家にいたのは

 俺の制止をまったく聞かずにルンルン気分で歩く桜坂と、恨みを晴らさんとばかりに確かな足取りで俺の家へ向かう榊原達によって、俺は家までの帰路を祈りながら着くことになった。


 どうか家に姉さんがいませんように。

 そんな祈りは―――


「あら、お帰りなさい」


 届いたようで届かなかった。


「ちょ、ちょっとなんで多々良さんが俺の家にいるんですか!?」


 玄関を入り、リビングの扉を開けた瞬間視界に映ったのは、椅子に座りながら何やらレポートをやっている多々良さんの姿。

 黒のパンツにネイビーのパーカーというシンプルな服装にもかかわらず、美しさと大人びた雰囲気を醸し出せるのは流石モデルといったところか。


 ……いや、それよりも何故ここに多々良さんがいるかだ。

 姉さんの姿は見受けられないし、今思うと玄関に姉さんの靴もなかった。

 俺は思わず多々良さんに近づいて皆に聞こえないよう耳打ちをする。


「(何故多々良さんオンリー!? お転婆シスターは!?)」

「(レポートを一緒にやるって話だったのに「ハッ! そういえばゆうくんにつけてほしい香水を買いに行くの忘れた!」って言って飛び出していったわ。だから私はお留守番)」

「(……あまりきつくない匂いのやつがいいですね。この前多々良さんにもらったやつは気に入ってるんですが)」

「(一緒に出掛ける時いつもつけてくれてるわよね。結構嬉しいわ、ありがとう)」

「(いえいえ)」


 匂いはきつくなく程よくいい匂いって思われる程度が―――って、そうじゃなかった。

 香水云々よりも、多々良さんが現れたことによってこの状況は酷くややこしいものになってしまったことが目下の問題だ。


「多々良さん、お久しぶりです」

「あぁ、久しぶりね、榊原くん。三か月ぶりだっけ?」

「はい、竜胆の家でゲームをやった時にばったり会った時以来です」


 別に榊原は問題ない。

 全て事情は知っているし、俺の家で遊ぶ際に何度か同じく遊びに来た多々良さんと会ったことがあるからだ。


「あ、あのっ! お久しぶりです、多々良さん!」

「あら、あなたはこの前の可愛い子ちゃんじゃない」

「可愛い子なんて……恐縮です!」


 桜坂も、まだ問題はないだろう。

 一応俺がkaedeの妹ということを知っており、yukiと一緒に撮影したモデル仲間ということもあって、この家にいることは大方誤魔化す方面で解釈してくれるはずだ。

 そう、問題は―――


「あのモデルの多々良さんが、何故竜胆さんのご自宅に?」


 何も知らない、楪だ。


「(ちょ、どうしてくれるんっすか、多々良さん!?)」


 俺は思わず多々良さんにもう一度顔を近づける。

 すると、多々良さんは俺の顔を片手で押し退けた。


「(こら、ちょっと顔が近い……)」

「(あ、すみません)」


 一緒にモデルの仕事を一緒にする仲とはいえ、流石に今のは軽率な行動だった。

 歳上でも、相手は女性だ。距離感はしっかりしないと。


「(べ、別に嫌ってわけじゃないわよ……)」

「(ん? 何か言いましたか?)」

「(なんでもないっ!)」


 多々良さんは勢いよく視線を逸らすように顔を背けてしまった。

 心なしか顔が赤くなっているような気がするのだが、何故だろうか?


「あの、竜胆さん」


 不思議に思っていると、ふと俺の制服の裾が引っ張られる。

 そこには、首を傾げる楪の姿が。


「どうして、竜胆さんのご自宅に多々良さんが?」


 ……さて、いかがしたものか。

 桜坂はyukiのモデル仲間で姉貴とも仲がいいと言えば誤魔化せるのだが、楪の場合はそうもいかない。

 ここはいっそ、もう諦めて桜坂と同じ誤魔化しを楪にもするべきだろうか? そうすれば、桜坂にこれからするかもしれない説明と相違なく話せるわけだし。

 不本意ではあるが、その方が賢明そ―――


「あぁ、それはだからよ」


 最悪だ。


「あらあらっ!」


 楪が口元を押さえ、俺と多々良さんを交互に見て驚く。

 そりゃそうだ、多々良さんは知名度も人気度も高いモデル。それがいち高校生と付き合っているのだから驚かずにはいられないだろう。ちなみに、俺も驚いている。


「多々良さん!? マジでいきなり何を―――」

「本当なの!?」

「げふっ!?」


 唐突に俺の首元が絞まる。

 先ほどは楪がいきなり近づいてきたのだが、今度は何故か泣き出しそうになっている桜坂が俺の襟首を掴んで引っ張ってきた。


「ほ、ほほほほほほほほほほほほほほほほ本当なの、竜胆くん!? そりゃ、確かに多々良さんと竜胆くんはかなりお似合いかもしれないけど……ッ!」

「待て、誤解だ! 別に俺は多々良さんと付き合っていないし、正真正銘の童貞だこんちくしょうッッッ!!!」

「私も処女だよッ!」

「何故今張り合った!?」


 レディーだったらもう少し慎みを持ってほしいものだ。


「あのな、楪! 多々良さんは俺の姉さんの友達ってだけ!」

「なるほど、そういうことでしたか」

「多々良さんも、変な誤解を生むような発言はよしてください! あんたスキャンダル嫌だとかこの前言ってたじゃん!」

「私は別に一般人に見られたくないってだけで、知人関係は別にいいと思っているわ」

「身内もアウトでしょう!?」


 普通は別に好きでもない男と変な噂が立つのは嫌だろうに。

 もしかして、大学生になれば多少の噂もからかう材料として楽しんでしまうものなのだろうか?


(と、とりあえず、リビングにyukiだとバレそうなものがなくてよかった……)


 多々良さんがいたからバレそうにはなったが、他の露呈要因がなくて今更ながらに安心する。


(あとは……)


 桜坂達が帰るまで、姉さんを家に入れないようチェーンロックでもしておくか。

 そう思い、俺はすぐに玄関へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る