第24話 再会
哨戒中のドローンは冒険者たちの姿を捉える。
黒瀬は少年に向かって話しかけていた。
「戻ってきたばかりで悪いのですが、少年にやって頂きたいことがあるのです。本当ならもっとしっかりと休息を取ってもらいたいのですが……。残念ながら、我々には時間的余裕がありません」
少年は黒瀬の言葉に頷いて返事をした。
「重傷者を一秒でも早く病院に連れて行かないといけないってことですよね。ボクなら大丈夫ですよ」
「理解が早くて助かります」
黒瀬は頷きながら説明した。
「塔は完全に崩れ去った訳ではありません。ボス部屋、特に神殿の辺りは空間が保たれています。おそらく何らかの結界によるものでしょうが、今もなおボス部屋として機能しているということです。
そして、私どもは神殿の中にはダンジョン脱出のための何らかの手段があると見込んでいます。
他に打てる手がない以上、我々はそれに掛けるしかないのです」
黒瀬は真剣な表情で言った。
「そして少年にやってほしいことは、神殿上部の瓦礫を撤去して侵入口を確保することです」
少年は納得したようにうなずいた。
「それは分かりました。でも……どうしても一つ気になることがあって、それだけ先に教えてほしいんです」
黒瀬は快く応じた。
「ええ、構いませんよ。何を聞きたいのですか?」
「あの……どうやって助かったんですか? みんな死んだって聞かされてたんですけど……」
彼は不思議そうに言った。
黒瀬は少し驚いた様子で聞く。
「おや、博士はそのことに関して説明しなかったのですか?」
少年は首を振った。
「話の途中で急に体調が悪くなって。確かその時に、まだ話さないといけないことがあるって言ってましたけど……。少女のことを頼むって、最後に言い残して意識を失ってしまったんです」
少年は悲しそうに答えた。
「そういうことでしたか……」
黒瀬は苦い顔をした。
朝倉はそれまで後ろで静かに座っていたが、話に割って入ってきた。
「なるほどな。あとの説明は俺がするから、リーダーは戦闘の準備や指揮をしてくれ」
「わかりました。それでは頼みます」
黒瀬は了承の意を示すと、その場を離れていった。
朝倉は少年に向かって話し始めた。
「まず、どうやって助かったかだが……。
一言で言うと騙したんだよ、俺たちは死んだふりをしたのさ。
ダンジョン治安総局の通信システムに干渉して情報を操作したんだよ」
少年は目を見開いた。
「ダンジョンボスとの戦闘中にですか?」
朝倉はうなずいた。
「もちろん、俺たちだけじゃ無理さ。博士にも手伝ってもらった」
答えを聞いても少年はまだ疑問が解消されていない様子だ。
「でもボクたちは彼らにずっと監視されてたんですよ」
朝倉は笑った。
「奴らの裏切りは予想してたからな、当然あらかじめ対策をしていたさ。
少年がステルスモードで起動させたドローンがそうだ。
そのドローンを使って、俺たちと博士が内と外で協力すれば、奴らの監視を誤魔化すくらい簡単さ。ダンジョンボスとの戦闘をこなしながらでも充分やれる。
それにボス部屋は通信が制限されていた。奴らの耳をごまかすだけなら余裕さ」
少年はひとまずは納得したようにうなずいたが、つづけて質問する。
「でも、塔の崩落からはどうやって?」
朝倉は得意げに笑った。
「それは転移だな」
「転移!?」
少年は驚愕の声を上げた。
朝倉はにやりとした。
「俺のユニークスキルだな。悪いが詳しくは話せない。まぁ、俺たちはそんな感じで脱出した。ただ、転移先が悪くて戻るのに時間がかかっちまったがな」
朝倉は苦笑しながら言った
「実はな少年、俺たちはもともとこのダンジョンにあった転移トラップを利用してダンジョン間を移動する予定だったんだ。俺のユニークスキルはそういう使い方ができる。しかしダンジョンに異変が起きて予定は完全に狂ってしまった」
「転移で国家間を移動できるんですか?」
少年は興味深そうに聞いた。
朝倉は目を見開く。
「おっ?! なんで国家間だと思うんだい?」
「そ、それは……、みなさんは日本人じゃないですよね?」
少年は恐る恐る言った。彼の声には緊張があった。
朝倉は感心したような表情をした。
「ほう……もう少し詳しく聞かせてくれ」
少年は思い出すように話し始めた。
「最初から違和感はあったんです。
ボクがハンドガンを使っていても誰も何も言いませんでした。日本の冒険者は絶対に持っていない、少なくともどこで手に入れたかを聞くはずです。
他にも、あなたがたはボンブランス銃を使わないどころか持っていなかった。確かにあれは外国の方からすると軍用銃の劣化品で、他にちゃんと完成された製品があるのにわざわざ出来の悪い粗悪品を使う理由がありません。
あとはヘレナさんと少女と冒険者のレネ・ハルターさんの三人はどう見ても外国人だし、ダンジョン治安総局の副指令と特務部隊の人達も……」
朝倉は苦笑しながら言った。
「理由としては少々説得力に欠けるが、結果的には正解だ。少年は意外と感覚派なのかもな」
それを聞いた少年は複雑そうな顔をしている。
朝倉は楽しそうに笑いながら言った。
「正解した褒美に特別に教えてやろう。
博士はダンジョン治安総局(DSH)の元研究員だったのは知っているな?
彼女はDSHから逃げ出し、ダンジョン・プレザーブ・ネットワーク(DPN)に保護された。他に頼るところがなかったとはいえ、DPNはただのNGOではない。
ダンジョン治安総局(DSH)の副指令が言っていたようにテロ活動のようなことも実際にやっているんだ。
そういう組織のバックには何らかの思惑があって支援している輩がいる……、かもしれない。
あるいは、そんな組織の下で誘拐の手伝いをしているような人間は、実はどこかの国のエージェントだったり、金で雇われたクソ野郎……。かもしれないって話さ」
朝倉は一拍置いて言った。
「そして日本は、昔からスパイ天国だからな。中継基地としてとても便利なのさ。
このダンジョンだって、その重要拠点の一つ……だったのかもな」
少年は呆然とした。
「そんな……!! で、でも、どうしてそこまで話してくれるんですか?」
朝倉は厳しい表情で言った。
「少年、君は博士に少女を頼むって言われたんだろ? なのに他人任せで出かけて行った」
「でもそれは……」
少年は弁解しようとしたが、朝倉はそれを遮る。
「仕方なかったって言いたいんだろ? 勿論事情も知っている。でも君は博士に託されたんだ、あの少女を。それはもしかしたら彼女の最後の言葉、最後の願いになるかもしれないんだ」
朝倉の表情がより真摯なものに変わる。
「君は彼女の言葉を無視することも出来る。だが……、もし頼みを受けるのならば覚悟をしなければならない。君も薄々は気付いているんだろ? あの少女は普通ではないと……」
少年は心の準備を整えるように頷いた。その瞳は真剣そのものだった。
「……はい」
朝倉は納得したように言った。
「脅すつもりはない。が、気楽に受けられるような簡単な頼み事ではないぞ。
いいか少年、よく考えて決めろ。そしてもし受けるならば、今後は俺たちに対しても気を抜くな! 信用するな! 特に……俺らのリーダーに対しては、決して!」
朝倉は一度間を置き、空気を弛緩させて付け加える。
「心を許すなという意味では、あの女狐もだな。ちょっと違う意味も含まれるが……」
「あら、女狐って誰のことなのかしら? それに違う意味って何かしら? すごく気になる」
ふと背後から冒険者のレネ・ハルターが現れ、悪戯っぽく笑っている。
朝倉は驚いて振り返った。
「なにっ!!! いつからいたんだ? どこから聞いてた?」
レネ・ハルターは軽く答えた。
「ユニークスキルの辺り……、かしら?」
朝倉は顔を青くした。
「ぅげっ、参ったな……」
レネ・ハルターは少年の首を絞めるように腕をまわして後ろから優しく抱きしめた。
「わたしは君のこと気に入ってるから、たとえ敵対することになっても優しく逝かせて、あ・げ・る。だから何も心配いらないよ」
少年は顔を青ざめさせて苦しそうに笑った。
「そ、それは……あ、ありがとうございます……」
レネ・ハルターは耳元で囁いた。
「そうだ。せっかくだから、わたしの秘密も教えてあげるね。わたしの、ユニークスキル。力の本質は同調、対象は速度。自身や他の物体との相対速度を同調させることができるのよ」
「えぇっ!!!」
少年は驚愕した。
「……、で、でも?」
さらに少年は言葉に詰まった。
レネ・ハルターは問いかける。
「でも?」
少年は驚きと混乱の中で疑問を投げかけた。
「あ、あの……レネ・ハルターさんのユニークスキルが凄いのは分かります。
でも、あの凄まじい強さは……、速度を変えるだけって、……そ、それだけじゃ、ないですよね?」
レネ・ハルターは嬉しそうに笑った。
「それだけだよ」
少年はさらに混乱して言葉にならない声を出した。
「……」
朝倉は呆れたように言った。
「少年。この女は俺たちとは根本から違うんだ。それにユニークスキルは同じ発現能力でも使い手しだいで大きく化ける。それにさっきも言っただろ? 信用するなって」
レネ・ハルターは不満そうに言った。
「失礼ね、わたしは嘘を言ってないよ」
彼女はふと、遠くを眺めるような仕草を見せる。
「あら、誰か来るわ。そろそろ作戦開始の時間ね」
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