第33話 功労者
カメラのマイクから衛生兵の声が聞こえてきた。
「だ、大丈夫ですか? ここがどこか分かりますか?」
彼女の声に反応して、少年がかすかに目を開ける。
「自分の名前は言えますか? 私が誰か分かりますか?」
「えっと…………。衛生兵さん?」
少年は虚ろな目で彼女を見上げた。
「……ボクは、たしか…………ボス部屋で」
少年は眉をひそめて思い出そうとしている。そして、
「……っっ! そ、そうだ!!! ゴーレムはどうなったんですか?」
急に声を張り上げた。
「ゴーレムはもう討伐されたから、心配しなくていいんだよ」
衛生兵は優しく答える。
「討伐っ!?」
少年は驚きに満ちた声で叫んだ。
「痛っ!」
身体を起こそうとするが、少年は激しい痛みに顔を歪める。
「まだ動いちゃダメですよ!」
衛生兵は慌てて少年を押さえつける。
「でも、ちゃんと言葉も話せてるし、内容も理解できてるようで安心しました。やっと目覚めかと思ったら意識レベルが低いままだったので、とても心配したんですよ」
彼女は説明する。
「頭を強く打った可能性もありますし、ユニークスキルの使いすぎで脳に負荷がかかったのかもしれません。とにかく、そのまま横になっていてくださいね」
衛生兵は少年の状態を再度確認すると、彼のそばを離れた。
「じゃ、意識が戻ったことを皆さんにもお知らせしてきますね」
カメラは少年の周りの状況を映し出す。
少年の横たわる簡易ベッドの横にはドローンが置いてあった。
飛行機能は壊れてしまったようだが、まだ可動しているようだ。
この映像はそのドローンの子機によって撮影されたものらしい。
手のひらサイズの小型のドローンが少年にまとわりつく様に飛んでいる。
「もしかして……このドローンって結界に挟まってた奴?」
子機は返答するように曲芸じみた飛行をみせる。
暇を持て余した少年は手を伸ばして子機とじゃれ合う。
ふと、子機のカメラは少年から離れて工兵がやってくるのを映し出した。
「意識が戻ったんだね、本当によかった」
工兵は笑顔で少年に声をかける。
「ええ。でも今ここで、こうやって話していられるのは工兵さんのおかげです。ありがとうございました」
「礼なんていらないよ」
工兵は軽く言って話をつづける。
「それよりも、なんだか随分ドローンに懐かれてるね? そういうペット的な振る舞いをするようなプログラムなんて、入力されてないと思うんだけどな……」
工兵は不思議そうに言った。
「このドローンと他にもう一機、それが最後の生き残りなんだ。他のドローンたちはゴーレムとの戦いでみんな壊されてしまったよ」
工兵はとても悲しげに言った後、本体のドローンを愛おし気に撫でる。
「そうだっ! ゴーレム!!」
少年は思い出したように言った。
「あの後どうなったんですか? もう既に討伐されたって聞きましたけど、三体ともですか?」
工兵が応えようとしたときに、二人の一般兵と衛生兵がやってきた。
「クソガキー!! 無事に生きてやがったか? この野郎ぅっ」
「ボウヤ~~!!! 身体は大丈夫なのかい?」
それぞれに声を張り上げながら少年に駆け寄ろうとするが、衛生兵は果敢にも間に入って遮る。
「ダ、ダメですよっ。こんなところで大声ださないでください! 私の許可なく患者に触れることも禁止しますっ!!」
衛生兵は両手を広げて立ちふさがった。
二人は今にも飛びつきそうな勢いだったが、衛生兵の意外な剣幕に圧されて思わずたじろいでしまう。
感動的な再会としてはいささか間抜けな場面もあったが、彼らは再会の喜びを祝してそれぞれ言葉をかわしあった。
「しっかし、こんなところでお寝んねして俺様の活躍を見逃すなんてなっ」
男性兵士は自慢げに言った。
「何が、俺様の活躍だいっ! あんたは逃げ回ってただけじゃないか?」
女性兵士は怒りと呆れが半分ずつといった具合で男性兵士を睨みつける。
「あれは囮っていう大事な役回りなんだよ! 大活躍に違いはないだろっ?」
男性兵士は負けじと応えた。
二人がけんかを始めた脇で工兵が少年に話しかける。
「そうそう、ゴーレムのことだったね。僕が最初から順番に説明するよ」
そう言うと工兵はベッドの横に椅子代わりの箱を持ってくる、とそれに座って話を始めた。
「…………と、いうことがあってね、冒険者たちは本当に強かったよ。
我々兵士の中にも反感を持つものも沢山いた。恨みを持つものもいた。
でも、こと戦闘に関してはその実力を認めざるを得なかった。
ゴーレムは倒されるたびに強くなり、こちらの戦法を学習して対策までしてくる。
指揮系統が失われた寄せ集めの一般兵たちだけでは、とても手には負えなかった。
だが冒険者たちの指示に従って皆が戦い始めることで、逆に敵を追いつめるまでに至ったんだ。
しかし、そこで倒してしまえば、また復活して元通りになる。
それまで使った銃弾や砲弾が失われ、兵士たちの苦労も水の泡だ。
君の予想した通り、結界の外の兵士たちは攻めあぐねていたんだ。
でも、君がゴーレムに結界をすり抜けさせたことで状況は一変した。
ゴーレムが三体とも揃い。うち二体は瀕死状態。結界から出てきた奴を皆でボコって、あとはタイミングを合わせて止めをさす。冒険者との連携と的確な指示があれば、とても厳しくて激しい戦いではあったけど、なんとか討伐することに成功したんだ。
ただ……、倒される直前に不可解な動きを見せていたのが少々気になるけど……」
そこで工兵は言いよどむが、間をおかずに話をつづける。
「まぁ、とにかく。結果的に君のユニークスキルによってダンジョンボスは倒せたんだよ」
工兵は少し目を伏せて、声を低くする。
「しかし、良いことだけではないんだ……。
今後のこともあるから、君にはあえて伝えておこうと思う。
兵士たちの中には、『君を見殺しにしろ』という意見も……実際にあった。
僕はあらかじめ、ゴーレム戦から離れたところでドローンの操縦をしていたんだ。
ところが戦闘が長引きだした終盤には、僕を探し出して邪魔をしようとする人間まで現れだした。
そこの二人は彼らから僕を隠し、守る役目も担ってくれてたんだ」
そう言って工兵は兵士たちを見た。男性兵士は少し前に出て話を引き継ぐ。
彼は厳しい表情で話した。
「お前の活躍でゴーレムが三体揃って、そのお陰で奴らを倒すことが出来た。
それは間違いない。
だがな……、ゴーレムが結界の外の瓦礫を弾き飛ばした時、それに巻き込まれて死んだ人間もいるんだ。
お前がユニークスキルでゴーレムに結界をすり抜けさせた結果、起きてしまった事故だ。
しかし、これはあくまで事故でお前のせいじゃない。
俺たちはそれを理解してるし、お前も気にする必要はない。
だがそう考えない奴もいる。
例えば……。
まず作戦の第一段階、お前のせいで結界の上に降り積もっていた瓦礫が崩落して、多数の兵士を巻き込んだ。さらにお前ひとりが勝手に結界の中に侵入したことで、突発的にボス戦が始まってしまった。そしてゴーレム三体のうち一体を結界内に留めて、無駄に戦いを長引かせた。あげく、結界から抜け出す際には瓦礫を撒き散らかせて、更に犠牲が増えた。
と、考える奴がな……。
最後のに関しては事情の知らない奴から見ると、ゴーレムが勝手に結界を突き破ったように見えるから、俺としてはユニークスキルを使ったことは黙っておけとアドバイスしとくがな……。ヴッっ!」
ドガッ、と女性兵士が男性兵士の尻を蹴とばしたために話が途切れる。
「言い方ってもんがあるだろ、バカッ! それに坊やの功績をなかったことにするなんて酷いだろ、あと悪知恵仕込んで坊やを穢すんじゃないよ!」
「穢すとかそういう問題じゃないだろ? 身を守るためには悪知恵だって必用だろうが!」
「そもそも坊やが意図的にゴーレムを留めたことになってるじゃないかい?」
「いや、外から見たらそう見えるってことで……」
「だから~、それが違うってことを……」
二人は本題をそっちのけで喧嘩を始めてしまった。
仕方がないな、という感じで工兵が話を引き継ぐ。
「君はダンジョンボスを倒した一番の功労者でありながら、見方によっては被害を拡大した元凶として見ることも出来るんだ。残念だけど……、君の立場は……危うい」
少年は彼らの話を真剣に聞いていた。そして再度内容を吟味するようにしばし思考に耽り、言葉を絞り出す。
「そう……なんですね……」
― ― ― ― ― ―
この作品を読んでくださった皆様に感謝いたします。
初めて手がけた作品であり、至らない点や読みづらい箇所もあるかもしれませんが、皆様のコメントや評価がこれからの執筆活動に大いなる励みとなります。
これからも精進し、つづきをお届けできるよう努力してまいります。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
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