第3話 冒険者の武装

カメラに向かって少年が話しかける。

「少しは落ち着いてきた……と思う。それでもまだ、震えが収まってくれません。あ、あれは……いったい何だったんだ……?」


カメラを手で持っているのだろう、画面が小刻みに揺れている。


「それにしてもあれは酷かった。めちゃくちゃパニクって、こんな小さなナイフ振り回したりして。あれがもし強いモンスターだったら、ボクも彼らのようになってたかもしれない」


少年はナイフを見せる。刃は粘液のようなもので汚れていた。


「もっと冷静にならないとね……。

さっきのこと話しながら、状況を整理したいと思います」


少年は深呼吸をする。


「あの死体、はっきりは見れてないけど、顔つきとか日本人ではなかったと思います。それに装備も……」


少年は思い出したものを振り払うようにして頭を振った。


「皆さんも知っていると思うけど、今は国際的な緊張が高まっています。

なので、海外から人も物もほとんど入って来ません。特にダンジョン関連は厳しく制限されています。だから変なんです、外国人の冒険者がこんなところにいるなんて……」


少年はカメラから目線を外して思案しながら話しを続ける。


「それに彼の腰には拳銃がありました。冒険者がそれを持つことは絶対にあり得ないです。だってピストルだし」


少年はカメラを見る。


「あっ、意味不明ですよね。そのあたりのこと、もう少し詳しく説明しといたほうがいいかな」


少年はカメラを三脚に固定する。


「冒険者は法律的には猟師なんです。なので猟銃として認められたものしか所持できない。つまり、日本で拳銃をもってる冒険者というのはあり得ないのです。それがたとえ外国人であったとしても……」


少年はカメラの前に戻って座る。


「冒険者の武装についても話しておこうと思います。

まず、冒険者をやるには狩猟免許が必要になります。第三種銃猟免許を取得すれば銃も使えます。但しあくまで猟師なので軍用銃は使えません。基本的には従来の猟銃として区分される銃のみになります。つまり散弾銃(ショットガン)とライフル銃です」


少年は徐々に早口になり、カメラに少し近づく。


「少し話がずれるけど、ダンジョンの利用権や収益権をめぐって国際的な紛争や戦争に発展する可能性が高まりました。おかげで銃の輸入も難しくなり、取引価格も高騰しました。

でも、ダンジョン出現以前に日本に存在した銃器メーカーは2社しかなかったんです。たった2社。うち一社は軍用銃を、もう一社は猟銃がメインでした。

武器等製造法の細かい規則と規制のおかげで、新規参入も遅れました。冒険者の数は増えたけど供給が追い付きませんでした。そして運よく猟銃を手に入れられてもモンスター相手には厳しかったんです」


少年は更に早口になり口調もオタクっぽくなってゆく。


「何せ装弾数が少ないんです。日本では法律によって弾倉にライフルでは5発、散弾銃では2発までと決まっていて、弾倉にはそれ以上入らないよう部品がつけられ、これを外す改造は犯罪となります。その結果どうなるか?」


少年は真剣な表情で語りかける。


「群れで襲ってくるモンスターもいる。サイズが小さくて素早いモンスターもいる。サイズが大きい奴は硬いし体力もあって撃たれてもそのまま突っ込んでくる。あっという間に冒険者は全滅……」


少年はカメラに向かって悲しげな目をむける。


「さすがに法律は改正されたけど、根本的な問題があります。

ドラムマガジンのショットガンも使えるようになったけど、すごくでかいわりに30発程度しか装填できないし、マガジン交換に時間がかかります。

他にも銃の射程を生かせません。例えばボルトアクションライフルのレミントンM700の有効射程は800mだけど、実際のダンジョンだと距離15mくらいからの遭遇戦は結構あります。仮に30mの距離があったとしても3秒あれば確実に手が届く距離まで迫っています。1発撃って、次弾を装填する時間でお終い。その一発も当たったところで致命傷には程遠いという感じになるんです」


少年はカメラを苦々しく見つめる。


「じゃ、軍用銃の使用許可を冒険者に与えればいいと思うかもしれないけど、それも無理なんです。

政府は一部の冒険者をアイドルや英雄のように持ち上げる一方で、他の大多数の冒険者は奴隷として便利に使いたいと思っています。だから身元調査や審査もゆるい。そんな怪しい身元の冒険者に強力な武器を与えるワケがない。

それと、さっきも言ったけど国際的な緊張が高まっている中で武器の輸入は難しくなっています。自衛隊や警官も自分たちが使う分を確保するだけで余裕がない。それに軍用銃も対モンスターに必ずしも有効ではないのです」


彼はさらに前かがみになる。少し前まで震えながら怯えていた少年には見えない。


「自衛隊の主力銃である20式5.56mm小銃、いわゆるアサルトライフルだけど、これはあくまで対人用です。口径は5.56 mm、これは人間でも急所以外なら簡単には死なない。室内やダンジョン内で撃っても跳弾しにくいけど、これはつまり威力が足りないってことです。

あとは、ベルギーのFN社製の5.56mm機関銃MINIMIや国産だけど生産終了している62式7.62mm機関銃。機関銃はアサルトライフルに比べれば、圧倒的な弾数でごり押し出来ます。モンスターにもそれなりに有効なんだけど、重くて取り扱いが難しいのです。そして何より数が足りてないのです。あと5.56㎜はやっぱり弱い」


少年は苦笑する。


「それらの機関銃は住友重工がライセンス生産をしていたんだけど、ダンジョン出現前に撤退しています。現在、再生産に向けて頑張っているけど、同社には過去に試験データ改竄という輝かしい実績があります。信頼できるかどうか……」


少年はカメラに向かって不安そうな目を向けた。


「話を冒険者の装備に戻します。冒険者もモンスターと戦うために色々と工夫をしました。機関銃やグレネードなどの軍用銃ではなくて、あくまでも猟銃としてモンスターを倒せる武器、その辺の町工場でも作れる銃」


少年は少し間を置いた後に嬉しそうに語る。


「捕鯨銃の復活です。捕鯨銃、その名の通りクジラを捕るための銃なんだけど、明治時代に使われていたものなんです。現在は捕鯨砲として船に固定される大型のものに進化しています。冒険者は持ち運び出来る大きさの捕鯨銃、大昔の骨董品に目を付けたんだよ」


少年は笑顔を見せる。


「捕鯨銃にもいくつか種類があるんだけど、ハープーンガンと呼ばれるワイヤーのついた銛を射出する銃。これはクジラに打ち込んでロープで引き寄せます。ボンブランス銃と呼ばれる火矢を射出する銃。火矢は破裂矢(ボンブランス)と言って、命中したら体内で破裂します」


少年はカメラに向かって得意げに語る。


「似たものに銛の棒の先部に小銃が付いていて炸裂弾を発射出来るボンブランス手投げ銛というのもあります。

冒険者はこれらを現代風に改良して対モンスター武器として政府に認めさせました。

現在主流なのはハープーンガンとネットランチャーを組み合わせたものです。攻撃と足止めを一度に行います。その後ボンブランス銃、今はジャベリンと呼ばれることが多いけど、それで止めを刺します。お金と人員があれば、そういうやり方でなんとか中層までいけるんです」


少年は自信満々に語る。


「底辺冒険者はどうしているかというと、ボンブランス手投げ銛を使います。今は単にスピアと呼ばれることが多いけど、パイク、ランス、パイルバンカーと用途や大きさで呼び方が変わります。配管用パイプとショットシェルを組み合わせた雑な作りで大量に出回っていて、主に冒険者の気合と根性でもって広く運用されているんです」


少年はカメラに向かって皮肉な笑顔を浮かべる。


「ちなみにボクはスピアをもってるけど武器保管所から持ち出せませんでした。銃っぽい武器は移動用のロープを掛けるためのハープーンガンとネットランチャー、あとは鉈とか斧とか刺股とか。ちなみに鉈は刀剣のような形をしていても鉈と呼びます」


少年はカメラに鉈を見せる。それは刀のような形をしていた。


「これでさっきの奴に切りつけたかったんだけど……」


少年は悲しげな目をする。


「そんな余裕はなかったよ……」

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