モデル仲間

「はい、皆さんお疲れ様でしたー」


 なんて声が喧噪が耳に入ってくる中聞こえ、一斉に散らばっていく。


「いやー、今日もよかったよyukiくん! とっても男の子とは思えないぐらいの綺麗っぷりだったわ!」

「は、はぁ……ありがとうございます」

「ねぇ、一回タイに行ってみない?」


 今目の前で性転換を促してくるカメラマンさん。

 こうして俺が男だと知っている関係者がこのような発言をするなど、きっとこの業界に憧れている人は知らないだろう。


「マジで結構です」

「んー、残念ねぇ……今のyukiくん、もう女性として生きてもいいぐらいビジュアルも人気もあるのに」


 残念だわー、と。二度も口にしたカメラマンさんがスタッフ達の下に向かっていく。

 俺もまた、引き攣ってしまった頬のまま「お疲れ様でした」という言葉だけ残して近くのベンチへと腰を下ろした。


「ふぅ……疲れた」


 時は過ぎて放課後となり、俺は電車を乗り継いで渋谷の道玄坂へとやって来ていた。

 今日は久しぶりに行われる『beautiful』の撮影。夏に備えて新しい特集を組むらしい。

 ただ、いつものスタジオとは違って今回は外での撮影。

 どうやら雑多などこにでもある日常の風景で目立つような若年層向けのコーデを組みたいとのこと。

 おかげで、撮影現場近くには往来の人達が足を止め、ちょっとした集団ができ上がってしまっている。

 そして、恐らくあの中には桜坂がいるらしい―――


(早く帰りたい……)


 見つかる前に帰宅しなければ。

 いや、撮影を見に来ているのだし姿は見られてはいるのだろうが、俺だとバレる前にさっさと退散したい。

 今日何やら既視感を覚えていたので、近くで見られでもすれば正体がバレる恐れがある。

 かといってこれからメイクも落としてもらって着替えなければならないが、メイクリストさんが話し込んでいるため待つしかない。

 あと、この女装した姿でも待ててしまう辺り……慣れというのは恐ろしいものだ。前までは落ち着かず、誰かに見られているかもと何か時間が空けば物陰へ隠れていたというのに。


「辛気臭い顔してるけど、どうかしたの?」


 その時、ふと横から声をかけられる。

 振り向くと、艶やかな茶髪を靡かせる綺麗な女性の姿があった。


「そんなに辛気臭い顔してますかね?」

「えぇ、せっかくの綺麗な顔が台無しになるぐらい」


 大人びた上品な雰囲気を醸し出す女性。

 身長は高くスタイルは引き締まっており、美しさを体現したかのような美貌には目を奪われる。

 その証拠に、歩いている通行人さんが彼女の後ろを通り過ぎていると、必ずといっていいほど視線が向けられていた。


 ―――多々良鳴たたら めい

 同じ『beautiful』の専属モデルであり、二つ上の姉さんのモデル友達。一緒によく撮影をすることもあって、俺が男だと知っている数少ない人だ。


「実は今日、クラスメイトがこの撮影を見に来ているらしく……」


 しかも、女装をしている俺に憧れを抱いている学校の人気者様だ。

 正直、あまりどころかかなり関わりたくない。


「あー……そういえば、言ってないんだったわね。祐樹が男だってこと」

「クラスメイトどころか世間も知らないでしょうけどね」


 自分で口にするのもなんだが、俺が男だとバレた瞬間ネット記事に載ることになる。騒がれること間違いなしだ。


「クラスメイトぐらいには知られてもいいとは思うのだけれど……そしたらクラスで人気者よ? ほら、あなたってクラスではド腐れ陰キャらしいじゃない」


 きっと、そのように表現して伝えたのは姉さんだろう。

 今日のお夕飯は三粒のご飯で決定である。


「……いいですか、多々良さん。女装している時の俺は正直かっこ可愛いです」

「意外と自己評価はしっかりしているのね」

「そのおかげで人気も今ではかなりありますし、多くの若い年齢層から注目されています……それは、女性だけでなく男性も」

「えぇ」

「もしも俺が女装してモデルをしているってバレてしまえば、多々良さんの言う通りクラスで女装していない俺に人気も出るでしょう―――そして、その中には男も含まれているんです……ッ!」


 時折クラスメイトの話を耳にすることがある……yukiってモデル可愛いよね、と。

 まだその程度なら構わないが、やはり男というのは正直な願望を口にしてしまう生き物。次に聞こえてくるのは、「あんな子と付き合ってみてぇーわー」だ。

 これがどれだけ恐ろしいことか、想像がつくだろうか? モデルをするほど女装が好きだと露見するだけでなく、男達からはで見られる恐れがある。


「もし話が広がって野郎からそんな目を向けられた暁には一生モノのトラウマに……もうナニなんて絶対に立ちやしない……ッ!」

「軽いセクハラがあったけど、祐樹も大変なのね」


 あぁ、想像するだけで鳥肌が。

 最近ようやくこの姿の状態で男性からの視線も受け入れられるようになったというのに。


「っていうわけで、俺はクラスメイトにはバレたくないんです。ただでさえ、今日その子に勘付かれたので」

「ふぅーん……まぁ、早々バレることもないでしょう。わざわざ撮影終わりに失礼承知で声をかけてくる人なんていないし」


 確かに、俺も驚いたが外で撮影している時は中々声をかけられない。

 姉さんに連れられて女装した状態のまま街を歩いていたらたまに声をかけられるのだが、意外と皆さんこういう時はしっかりと分別される。

 仕事中は流石に声をかけ難いというのもあるのだろう。

 だからこそ、こうして安心して撮影に臨めるのだ。


「あ、そうだ。このあと私の買い物に付き合いなさいよ」

「それはいいですけど……メイク落としてからでいいですか?」

「服のチェンジは許すけど、メイクとウィッグは許さないわ」


 Oh……。


「いやいや、仕事終わったんだからいいでしょボーイに戻っても! なんでわざわざ姉さん以外の時に男の魂を捨てなきゃいけないんですか!?」

「いやよ、男と歩いてネット記事にされたくないもの。こんな往来で素のあなたと並んでいたら一発で写真撮られるわよ」

「ぐぬっ……!」


 確かに、多々良さんは専属モデルを張るほど目立つし有名だ。

 そんな彼女が男を連れて歩いていれば「彼氏?」などと間違われてSNSに挙げられる可能性は高い。

 一つの写真がモデル人生を終わらせることだってある。警戒して然るべきだろう。


「(ま、まぁ……祐樹が勘違いをされてもいいっていうなら私はいいけど)」

「何か言いました?」

「なんでもないわよっ」


 おかしい……何かを言ったのは間違いないはずなのに。

 というより、こんな至近距離なのだから顔を真っ赤にしてブツブツ言わず、普通に話してもらいたいものだ。


「はぁ……分かりましたよ。俺だって新しいアイライン買いに行きたかったですし」

「あなたって、本当に女装が板についてきたわよね。初めは自分でメイクすらできなかったのに」

「そりゃ、美意識高い野郎じゃないとメイクなんかする機会なんて早々ないでしょ」


 俺はベンチから立ち上がって停めてあるワゴン車へと向かう。

 とりあえず、今の服を着替えてなるべく大人しめな格好にならなければ。ただでさえ多々良さんは目立つから、男だとバレないようオフらしい格好になろう。


 というわけで、俺はメイクリストさんに「今日は落とさなくても大丈夫です」とだけ伝えて、そのままワゴン車へと乗り込んだ。



 ♦♦♦



 そして、大人しめな服装に着替えて多々良さんのところへ向かうと―――


「あら、あなた随分可愛いわね。名前はなんて言うの?」

「さ、って言いますっ!」


 ……何やら見知った人と多々良さんが話している姿を目撃してしまった。


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