第6話 蟲

ダンジョンを歩く映像が再生された。


少年の足元や手元がカメラに映っている。


「もう2時間くらい拠点の周辺を探索してるけど、死体があった場所以外に特に変わったことは見つけられていません」


少年の声が聞こえてきたが、声量は小さい。彼は少し焦っているようで足早に歩いている。


「拠点からここまで、直線距離なら500メートルも離れていないと思いますが……」


少年はそう言って、来た方向を振り返る。


「少し前から……嫌な音がするんです……」


少年はさらに声を小さくして言った。彼は足を止めて耳を澄ませる。


「ほら、また聞こえた……」


少年は不安げにつぶやく。


「引き返そうと思うんですけど……というか既に引き返してるんだけど、音が少しずつ大きくなってるような気がするんです……」


少年はそう言いながら再度後ろを振り返った。


「なんか……湿気も高くなったような気がする……温度も上がってる?」


少年は既に駆け足になっている。彼の言っていることが彼自身の運動によるものなのか、実際に周りの状況がそうなっているのか映像では判断できない。


「ハァハァ、息が苦しい……」


走り出してから5分程経過している。少年の息は荒くなり、しきりに汗を拭っている。

彼は息を整えるために速度を緩めて、大きく深呼吸を始めた。フラフラとした足取りでかなり苦しそうだが必死に前に進み続けている。


「し、進行方向からも音が聞こえる……」


少年の声は恐怖と不安に震え、歩みも止まってしまう。

カメラのマイクにも少年の荒い息遣いに混じって微かに異音が聞こえてきた。


「か、囲まれてる!?」


少年はどちらに進むべきか分からないようで、その場から動けなくなっている。


「イタイっ! あ、足をかまれた!」


少年はシールドを振り回す。悲鳴とともに、カメラは激しく揺れて映像が乱れる。

素早く動く影がぼやけて映る。それは複数の小さな生き物のような何かだ。ハッキリと見えなくても動きや形からその生き物の異様さが伝わってきた。


少年は狂ったように叫びながら、無茶苦茶にシールドを振り回している。

しばらくの間、彼は壁にぶつかったり床を転げまわったりしながら、正体不明の敵と格闘を続けた。


「や……、やっつけたぞ!」


少年の声が聞こえる。カメラの映像が安定すると、手の平くらいの大きさの蟲が数匹潰れているのが見えた。蟲は黒い殻に覆われており、鋭い牙や爪を持っていた。死体の周囲には気味の悪い内臓や体液が飛び散っている。


「これが謎のモンスターの正体……、たった数匹にこんなに苦労するなんて」


少年はそう言って、カメラに蟲を映す。


「も、もしこれが……群れでやってきたら、どうしたらいいんだよ……」


少年は蟲の死体を詳しく調べようとした。その時、


「ドォゴオオォオオオン!」


重たい音とともに地面が揺れる。続けて世界が割れる様な音がして画像が乱れた。



「ヒィっッ! じ、地震?」


少年は叫んで、周りを見回す。


「えっ? いや……でも……ダンジョンで地震……?」


少年はパニックに陥り、言葉も詰まる。

再び立ち上がろうとするが、少年の足はもつれた。


「あれ? 足に力が入らない!」


少年は何度も立とうとするがうまくいかないようだ。カメラの映像が上下に揺れる。


「何か足が痺れてて感覚が……なんだコレ……すごく腫れ上がってる……」


少年はそう言って、足をライトで照らす。足は赤く腫れており、蟲に噛まれた跡が見える。傷口からは黒い液体が滲んでいた。


「ま、まさかさっきの蟲……、ど、毒を持ってたの?」


少年は悲痛な嘆きを漏らした。彼の手は震えており青白くなっている。


「ヤバイやばい、やばい、やばいよ……」


少年は地面を這って逃げようとする。カメラの映像は暗くなり、床の岩石や土しか見えなくなった。それでも時折見える背景などから、彼が方向も分からずに逃げ惑っていることが分かる。


「さ、さっきの蟲と同じような音が聞こえてくる……」


少年は怯え震えた。カメラのマイクからも蟲が蠢く不気味な音が聞こえる。それは岩を削るような音だ。蟲の群れが迫っていることを示している。


「いや、さっきよりも、もっと重い音が混ざっている……」


少年は言いながら後方を振り返る。カメラの映像がぶれて、何か大きな影が見えた。それは蟲よりもはるかに大きかった。岩石のような皮膚に覆われており、鋭い牙や爪を持っている。それは少年の方に向かって進んでくる。


「くるな、くるなあアアアアア~!」


少年は叫びながら銃を撃ち始めた。銃声とともに、カメラの映像がブレる。いくつかの銃弾がモンスターに当たるが、ほとんど効果がないようだ。モンスターは少年の攻撃に反応して咆哮を上げる。その音はカメラのマイクを飛び越えて、画面を歪めるほど不快なものだった。


カチカチと引き金を引く音が聞こえる。少年の持つハンドガンの弾倉は空になったようだ。


「リロード……リロードしないと……」


少年はそう言って、震える手で弾倉を入れ替えようとする。が、うまくいかない。

そうしている間に既にモンスターは目の前に迫っていた。


「あああぁアアアっっああぁぁぁっああああ……」


少年は叫んで、シールドを振り回す。シールドにモンスターの牙や爪が当たり、鈍い音が聞こえる。シールドは次第に歪んでいく。カメラの映像は乱れてぐるぐる回る。

少年の悲痛な悲鳴と共に彼の身体が壁にぶつかったような音がして、衝撃が画面を激しく揺らした。そして、


「ドゴォン!」


とても大きくて重たい音が轟く。


「ドゴォ、ドゴォ」


連続して聞こえる轟音はモンスターの攻撃とも少年のハンドガンとも異なる音だった。それはまるで、ショットガンのような音だ。


「退路を確保してください」


少年とは違う、成人男性の声が聞こえてきた。


「俺が少年を背負うぜ」


「火焔弾、使う!」


「了解しました。今です!」


戦闘音が続くが、画面は何かに覆われていて視界はふさがっている。

画面の端に僅かだが、火焔弾の炎が巻き上がるのが見えた。

ギチギチと蟲がもがき苦しむ音と燃える音がする。

やがて白い煙で何も見えなくなった。


「た、助けてください……」


少年の弱々しい声が聞こえた。彼は意識を失いかけているようだ。


「大丈夫だ、心配するな」


男性が答える。彼は少年を抱きかかえて、その場を脱出しようとしているようだ。


「ありがとう……ござい……ます」


少年の声が聞こえる。


そこで映像は途切れた。

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