第36話 要求
「死にたくなければ、俺様の言う通りにしろ!」
男性兵士は声を張り上げる。彼の隣で女性兵士も銃を構えた。
「貴様、爆弾程度で我々を止められると思っているのか?」
特務部隊のリーダーは冷ややかに言い返す。
「只の脅しとでも思っているのか? どうせ殺されるならば、お前らも道連れにしてやるさ!」
男性兵士は特務部隊のリーダーを睨みつける。
「ふんっ、好きにすればよい。試しに今直ぐ爆発させてみたまえ」
副指令は落ち着き払った態度で、逆に男性兵士を挑発した。
男性兵士はすぐには返答せずに、彼らの様子を注意深く観察している。
彼はネックガードを引き上げて口元を隠し、無線通信を使って仲間に小声で問いかけた。
「ちっ、どういう事だ? ハッタリかまして虚勢を張っているようには見えねぇ……」
「まさか……。も、もしかするとユニークスキルをダンジョンの外でも使えるのかもしれない」
工兵が無線で答える。
「それはいったい……どういう事だい?」
女性兵士も男性兵士の死角を補うように位置取りしながら、無線通信する。
工兵は説明する。
「副指令は”世界は大きく変わった”と言った。
それに……、あれほど執着していた娘をあっさりと切り捨てた。
つまり、それくらいの何かが起こったのかもしれない……ということだよ。
そして、特務部隊は塔の崩壊から生還して今目の前にいる。
彼らは爆発を無効化するようなユニークスキルを持っているのかもしれない……」
「じゃ……脅しは意味ねぇってことかよ!?」
男性兵士は毒づくが、女性兵士が彼を窘めた。
「諦めるのは早いよ、あんた。
奴らはまだ手を出して来てない。完全に無効化できるなら既に仕掛けてきてるはずだよ」
「おい、さっきまでの威勢はどうした? 突然だんまりで裏で何を話しているんだ?」
特務部隊のリーダーは侮蔑するような表情を浮かべる。
それまで傍観者然としていた黒瀬が何気ない様子で、鋭い殺気を込めてにらみ合いを続けている彼らの方に歩み寄ってきた。
「彼らを煽るのは構いませんが、その前にひとつ質問をしてもよろしいでしょうか?」
彼は穏やかな口調で特務部隊のリーダーに話しかけた。
特務部隊のリーダーは黒瀬を睨みつけるが、彼は構わずに話を続ける。
「希少物質の回収率はどの程度でしょうか?」
「貴様、こんな時に何を言っている」
特務部隊のリーダーは怒りを押さえつつ黒瀬をにらむ。
「ふむ……、彼の質問に答えたまえ」
副指令は少し思案してから命令する。
「……了解しました。
サンプルとして5パーセントほど、ここに確保しております」
特務部隊のリーダーは一瞬ためらったが、部下が持つ特殊ケースを示した。
黒瀬は冷静に指摘する。
「今回のような完全な状態のエーテルクリスタルを手に入れたのは日本では初めて、世界でも極僅しか事例がなかったはずです。しかしながら、このダンジョンは完全な孤立状態。
我々はともかく、爆発によって次元回廊が破壊されれば、折角手に入れた全てが失われてしまいますね」
「ふむ、……なるほどな」
副指令は頷いた後、男性兵士に向き直って特殊ケースを指し示した。
「そこの兵士、その希少物質をくれてやる。貴様のIEDと交換だ」
「なにっ?」
男性兵士が驚いた。
副指令は構わず続ける。
「それだけの量があれば、使い切れないほどの大金を手に入れることが出来る。現金化するのが手間というなら後で我々が交換してやろう」
「なかなか良い条件だな。だが、まずはヘリを全て着陸させろ」
男性兵士は強気に命令する。ヘリコプターが三機、彼らの頭上に迫っていた。
「よかろう」
副指令はあっさり要求を受け入れる。
男性兵士と副指令が話している間に女性兵士が無線機で指示を出していた。
「工兵さん、あんた昔航空科でヘリの整備してたって言ってたね。操縦の方も出来るかい?」
「あのUH-1、あれなら飛ばすことは出来ます」
工兵は頭上を見ながら答える。
さらに女性兵士は他の一般兵の無線回線にも通信を送る。
「一般兵どもっ、ヘリが着陸したら奪って脱出しな。
一番右のUH-1はあたしらが乗る、お前らは残りの二機に分乗してそれぞれ別の方向に逃げるんだ」
兵士の中には戸惑ったまま動けないものもいたが、一部の兵士は彼女の通信を聞いて即座に行動を開始した。
つづけて女性兵士はドローンを使った秘匿回線でも指示を送る。
「坊や、あんたはもうしばらくじっとしてなさい。
念の為に、あたしらとの関係もバレない様に注意して、決してこっちを見ちゃダメだよ」
「衛生兵の嬢ちゃんは女性研究者と少女を連れてヘリに向かうんだ。坊やは周囲を警戒しつつ嬢ちゃんを手伝いな。わかったかい?」
「わかりました」「了解です」
最後に、男性兵士が言葉を加える。
「工兵、クソガキどもがヘリに乗ったら……。言わなくてもわかるな?」
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