第12話 彼女たち

カメラは男性冒険者と女性研究者の一行の後ろについて、暗いダンジョンを進んでいた。

映像は女性研究者の姿を映しているが、彼女の視線はカメラに向かない。

冷たい声が静寂を切り裂く。


「何故あの少年は断りもなく撮影を続けているのかしら?」


少年は驚いてカメラを下ろす。


「あっ! す、すみません。勝手に撮影してごめんなさい。あのっ、す、直ぐに撮影を止めますのでっ」


少年は震える声で謝罪をし、急いで停止ボタンを押そうとするが、慌て過ぎてカメラを落としてしまう。



「あら、英語が話せるのね?」


地面に転がるカメラの映像から女性研究者の声が聞こえてきた。


「えっ、はい、一応は話せます。自称難民が多く住む地域で育ちましたから。

あのっ、カメラを撮っているのは、保険の手続きとか、救助費用を請求された時にややこしいことになるから、記録を残したほうが良いだろうって。それと情報分析にも使えるからと……」


少年はカメラを拾いながら、緊張した声で説明した。

女性研究者は黒瀬たちの方をちらりと見て、一瞬何事か思案するような素振りを見せる。


「なるほどね……。そういうことならば、そのまま撮影を続けても構わないわ。

研究者として、このダンジョンの変異を記録することに関しては、むしろ積極的に協力しましょう。私たちの機材も貸与します。

ですが、私たちに対しては必要な要件以外の関わりを持たないようにしなさい」


女性研究者は冷たく言い放った。






◆◇◆◇◆






映像が再開する。 画質が以前より良くなっている。

女性研究者から提供された高性能なカメラに切り替えたらしい。



「私はヘレナ・フォンダーレ。

ダンジョン・プレザーブ・ネットワーク(DPN)に研究者として雇われています。DPNはダンジョンの保護と持続可能な利用を推進するために活動するNGOです。

そこの二人は私の助手と護衛の冒険者よ」


女性研究者が紹介をする。


カメラは女性研究者から離れて、隣に立っている二人の女性を映す。

女性冒険者は穏やかで陽気な雰囲気を放っていた。彼女はカメラに向かって微笑む。


「私はレネ・ハルター。よろしくねっ」


女性は明るい声で自己紹介し、カメラに手を振る。


もう一人は助手の少女だが、彼女はカメラから目をそらしている。

彼女は妖精のように神秘的な少女で一言も話さない。


「助手の名前はニーナ・ビーレよ」


女性研究者のヘレナが付け加えた。

カメラは再びヘレナに戻る。


「まずは、あなたたちにお礼を言わなくては」


ヘレナが先ほどモンスターの群れから彼らを救ってくれた三人の男性冒険者に向き直る。


カメラは反対側に向きを変えて、三人の男性冒険者を映す。 一人目はチームリーダーの黒瀬だ。彼は落ち着いた態度で答える。


「礼など結構ですよ。我々が手を出すまでもなかったように思われますし」と彼が言う。


「そんなことはないですよ。あなたたちの支援のおかげで、銃弾も節約することができました」


女性冒険者のレネが気持ちのこもった可愛らしい笑顔で言った。

彼女なりに本気で男性冒険者たちの貢献を認めているようだ。




「確かに、今の状況では残りの弾を気にしながら戦わねばなりませんしね」

普段とは違い丁寧な口調で朝倉が言った。


「……」


大柄な正木は何も言わないが、軽く頷く。



しばらく、情報交換や状況把握の話し合いが続く。


カメラは地図を映す。地図上には赤い丸が書かれていた。


「ふむ、情報をまとめますと、地図上のこのポイントに近づくほどモンスターが強くなっているということですね」と黒瀬がまとめる。


少年は不安そうに尋ねた。


「それは、つまりどういうことですか?」


「ダンジョンボスがその先にいる可能性が高いということだよ」


朝倉が答える。


「ダ、ダンジョンボス?!」


少年が信じられないといった感じで繰り返す。


「ええ、残念ながらそういうことよ」


女性研究者のヘレナが冷静に答えた。


「あ、あのっ、でも、ダンジョンボスを倒せばダンジョンから出られるとかは……ないですか?」


少年は遠慮がちに聞く。


「その可能性は充分にあります。

ボス部屋に入るとダンジョンボスを倒さなければ部屋の外に出ることが出来なくなります。逆にダンジョンボスを倒せば扉が解放されたり、新たな出口が出現することがあります。その新たな出口が直接地上につながるものであればダンジョンから脱出できるでしょう」


黒瀬が答えた。


「下手にボス部屋には入りたくないが、現状がどうなっているのか様子だけでも見ておきたいな……」


朝倉は眉をひそめながら言った。



そこで映像は終わる。






◆◇◆◇◆






カメラのレンズは、少年の隣に座る朝倉を捉える。


「新しい機材の使い方は覚えたかい?」


朝倉は少年に尋ねた。


「はい、なんとか……。でも、こんな精密で複雑な機械、ダンジョン内でも使えるんですね?」


少年が尋ねると、朝倉は何でもないことのように言った。


「技術的にはたいして難しくないらしいぞ」


「えっ! そうなんですか?」


少年は驚いて機材をまじまじと観察している。


「そういえばコレ、紋様も刻まれてないですね」



「ああ、それはいわゆるエセ科学というやつだな。詐欺みたいなものだよ。

金儲けのために適当なデマを広めてるのさ。実際にはそんなものなくても全く問題ないぞ。

そのカメラは確かに最新のダンジョン関連技術が使われてるが、地上用と比べてさほどの手間も費用も掛かっていない。それでも、普通に店で買えばとんでもない値段になるだろうがな」


「そう……だったんですか……」


少年は相当なショックを受けたようで、しばらく呆然と機材類を眺めていた。


「ところで、あの……、こんな高価な機材を貸してもらってわるいんですけど、彼女たちを信用するんですか?」


少年は女性研究者たちがいるであろう方向に視線を向けつつ尋ねた。


「明らかに胡散臭いじゃないですか? 女の子もどう見ても助手には見えないですよ。」


彼は申し訳なさそうに小声で言った。

朝倉は苦笑を返す。


「冒険者同士はお互いに深くは詮索しないものだ。脱出まで協力関係でいられるのならそれでいい。君だって何かを隠しているだろ。だが、我々はそのことに関して質問したりしない。」


少年は驚いて朝倉を見上げる。


「き、気付いていたんですか?」


少年の声は少し震えていた。


「まぁな、侮ってもらっては困るぞ」


朝倉は優しく微笑んだ。



「そう……だったんですか。あ、あの……食料と水の余裕はまだあるんですか?」


「ああ、まだ十分に余裕はあるぞ。食事の時に少年も残量を見ていたと思うが……? もしも、今の質問が隠している秘密と関係あるのなら、そのことは無理に話さなくていい」


朝倉は言った。


「でも……」


少年は迷っている素振りを見せる。


「余計な心配はするな。言わないのは何か理由があるんだろ?」


「はい、ごめんなさい。」


少年は頭を下げた。


カメラは少年の胸に押し付けられて、映像は暗くなった。


「あの、ありがとう……ございます」


少年の声だけが聞こえてきた。


そこでカメラは停止し、映像は終わった。






◆◇◆◇◆







映像が再生される。カメラは小型のドローンに取り付けられていた。

少年の顔が画面に映し出される。

彼はコントローラーのモニターに映る自分の姿を見て苦笑した。


「ちょっと自己嫌悪で……」


彼はカメラに向かって話し始める。


「言い訳っていうか、カメラ相手なら言えるかな……と」


彼の声は小さく、ぎこちない。


「たぶんボクは裏切られるのが怖いんだ。今まで散々騙されて利用されてきたからね。特に……親切そうな態度で、優しい言葉を掛けてくる大人を……信用するのは」


彼は息を吐く。

しばらく沈黙が続く。


「長時間彼らと離れているのは危険だし、心配かけるから戻るよ」


カメラは少年から離れて周囲の景色を映す。


「あ、あれって……」


映像の奥、高い石壁の頂点に少女が立っていた。


彼女の髪は警戒灯の光を反射して金色に輝き、美しいのに儚くて、人間というより妖精のように見えた。


少年は戸惑いつつも少女のいる石壁に近づいてゆき、恐る恐る声を掛ける。


「ねぇ君、どうやって登ったの? 一人で降りられる?」


少女は無言で彼を見下ろす。その顔は無表情だった。

少年は壁を登り始める。ドローンが彼を追う。


「ねぇ、危ないよ。どうしてこんなところにいるの?」


少年が尋ねる。


「ドウシテ……?」


少女は不思議そうに首を傾げた。


「君はいったいここで何をしているの?」


「ナニ ヲ……?」


少女は言葉を繰り返す。まるで意味を理解していないかのように。

彼女の声は小さく、柔らかかった。少年は彼女に見入ってしまう。


「あなた ハ ドウシテ……、ここに いる の?」


少女が問う。


「ナニ ヲ もとめて ここまで きたの?」



「えっ……」少年は動揺して足元がふらつく。


少女がふわりと手を伸ばした。少年は思わずその手を握ってしまう。

二人とも石壁から落ちて、頭から地面にぶつかりそうになる。

しかし、寸前で止まり、ゆっくりと地面に接地した。


「あっ ごめん」


少年が言い、慌てて少女から離れると立ち上がった。

少女は何も言わずにただ彼を見つめる。




「そこで何をしているのですか?」


遠くから女性の声が聞こえてきた。


ドローンのカメラが声の方に振り向くと、女性研究者のヘレナがこちらに向かって歩いてくる姿が映し出された。


「あのっ、これはその」少年が言葉に詰まる。


「私たちには関わらないようにと忠告したはずですが」


ヘレナが冷たく言った。


「ご、ごめんなさい」少年は慌てて謝る。


「二度とその娘に近づかないで」


「す、すみません」


「謝罪なんていらないわ。まずは、そのカメラを止めなさい」


カメラは揺れて暗転し、映像は終わる。

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