第7話 冒険者たち
少年は、カメラに向かって報告した。
「や……やあ、皆さん……聞こえますか? えっと、ボクはまだ生きています」
カメラは彼の顔を捉えている。彼は蟲に噛まれた傷跡が残る左頬を手でさすりながら、少し居心地が悪そうに話した。
「冒険者の方に助けていただきました。今後の動画撮影についてなんですが、ダンジョン脱出後に自分たちの置かれた状況を説明するのに使えるということで、記録係に任命されました」
少年はカメラから目をそらして、周囲を見渡す。
「どうもこのダンジョン、おかしなことになってるみたいです。地形が変化してたり、以前にあったものが消えてるとか、逆に無かったものがあったりするそうです。さらにダンジョンの出口も元の場所には見当たらないらしくて……。えっと、その話は長くなるので後で説明します」
少年は一息ついて、カメラを振った。そこには3人の男性冒険者が立っている。 少年は彼らに助けられたようだ。
「まずは助けてくれた冒険者の方々を紹介します。こちらが冒険者の黒瀬さん。チームリーダーです」
カメラは黒瀬と紹介された人物の顔を映す。その冒険者は中年の男性だった。 彼は冒険者というより執事のような雰囲気で、紳士的な言葉遣いをする。 彼はカメラに向かって微笑み、礼儀正しく自己紹介をした。
「はじめまして、黒瀬と申します。このチームのリーダーを務めております。少年、君に会えたのは非常に幸運でした。君のおかげで我々はこのダンジョンの異変について重要な情報を得ることができました。心よりの感謝を申し上げます」
「こちらこそ、助けていただいたのに逆に感謝だなんて、とんでもないです。皆さん、本当にありがとうございました」
少年は冒険者に向かって深くお辞儀をする。
黒瀬は微笑みをひとつ返し、メンバー紹介の続きを促した。
「えっと、次は迎撃前衛の朝倉さんです」
カメラは冒険者の顔をアップで映す。彼の容姿は二枚目だが少々軽薄な印象を見る者に与える。 彼はカメラに向かってニヤリと笑い、からかうように話しかけた。
「よろしくな、少年。俺は朝倉というんだ。このチームの迎撃前衛をやっている。まぁ今はそんなことはどうでもいい、俺は非常に重要な発見をしたんだ。よく見ると君はとても可愛らしい顔をしてるね」
「えっ!……」
「冗談だよジョウダン、本気で引かれるとお兄さん困っちゃうよ」
少年は押し黙り、チームリーダーの黒瀬に助けを求めるように視線を向けた。
「安心しなさい少年、その男は生物学的に純粋な女性にしか興味がない。本当です」
「そ、そうですか。朝倉さん、そういう冗談はやめてください」
朝倉は少年に向かってウインクをする。
一瞬たじろぐが、気を持ち直すようにして少年は紹介をつづけた。
「最後が防御前衛の柾木さんです」
カメラは非常に大柄な男性冒険者の顔を映す。彼は面倒臭そうにカメラに向かってうなずき、無表情に言った。
「柾木だ。よろしく」
少年は3人の顔を順番に映した。
「少年、君の名前も教えてもらえないか?」とチームリーダーの黒瀬が尋ねた。
「ボクは……」
少年は返答しようとしたが、途中で言葉が詰まる。
「えっと……冒険者見習いの蒼井 健太です」
少年はカメラに向かって名乗ったが、その声には不安や緊張が感じられた。 彼は何かを警戒するかのように視線を揺らす。
「見習いか……経験不足は分かりますが、蟲対策は必須ですよ」
黒瀬は少年に巻かれた包帯を指さした。
「すみません。治療までしていただいて、ご迷惑をお掛けしました」
朝倉が少年に忠告する。
「せめて蟲除けの薬くらいは常に持ち歩いていた方がいいと思うぞ」
「虫除けですか?」少年は首を傾げた。
「念のために言っておくがダンジョン専用の奴だぞ」
朝倉が言うと、ポケットから小さなスプレー缶を取り出した。 それをカメラに見せて説明する。
「これだ。ダンジョン内では普通の虫除けじゃ効果がないからな。これを使えば蟲や一部の小型モンスターは匂いを嫌って寄ってこない。持続時間は短いがな。
それとハンドガンは無謀だぞ、ショットガンにしておけ。蟲相手なら弾はバードショットだ。普通のモンスター相手だと威力不足だからあまり使わないのだが、知っているか?」
聞かれた少年は嬉しそうに早口で答える。
「はい、鉛製の小さな球状の弾丸で構成されてて、直径は1~4.83ミリ。
一つのショットシェルに数十から数百個の散弾が入ってて、銃身から一度に多数の弾丸を広範囲にばらまきます。
主に鳥や小型の動物を狙うのに効果的で、大型ならスラッグショット、動きが速い敵や数が多い時はバックショットで……」
「お、おぅ、結構詳しいんだな少年」
少年は一瞬やってしまったという顔をしたが、それでもどうしても気になるという風に話をつづける。
「あ、あの……それと、気を失う直前ではっきり見れなかったですけど、マグネシウムのペレットが封入されてる散弾銃用の焼夷弾を使ってましたよね。」
少しあきれた様子の朝倉だが優しい口調で答える。
「あぁ、ドラゴンブレス弾だな。言いづらいから俺たちは火炎弾とよんでいる。アレは仲間を巻き込んだり延焼するから、狭い空間で使うのはあまり好ましくないが、蟲退治には効果的だ。炎が届く距離は30mくらいで……」
やれやれといった感じで黒瀬が手を振って話を遮った。
「申し訳ありませんが、弾の話はそのくらいにしていただけませんか? 詳しい内容については後でゆっくりとお話をなさって下さい。
それよりも今は、少年にもう一度確認したいことがあります。君はダンジョンの縦穴に落ちたのですね?」
黒瀬は自分に対してではなく、カメラに向かって答えるように少年に促した。この会話を記録として使えるものにする心算らしい。
「はい。その時にさっきの地震のような音と空気の振動を感じました。落下中でパニックになっていたので確かなことは分かりませんが、落下時間がすごく長いと思いました」
少年はカメラに向き直って答えた。
「ふむ、結論から先に言うと君は別のダンジョンから転移してきたのかもしれませんね。その穴には転移トラップがあった可能性があります」
チームリーダーの黒瀬はそう言って、眉をひそめた。
「それだけではありません、このダンジョンには元々転移トラップが多数存在しました。その中には他のダンジョンに転移させられるものもありましたが、それらの転移トラップは全て消えたのです。代わりに他のダンジョンの一部と思われる構造物を我々は発見しました。さらには見慣れないモンスターの姿もです」
黒瀬はカメラに向かって説明した。 彼らはこのダンジョンに入ったときから、異常な現象に遭遇していたようだ。 地図と合わない地形や道、無いはずの罠、在るはずの壁、そして他のダンジョンから来たとしか思えないモンスターなどだ。
「今後の行動ですが、探索を続けて出口を探すしかないでしょう。もしかすると他にも巻き込まれた冒険者がいるかもしれませんし、何かしらの脱出の役に立つ情報も見つかるかもしれません」
黒瀬はそう言ってカメラを指さした。
「君はそのカメラで我々が発見したものや出来事を記録してください。状況の分析にも役立つかもしれませんので」
「はい、わかりました」
少年は素直に頷いた。
朝倉は横で考え事をしながら独り言を話している。
「ふうむ。転移空間への移行の際に体感時間が伸びたのか、実際に時空が歪んだ可能性もあるな……。我々の従来の理解などダンジョン内では役に立たないわけだが、そもそもダンジョンは未知の次元や時間の流れに触れている可能性も示唆されていたな……」
そこで映像は止まる。
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