お誘い、からの

 結局、姉さんの投稿した写真はバズってしまい、多くの疑問の声が寄せられた。

 おかげでヤフーニュースの記事にもなったり、姉さんのところにも各種方面から質問攻めにあったという。

 その一つに姉さんの所属している『アカネ』というモデル事務所から話があった。

 内容を端的に言えば「あの子は誰?」、「うちと契約させてほしい」というもの。

 もちろん、話をもらった時は断った……そもそも男だというのが大きく、あとは姉さんに無理矢理させられただけで女装には興味がない。

 しかし、何故か「ゆうくんはやるべきです! お姉ちゃんとの二大巨頭を築き上げるのだ!」と、乗り気な姉さんに押し切られて話が進んでしまった。


 とはいえ、人気モデルの姉さんが投稿したからバズっただけ、女装男子が人気になれるわけがない。

 今は一時的な好奇心に火がついているからであり、いつかは仕事がなくなって辞めやすくなるはず───


「いやー、yukiの人気は凄まじいねー」


 ……なんて、初めは思っていました。


「『beautiful』の専属モデルで、若者からの人気も絶大。インスタとかツイッターとか開くと、調べてもないのに君の名前がチラホラ」


 体裁程度に学校側が生徒に与えた小休憩時間。

 移動教室のため廊下を歩きながら、隣に並ぶ榊原がスマホを弄りながら口にする。

 画面には、ついこの間発売された雑誌に載っている俺のページが映っていた 。


「確かに、とんでもない美人だよね。中身が男だと思えないぐらい」

「なに? 煽ってんの?」


 喧嘩ならいい値で買うぞ? 一度そのイケメンフェイスを殴って見たかったことだし、無料でも買いたい。


「煽ってないって、単純に事実じゃないか」

「ぐぬぬ……おのれ、SNSめ……ッ!」


 昨今SNSという便利ツールが普及していなければ、今頃こんなことに……ッ!

 いや、そもそも姉さんが罰ゲームに女装を提示してきたのが悪いと思う。今日のお夜食はエノキ一本にしてやろう。


「だって、こうやってマジマジ見てようやく「あれ? 辛うじてyukiに似てる?」ってぐらいだもん。メイクするだけでここまで変われるんだから、本当に男だとは思われないよ」

「野郎の顔近づけないで嬉しくない」


 そう、俺がyukiだということを世間は知らない。

 知っているのは、事務所の関係者や姉がkaedeだと知っていた榊原ぐらいだ。

 公言すれば色々なところから反感を買うし、俺が女装趣味の男だと思われてしまうため、この話は公然の秘密である。


「女装が嫌なら辞めればいいのに」

「ギャラが魅力的で」

「やっぱり金か」


 こうして売れ始めてきていると、高校生では手に入らないような額が口座に入ってくるのだ。

 周囲の空気的に辞め難いのもあるが、別の意味でも辞め難くなっている。


「そういえば、この前言ってたゲームなんだけど……この前買ったから、今日やらない?」

「悪い、今日は撮影」

「……板についてきちゃってるね」


 仕方ない、この歳になれば責任感というのを学び始めるのだ。

 仕事の予定が組み込まれているのに放置してゲームなど、流石に各種方面に迷惑がかかってしまう。たとえそれが女装して撮影をすることだったとしても。


「それに、今日は新しいアイラインを買いに行きたい。なくなりそうなんだ」

「僕はたまに竜胆が本当は好きで女装しているんじゃないかって思うんだけど」


 やれやれといった様子で肩を竦めるイケメンが一人。

 そこはかとなく腹が立つので殴ってやりたい。


「失敬な、単純に姉さんと出掛ける時とSNSで呟く用の写真を撮るために仕方なくやっているだけで───」

「あ、いたいたー!」


 と、その時。

 廊下の先から一人の女の子が手を振りながらこちらへやって来た。

 しかも、その子は俺のクラスで一番可愛く、あまり話したことのない女の子で───


「どうしたの、桜坂さん?」

「いやね、今日クラスの皆でカラオケ行こうって話になってさー」


 三大美少女の一人である桜坂が目の前へとやって来て、見蕩れるような愛らしい笑顔を見せる。

 それだけで、この空間に花が咲いたように感じるのだから美少女というのは恐ろしい。


「(……俺だって時間とコスメとウィッグを用意してくれたら柑橘系な芳香剤になれたのに)」

「(うん、やっぱり意外と好きだよね、竜胆って)」


 何やら小声でツッコミを入れられたような気がするが、無視しておこう。


「(よし、対応よろしく、榊原)」

「(ん? 別にいいけど……竜胆ってコミュ障だっけ?)」

「(いや、コミュ障ってわけじゃないんだが……)」


 正直、三大美少女には苦手意識がある。

 というのも、彼女達が同じクラスになってからyukiの話ばかりしているからだ。

 よくyukiを見ている人間と一緒に話していれば勘づかれるかもしれない。

 住む世界が違うというのもあるが、同じクラスになって話してこなかったのはそういう理由があるのだ。


「む、むむむ?」


 首を傾げながら、桜坂が俺の顔を覗き込んでくる。

 甘い香りが鼻腔を刺激し、愛らしい顔が眼前に迫って思わず胸が高鳴ってしまった。


「……なんか見かけたことがある顔だ」


 おっと、俺は同じクラスなのに認知もされていなかったのか。


「ちょっと泣いてくる」

「違う違う! 別に今日初めてようやく認知したってわけじゃないから踵を返さないで私感じ悪い子みたいじゃん!」


 現に、かなり俺の中で印象は下がりそうだったぞ。

 確かに、女装していない俺は三大美少女様よりも目立たない日陰者ではあるが、日陰者はメンタルも日陰者なのだから気をつけてほしいものだ。


「いやね、初めてちゃんとこの距離で見るけど……んだよねー」

「そ、そんなことはないんじゃないか……?」


 俺は近づけられた顔から遠ざかるように後退る。

 今まで勘づかれることなかったのに、何故この子は既視感を覚えてしまうのか? 慣れなかった事態に、思わず額から汗が出てしまう。


「それより、僕達に何か用かな?」

「あ、そうだった!」


 そんな時、隣にいた榊原が割って入って話題を変えてくれた。

 やだ……さり気なく助けてくれるなんてイケメンすぎる。


「今日、クラスの全員でカラオケに行こうって話になってさ、二人は行くのかなって? 落ち着いてきたし、そろそろクラス会でもしよーって奏ちゃんが!」


 確かに、俺達はクラスが変わってからあまり周囲とは話していない。

 俺は元々大勢で何かをするっていうのが好きじゃないし、榊原も同じらしい。そういうのもあって、俺達は仲良くはなった。三大美少女の一人である楪は、そういう馴染んでいない生徒とも親睦を深めようとカラオケを計画したらしい。


「僕はいいけど……」

「悪い、俺はパス」

「えー、竜胆くん無理なのー?」


 上目遣いでしょんぼりとしてくる桜坂。

 見た目ギャルっぽいのに、なんてあざとさなんだ……こっちとら恋愛経験皆無なのに、思わず勘違いしてしまうじゃないか。


「今日は予定があるんだ」

「予定?」

「うん、竜胆はこれから撮影───」

「おーっと、手が滑ったー!」


 発言通り、俺の手は滑った。本当に不思議なことに。

 そのせいで、隣にいた榊原の鳩尾に強烈な一撃が入ってしまう。


「すまんな、榊原。手が滑ったんだ」

「す、滑る要素がどこに……!」

「お前の発言にあったんじゃないか?」


 腹を抱えて悶絶する榊原くんの口が滑りそうだったもんな、うん。おかげでこっちの手まで滑ってしまちゃった。


「そっかー……仲良くなれるかと思ったのに残念だ」


 悶絶する榊原を他所に、桜坂はそんなことを口にする。

 数回しか話してもいない人間が来なかっただけで、しょげるようなものだろうか? 隣のイケメンはともかくとして。


「全員来ないなら、私も行かなくてもいいかなー」

「ん? 予定が空いてるなら行けばいいじゃないか」

「予定はないんだけど、今日は道玄坂でyukiの撮影があるの!」


 ビクッ、と。思わず心臓が跳ね上がった。

 そういえば、今日の集合場所は渋谷だった気がする……なんてことを思い出している間に、桜坂は瞳を輝かせた。


「yukiのインスタで言ってたから間違いない! 時間も学校終わってから少し経ってからみたいだし……憧れのyukiを一度は生で見てみたいんだー」


 ちなみに、俺のSNSは基本姉さんが更新してくれている。

 俺がモデルをするという条件にそれを突きつけたからだ。

 そして……俺は姉さんに頼んだことをかなり後悔している。


「あと、願わくばハグしてほしい!」


 どうしよう、姉さんを褒めてもいいかなと少し思ってしまった。


「よしっ、決めた! 私も今日はパスをする! 勇気を与えてくれてありがと、竜胆くん!」


 勇気というよりかは仲間を勝手に見つけた感じではあるが、桜坂にとっては大事だったことのようで。

 しょげた様子から一変して、楽し気な笑みを浮かべながら足早に廊下を走っていってしまった。

 そんな女の子の後ろ姿を見て、俺は───


「……最悪だ」

「僕は鳩尾が痛い……」


 憧れていると公言をしているクラスメイトが来る撮影。

 果たして、無事に終えられることはできるのだろうか?

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