第1話 ゴミダンジョン

「えっと、ここはいわゆるゴミダンジョンです」


少年のかすれた声が聞こえる。


少年はダンジョンの中を歩きながら撮影しているようだ。急いでいるようだが足取りは重く、表情も暗い。彼はあたふたとした様子で話し始めた。


「じ、実は、前回上げた動画がバレて、今逃げてるところです。あっ、前回って言ってもアカウントごと削除されたし、今これを見てる人がいたとしても訳が分からないと思いますが……。い、今は逃亡中なのでダンジョン内から配信する予定も機材もないですけど、万が一に備えて、とりあえず撮ってる感じです」


少年の顔は過度のストレスと緊張でとてもやつれているように見えた。


「一応前回の動画について説明しておくと、冒険者養成学校の実態とボクも騙されたって話を動画サイトに投稿しようとしたんですが……。アップロード自体が何故かうまくいかなくて。

それを同じ学校の先輩に相談したら、ものすごく真剣な顔で今すぐ逃げたほうがいいぞと言われたんです……」


少年は自嘲的に笑って見せるが、その目はどこか遠くを見ている。


「過去にも似たようなことをした先輩がそれなりの数いたらしいのですが、皆数日後には姿を見なくなって……、噂ではダンジョンの深域に送られたとか。

それでボクは、その日のうちに冒険者養成学校を逃げ出して、今ここにいる訳です」


少年は虚ろな目のまま話しを続ける。


「冒険者養成学校の生徒は簡単には外に出られないんですけど、実地訓練とか研修の名目でダンジョンで荷物運びをやらされるんです。ボクの場合はユニークスキルがその荷物運びに役立つって、毎日ダンジョンに行かされてるので逃げ出すのに丁度よかったんです」


カメラは少年の背中にある大きな荷物を映す。それは彼の体よりも遥かに大きく、非常に重そうだ。


「この荷物も他のダンジョンに運ぶ予定のを、そのままここに持って来たんですが……。

これを受け取る予定だった人、ゴメンナサイ。


ちなみに荷物運びなんですが登山と同じで中継基地まで物資を運ぶ人間がどうしても必要なんです。それは、ダンジョン内の物理法則が地上と違うので運搬用の機械を持ち込んでもうまく動作しないからなんですが、人の足じゃないと通れないところも沢山あって、結局は人力が必要ってことなんです」


少年は時々振り返って後方を確認しながら歩き続ける。


「えっと、それから……、ユニークスキルについては最近情報が広まってるけど、ダンジョン内のセレスティアルマナに触れると、すごく低確率だけど特別な効果を持った力を得ることがあるんです。


ボクは浮遊の能力を得ることができました。最初はみんな驚いて、特別扱いされて、ボクも凄く嬉しかったけど……」


少年の体がわずかに浮き上がる。


「飛べるのはたった1センチ、しかも30秒で息切れする……。周りの人たちの態度は一変して、散々バカにされました。

ちなみにユニークスキルはダンジョンの外では使えないみたいです」


少年は悲し気に笑う。


「それまでのボクは努力する前に諦めてました。けどその時は本当に必死になって頑張ったんです。で、30分維持できるようになったんです。……高度1センチを」


少年はカメラに向かって誇らしげに言った。しかし、彼の目には涙が浮かんでいる。


「それでもボクは諦めることが出来ずに、さらに毎日毎日すごく努力をして、触ってる間なら自分以外も浮かせることができるようになりました。それでボクの才能はようやく認めてもらえました」


少年は背中の荷物をひとつ下ろすと手で触れる。するとそれは1センチだけ浮き上がった。


「……荷物運びとして」


少年はカメラに向かって笑顔を見せるが、その顔は皮肉に満ちていた。

彼は荷物を拾うと、再び歩き始める。



「ユニークスキルの使い過ぎでぶっ倒れても、毎日引きずられるようにしてダンジョンを連れ回されました。おかげで今は、4時間連続で浮かせられるようになりました。ホント有難くて涙が止まらないです……」


彼はカメラに向かって泣き笑いする。


「折角ダンジョンに行っても、ボクはずっと荷物運びだからモンスターなんて狩らせてもらえないし、戦闘の経験も得られません。

それでもボクはましな方なんです。荷物を運んでいる最中にモンスターを釣る囮にされて、命を落とした先輩もいるらしいです。

冒険者養成学校って、一応公的機関なのに……」


少年はしばらく無言で歩いていたがぼそりとつぶやく。


「ボクはもう何も信じることが出来ないよ」



そこで映像は一旦途切れた。






◆◇◆◇◆






画面には少年が自撮りしながらダンジョンを歩いている姿が映っている。


彼はカメラに向かって話しかけるが、表情には疲労と緊張が見える。


「ここはゴミダンジョンだといったよね。素材集めに向いてるモンスターはいない、お金になりそうな資源もない。

今だってボク以外に誰もいない。そんな所だから警備もいい加減で、逃げ込むには丁度良かったんです」


説明をしている少年の声は少し震えていた。


カメラは揺れながらダンジョンの内部を映す。完全な暗闇でライトの明かりがなければ何も見えないだろう。空気は淀み湿っているように見えた。照らし出された壁には不気味なひび割れや何かが潜んでいそうな穴が複数見える。



カメラは前方にある巨大な穴に焦点を合わせる。穴は直径10メートル以上もあるだろうか、暗くて奥は見えない。


「この穴は、一番下の最下層まで貫いていると言われています。ものすごく深くてライトで照らしても穴の底は全く見えません……」


少年の声に恐怖と不安が混じる。それでも彼はどんどん穴に近づいていく。



「でもボクは、もう……こうするしかないんだ……」



少年はカメラに向かって微笑んで見せる。しかし、その笑みは歪んでいた。




「さよなら、クソみたいな世界」



少年はカメラを手に持ったまま穴に飛び込む。




「うわあああああああああああああああ!!!!」




画面は暗闇に閉ざされたままで、少年の悲鳴と風の音だけが聞こえる。


突然、落下する音が小さくなり、彼の悲鳴も止む。画面には微かに縦穴の壁が見えた。


「な、なぁ~んちゃって……。え、えっと、ふざけてごめんなさい。

これがボクの浮遊スキルの真の力なんです。ってほど大げさな物ではないんだけど、この使い方だけは他人にはバレないように隠してました。上には1センチしか浮かないけど、落ちる分には速度をコントロールできるんです。但し、横には移動できないのですが……」


少年はカメラに向かって説明する。彼の声に期待と不安が混じる。


「これで一気に最下層まで行くつもりです。もし、そこに宝箱か何かがあったなら一発逆転できるかもしれない。でも、ヤバいモンスターがいたら……」


少年の声が震える。


「それでも……覚悟は出来ています。ボクの人生はすでに詰んでいるんだ」


少年はカメラを下に向ける。


「さあ、行こうか」


画面が再び暗闇に包まれる。


落下する音がする。しかし、その音は非常に小さい。少年はゆっくりと降下しているようだ。



しばらくそのまま続く、画面には縦穴の壁らしきものが暗闇の中にぼんやりと流れてゆく。



「ち、ちょっとこれ、深すぎないかな? もう10分以上は経ったよね?」


「ど、どうしよう……」少年の怯える声が聞こえる。


「そもそもこれ、帰りどうすればいいんだろ? こ、こんなに深いなんて思ってなかったよ……」


少年の声は恐怖に震えていた。

頼りないライトの明かりの中、彼は不安そうに周囲を見ている。






突然、画面が揺れる。


「ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ」


同時に低くて重い音が聞こえてきた。地震のような振動音で空気も激しく揺れる。


「や、やばい! すごく嫌な予感がする」


少年の呼吸は不安と恐怖で乱れている。しばし沈黙が続く。


「ドガガガガガガガガガガガガガガアガガッ」


振動と音がさらに大きくなり、画面が激しく震える。


「い、今更だけど……すごく、後悔してます。な、何なんですかこの音?」


やがて耐えられないほどの轟音になった後、突如静寂が訪れる。



「?!……」



画面には暗闇に激しいノイズだけが映っている。


「い、いくら何でもおかしくない? いったい、何が起こっているの?」


少年の声は恐怖と困惑に満ちていた。



「それにもう随分時間が経った気がする。……落下速度早めようかな? でも暗くて下が見えないし、突然地面が現れたらヤバいし……」


少年はとても焦っているようだ。


「で、でもこれ、もうユニークスキルが持たないし……」


少年は落下速度を上げようとしているらしい。


「これくらいかな……」


少年が浮遊スキルを弱めた。


「え?」


少年は驚く。突然、スキルの効果が完全に失われて落下速度が上がる。


「な、なんでだよ……」


少年は再び浮遊スキルを使う。しかし、何も起こらない。


「やばい……やばいやばいやばい……」


少年はパニックに陥る。


「浮遊スキルが効かない……どうしてだよ……まだ限界じゃないはずだよ……」


少年はカメラに向かって叫んだ。


「誰か助けて! お願い! だ、誰か、助けて!」


少年の声は悲痛だ。しかし、誰も答えない。画面が揺れる。落下する音がする。彼の悲鳴が聞こえる。



「うわあああああああああああああああ!!!!」



少年はさらに加速して落ちている。画面には高速で上方に移動するダンジョンの壁が微かに見えた。風を切る鋭い音がする。カメラが激しく揺れる。


「た、助けて! 助けて! 助けてーーー!」


少年の声は絶望的だ。しかし、誰も助けない。

彼の声が風に消されそうな勢いで、カメラが揺れ続ける。


「ぐああああああぁっ!!!!」


少年の声が途切れる。

激しい衝撃音が響き、画像は乱れてノイズと共に地面に転がる。


ぼやけた画面には、彼が持っていた荷物の中身がぶちまけられた様子が映し出された。

武器と防具と靴と帽子と手袋とマスクとゴーグルと歯ブラシと歯磨き粉とシャンプーとリンスとボディソープとトイレットペーパーとタオルとパジャマと


そしてぐちゃぐちゃになった……


見るに堪えない……少年の……



少年の……顔は……




涙と鼻水で……




「ギ、ギリギリだった……間に合わないかと思いました。 こわかった、マジでこわかった。圧倒的……圧倒的恐怖です。まだ生きていることが信じられないです。……ほ、ほんとうに死ぬかと思いました。ギ、ギリギリ……ギリギリです。ギリギリでした……」

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