキ、お前は遺体に混ざって外にでるんだ。念のため博士と少女も遺体袋に入ってもらう。今すぐ彼女たちと合流して備えろ」


少年が応える。


「わかりました、袋に入った状態で待機しておきます。忘れずに運び出してくださいね」


工兵は指示を付け加えた。


「ちょっと待ってくれ、そのドローンの子機も一緒に死体袋に入ってもらえるかな。

もし、何か予想外のことが起きたとしても只の通信機よりは役に立つと思うよ。一般兵士の無線は枝が付く可能性が高いからね」






◆◇◆◇◆






暗闇の中、音声だけが聞こえる。

ドローンの子機が死体袋の中から撮影したものらしい。


「おい、その死体は誰だ? なんだか妙に小さくないか」



工兵の声が聞こえる。


「損傷が酷くてね……、見ない方がいいと思うよ。こいつとは結構仲がよかったんだ……。だから、こんな状態でも一緒に連れて帰りたいんだよ。ダメかい?」


一般兵らしき人物の声。


「そうか……じゃぁ、あっちの端の方に並べといてくれ。そいつの世話は最後までお前が責任持てよ」


工兵の声。


「了解しました」



衣擦れと足音、おそらく工兵によって運ばれているのだろう。そして地面に降ろされる音。



工兵は袋越しに少年に小声で伝える。


「少し離れる、このまま死体のふりをして待っててくれ。残り二人もここに連れてくるよ」



しばらくすると、すぐ近くで「ドサッ」という重い何かを地面に降ろす音が聞こえた。

おそらく工兵が運んできたのだろう、しかし周囲には他の兵士たちの足音も聞こえる。


しばらくすると衛生兵の声も聞こえてきた。


「うぐっ、ううっ……。せんぱい、せんぱーいぃ……、やっと……やっとダンジョンの外に出れましたよ……、もうすぐおうちに帰れますよ……。ううっ……」


衛生兵の押し殺すような声。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……助けられたはずなのに……。

わたしは……わたしは何も出来なくて……ただ、看取ることしか出来なくて……。うぅっ……、うううっ……みんぁ……ほんとに、……とぉに、ゴメンっ……ぁサイっ……」


やがて周囲にいた人間の気配は消えて、彼女の泣き声だけになった。

しばらくして、衛生兵は死体袋の少年に小声で話しかける。


「ぐ、ぐすっ……い、今なら少し動いても大丈夫ですよ。み、皆さん無事にダンジョンの外に脱出できました。すぐ近くでそれぞれ周囲を警戒してます」


いまだに嗚咽まじりのかすれ声だったが、なんとか気丈に振舞おうとしているのが声から伝わる。


「で、ですが……。な、なんだか、皆さんの様子が、少しおかしいというか……」


彼女の声に不安と緊張が混じる。


「あ、あれは……まさか、副指令!!

それにまるで……冒険者の人達に警護されるようにして……

な、なんで彼らが副指令を守っているんでしょうか? これって、まさか……」



通信機ごしに男性兵士の声が聞こえてくる。


「そのまさか、らしいな。くそっ!!! 工兵、あれは持って来てるか?」


「えっ? ええ、ここに……」


工兵が困惑気味に答える。


「今のうちに、そいつを俺によこせ!」


男性兵士は小声で、しかし語気荒く命令した。


「あ、あんたっ……、何をするつもり……?」


女性兵士は詰問するが、男は答えない。沈黙はしばらく続く。

やがて彼女は覚悟を固めたように、静かに言った。


「いいわ、あたしも付き合ってやるよ」


「…………、悪いな」


男性兵士はただ一言返した。



「あのっ、しかし……」


工兵は未だに戸惑っているようすだ。




死体袋ごしに、ヘリコプターの音が微かに聞こえる。

その音は徐々に大きくなり、音源が近づいてくるのが分かった。

ヘリコプターが複数機いるようだ。


男性兵士が通信機ごしに怒鳴る


「迷ってる暇はねぇぞ、さっさとしろ!」


「……わ、わかったよ」


工兵も心を決めるように、声を震わせながら了承した。


まわりの兵士たちもざわついている。

ダンジョンの中から新たに数人の足音が響く。


「動くな!」


ただの一言でそれまでの騒乱が一瞬で収まる。

負傷兵たちのざわめきがする。


「特務部隊……生きていたのか?」





「ダンジョンの中に残った兵士隊は?」


副指令の声が聞こえる。

特務部隊のリーダーらしき男の声。


「全員始末しました」


副指令の声。


「そうか仕事が早いな、さすが特務部隊だ、よくやった。

では、こいつらも全員始末しろ!」


緊張が一気に広がる。

次の瞬間。逃げ惑う兵士と銃声によって場が騒然とするだろうと思われた、その時。

特務部隊のリーダーが会話をつなぐ。


「副指令殿。恐れながらひとつ確認したいことがあります。」





「なにかね?」



大勢の兵士が身じろぎ一つせずに、彼らの会話に集中する。


「副指令のお嬢様も兵士たちに紛れて潜んでいると思われます。先に捜索をしませんと、巻き込んでしまう恐れがありますが……」


「わたしは全員といったはずだが……?」


「しかし……」


「我々がダンジョンに閉じ込められていた間に、世界は大きく変わってしまったのだよ。娘の利用価値はもうなくなってしまった。貴様が気にする必要はない」




「……了解しました」



その言葉が静寂の中に響いた時、空気が凍った。

ここにいるのはほとんどが負傷兵だ。

冒険者と特務部隊、彼らの強さは目の当たりにしてきた。

絶望が辺り一帯を支配する。




「てめぇら~!! 動くんじゃねぇ~~~っ!!!」


男性兵士の叫び声が響く。

彼はバックパックを高く掲げた。


「これが何かわかるか?

クソガキが命がけで持ち帰った土産……、冒険者どもに渡し損ねたプレゼント……。

特務部隊っ! こいつはてめぇらがボス部屋に忘れて行った落とし物、IEDだっ!!」


特務部隊の警戒度が一気に上がる中、冒険者たちはどこか他人事のように事の成り行きを見守っている。


「C4よりも感度が高くて強力なセムテックス。この中には、そいつも山ほど詰まってる。この距離なら確実にお前ら全員を爆殺できるぜ。

そして俺の両手には、既にピンを抜いた手榴弾と起爆スイッチが握られてる」









― ― ― ― ― ―


この作品を読んでくださった皆様に感謝いたします。

初めて手がけた作品であり、至らない点や読みづらい箇所もあるかもしれませんが、皆様のコメントや評価がこれからの執筆活動に大いなる励みとなります。

これからも精進し、つづきをお届けできるよう努力してまいります。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

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