第14話 ダンジョン治安総局
カメラは少年の周囲を映し出す。
彼らはダンジョンの最深部に到達していた。そこは谷底のような空間で、両側には切り立った崖がある。
「残す未探索地域は、この先の区画だけです」
地図を手にした黒瀬が冷静に告げる。
少年はカメラを冒険者たちの方に向けた。
彼らはお互いに目配せをしているが、前に進もうとしない。
ヘレナは少年に向かって言った。
「ドローンを全て完全自立モードで起動しなさい。そして、ステルスモードでこれから起こることを記録するように指示しなさい」
少年は驚いてヘレナの方を見る。彼女の声には緊張が混じっていた。
「えっ? な、なぜ突然……?」
ヘレナは厳しい表情で言った。
「いいから早く言うとおりにしなさい」
少年は戸惑ったが、彼女の言うとおりにドローンの操作パネルに手を伸ばす。すると、ドローンは一斉に飛び立ち、闇の中に隠れた。
カメラの映像がドローンで撮影されたものに切り替わる。
長距離望遠だが映像、音声共に鮮明だ。
「あからさまな罠だな。待ち構えているぞ」
朝倉が言った。彼は落ち着いているが、その表情からは覚悟が感じられた。
彼は周囲を見回す。
「後方ももうすぐ包囲されるな。さて、どうする?」
黒瀬は笑って答えた。
「わざわざ歓迎の用意をしているのです。向かいましょう」
「良いのですか?」
女性冒険者のレネ・ハルターが笑顔で尋ねる。彼女の目は前方の暗闇に向けられており、期待と興奮が宿っていた。
黒瀬は眉をひそめて首を振る。
「彼らとはお話をするだけです。交戦は避けてください。
どうやらこの先の区画にも出口はないようですし、彼方もこのダンジョン変異による自身の状況は把握しているでしょう」
彼らは奥に向かって歩き始める。道の先には広い空間があった。
ドローンは岩陰から、彼らが進んでゆく様子をカメラで忠実に捉えている。
しばらくすると、遠くから拡声器による声が聞こえてきた。
「そこで止まれ!」
その声に合わせて、広場の四方から強烈な光が照射され、カメラの映像は白く飛ぶ。
しかし、すぐに調光機能が働いて周囲の状況は明らかになった。
四方を囲むライトによって、冒険者たちの姿が闇の中に照らし出される。
少年は手をかざして光から逃れようとしているが、無駄だった。
光源から放たれる光に包まれながら、一人の男が姿を表す。
彼はコンバットスーツとボディアーマーを着ているが、その上にしゃれた外套を羽織っていた。
男は高らかに言った。
「ようやく逢えましたね、博士。いい加減に、私の娘を返してもらえませんか?」
カメラはその男の視線の先を探した。そこにはヘレナと少女が立っていた。
少女は無感情にその男の顔を見ている。
「娘? 一片の愛情すら持ち合わせていないでしょうに」
ヘレナは男に侮蔑の笑みを返した。
「何を言っているのです? 手塩にかけて大事に育てた愛娘ですよ。彼女は私の希望であり、夢なのです」
男はヘレナを非難するように見つめる。
「有用な実験動物として飼育してたの間違いではなくて?」
男は顔を曇らせながら言った。
「言いがかりは止めていただきたい。そういう君は娘だけでなく無関係の少年も連れ回しているようだが」
男は冒険者たちに視線を向ける。
「そこの男は無駄なことを嫌う人間のはずだが、その少年にも何か利用価値があるのかね?」
黒瀬は冷静に男の顔を見ている。彼とその男は何か因縁があるようだった。
男は続けて言った。
「外部の人間に救助された時に備えて、身分の偽装に利用できると考えたのか? あるいは……何らかの……」
男は黒瀬を挑発するように見つめる。少年は不安そうに首を振った。
「彼はダンジョン変異に巻き込まれた、ただの冒険者見習いの子供です。大人の冒険者として、子供を保護するのは当然でしょう」
黒瀬が言う。彼の声には誠実さがこもっていたが、男は不信そうに言った。
「ただの一般人ですか? そういうことならば……。
少年、そこの少女と共にこちらに来なさい。
私は、ダンジョンに関連する治安維持および法執行を担当する組織、ダンジョン治安総局(Dungeon Security Headquarters)の副指令兼軍事研究部長だ。我々が責任をもって君を保護しよう」
少年は困惑している。
「……い、いえ結構です。あのっ、申し訳ないのですが、お、お断りさせてもらいます」
男は驚いて言った。
「おやおや、我々よりも彼らの方が信用できると思っているのかな?
そこの自称冒険者たちの本性はテロリストだ。誘拐犯で人殺しなのだよ。
わたしの娘をさらい、わたしの部下をたくさん殺した。極悪人の集団だ」
男はさらに続ける。
「一緒に行動していたならば見ているんじゃないのかね? 彼らが人を殺しているところを。それともうまく騙して裏の顔を見せない様にしていたのかな?」
ヘレナは憤慨しながら言った。
「裏の顔ならば、あなたがたダンジョン治安総局(DSH)のほうがよほど醜いでしょうに」
少年は混乱しているようだ。状況が理解できず、男性冒険者に救いを求めるように顔を向けた。
黒瀬は少年に向かって淡々と語る。
「残念ですが、彼の言ったことの一部は事実です。少年、我々は君を騙しておりました。彼女たちも元より既知の知り合いです」
女性冒険者のレネ・ハルターはてへっと舌を出して謝る仕草をする。
黒瀬は続けて言った。
「ゆえに今後も我々と共に行動する理由はありません。ですが、我々の裏切りが、あの男とダンジョン治安総局(DSH)を信用する理由になることもありません。これからの行動はご自身で判断して決めるのです」
少年は黒瀬から目をそらし、顔を伏せて言った。
「言われなくても……そうさせて……もらいます」
一方、男はヘレナと会話を続けていた。
「君たちの望みは理解している。
わたしの娘を返す気はない、しかしダンジョンボスを倒すために我々と共闘したい。こういうことだろう?
まったく、テロリストというのはどうしてこうまでも自己中心的なのか……。
我々には充分な装備がある。何故、我々だけでは倒せないと考えるのかね?」
朝倉はあざ笑って言った。
「装備だけで倒せると思うのなら、やってみればいいさ。ボスはそんなものでは歯が立たないぜ」
男は挑発的に答える。
「君たちは私の部下の命を沢山奪ってきた。しかし、こちらの精鋭部隊とはまだ手合わせしたことはないだろう?」
カメラは闇の奥から兵士たちが姿を現すのを捉えた。彼らはダンジョン治安総局(DSH)の特務部隊だった。
彼らは最新装備で武装しており、冒険者を威圧する。
レネ・ハルターは嬉しそうに言った。
「なるほど、なるほど。なかなかの手練れがそろっているのね。それなら、今すぐ殺りあってみない?」
カメラは彼女の顔を映した。彼女の顔は歓喜と期待に満ちている。
空気が殺気立った。
男は不本意そうに言う。
「ふん、残念だが今は止めておいてやる。戦力が無意味に減るだけだ。
いいでしょう、貴様らとの共闘を受け入れる。ダンジョンボスを倒すまでは娘もそちらに預ける」男は続けて言った。
「ただし、我々の完全管理下で行動してもらう。どのみち、ダンジョンボスとの戦闘中は博士と娘の護衛は我々が担当することになるのだ。君たちは最前線でダンジョンボスと戦ってもらうよ」
◆◇◆◇◆
「少年、ごめんなさい。君を騙すような真似をして」ヘレナが謝罪の言葉を口にすると、少年は首を振った。
「いえ、謝らないで下さい。あの時彼らに助けてもらわなかったら、ボクは蟲に殺されてました。そのあと保護されなかった場合でも、ボク一人では生き延びることが出来なかったでしょう」
少年は続ける。
「あなた方にも複雑な事情があることは、あの会話で察することができましたし、これからもボクを利用してもらって構いませんよ。荷物運びくらいしか出来ませんが」と、少年は少し卑屈に微笑む。
「君を利用するつもりなんてないですよ」
ヘレナが言った。彼女の声は優しく、しかし悲しげだった。
「本当はわかってます、嫌味な言い方してすみません。あなたがボクに冷たく当たっていたのは、自分たちの事情に巻き込まないため。なんじゃないですか? わかっているんです。だからもう気にしないで下さい」
少年は無理に明るい声を出す。
「悪かったな少年。だが、許してくれとは言わねぇよ」朝倉が割り込んだ。
「ダンジョンから無事に脱出する。そのために、おまえも俺たちを利用すればいい。それと、少女には罪はない。守ってやってくれ」と、彼は少年の肩を叩いた。
映像はそこで終わる。
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